もしも、君と「明日」を歩けたら。

結々

第1話*命と同じくらい大切なもの

誰も居ない、静かすぎる部屋。聞こえる音は、ベットの軋む音と私の呼吸音だけ。

ここに来て1週間。たった1週間だと思うかも知れないが、私にとっては1ヶ月は経っているんじゃないかと思うほど長い。

朝学校に行きたくないなあ、なんて愚痴を零しながら学校に行って、友達と会話してはっちゃけて、部活を楽しむ。

…そんな明るくて楽しい日は、もう帰ってこないのだろう。

私にあるのは、暗くて絶望する未来だけ。


***


「こんばんは、成瀬。調子はどう?」

病室のドアが開き、私の元へと駆け寄ってくるのは 暁志音あかつきしおん。同級生であり、最高の親友だ。

志音とは高校で出会ったのだが、同じ部活であったのもあり意気投合してしまい、昔は毎日一緒に学校に行ったり遊んだりしていた。

……そう、『昔』までは。

「…ごめんね、私を庇ったせいで。」

私は陸上部員だ。陸上にとって脚はとっても大切。しかし、私は事故のせいで脚が動かなくなってしまった。

…志音を庇ったせいで。

「ううん、私のことは気にしないで。最近タイム落ちてたし、ここが潮時なんだよ」

正直、陸上が出来ないのは悲しいし、とっても辛い。だけど、志音を庇ったことに後悔はしていなかった。

庇ったのは私だし、親友が居なくなってしまうのはもっと苦しい。

そう言い続けても、志音は毎日部活終わりに病室に来る。部活もそろそろ大会で練習量が多いだろうに…

「また明日、来るね。」

そう言って、志音は病室を出ていった。

⎯⎯⎯志音が居なくなると、また部屋が静寂に包まれる。

こんな毎日をいつまで続ければいいんだろう。私はもう二度と明るい毎日に戻れないのかなあ?

そんなことを考えると、どうしても頭をよぎってしまう。

………志音を庇って居なければ。

首を横にぶんぶんと振って、その考えを消す。

庇ったのは私なんだから、志音を恨むなんて出来ない!そう毎日言い聞かせていた。

「…しんどいなあ……」

暗闇の中に、誰もいない部屋に微笑みながらそう零した。

「……また陸上をやりたいか?」

「…え?」

どこからか声が聞こえた。暗くて見えない、もしかしたら病院の人かもしれない。

「またその脚で学校に行きたいか?」

「友達と一緒にバカ騒ぎして楽しみたいか?」

次々と出てくる言葉に、私は胸を打たれる。そう、それは全部図星なのだ。

学校に行って勉強に悩んで友達と一緒に考えたい、友達と一緒にカラオケに行って騒いで楽しみたい。でも、そんなこと考えたって悲しくなるだけだ。だって…

「だって、そんなこと出来るわけがないから。」

「もし、出来るとしたら?」

その言葉にハッとする。‘’出来る”ってことは、‘’この脚が治って、友達と遊んだり学校に行ける”ということになる。

「…出来るの?」

ゴクリ、と唾を飲み込み、暗闇の中の‘’ナニカ”に話しかける。

「ああ、出来るさ。⎯⎯⎯⎯だが、オマエの脚を治すには何か『代償』が居る。」

「…『代償』?」

「そうだ。ンー、そんくらいの願いなら……」

‘’誰かの命を差し出せば、治してやろう。”

…命?

命、という言葉を頭の中で何度も繰り返す。

もし誰かの命が友達だったら?お母さんだったら?お父さんだったら?それとも、志音だったら?

普通なら「無理です」と答えるかもしれない。

私は考えることが出来なかった。無意識に、そう答えていたんだ。

「…誰かの命が無くなってもいい。だから、私の脚を治して。」

その瞬間、黒いモヤに包まれる。

「ケケケ、契約成立だな。まいどあり〜」

私は意識を失って、ベットにどさりと倒れた。


***


気がつくと、私は自宅のベットで寝ていた。

「…え?私は病院に居たはずなのに……」

瞬間、ズキッ、と脚に痛みが走る。

布団を捲ってみると、そこには完全に治っている脚があった。

「嘘でしょ?……ほんとうに…?」

ボロボロとこぼれ落ちていく涙。脚が治って、また「普通」の生活に戻れることに喜びしかなかった。

…だけど、脚を治してもらったあの“ナニカ”は何だったのか。そして…

私は他人の命より、自分の脚のことを優先してしまった。それがどうしても頭から離れずに居た。

むくりとベットから起き上がり、リビングへと向かう。

「おはよう、お母さん。」

「おはよう、成瀬。急に脚が治ったってお医者さんが言ってきたものだから、お母さんびっくりしちゃった。」

心当たりしかなくて、心臓がドキッとする。こんなこと言ったら困惑するしお母さんに迷惑がかかってしまうから、言わないでおこう…

「うん。久しぶりの学校だから授業に遅れてるけど、頑張るね!」

そう言って私は朝ごはんを食べて身支度をする。お母さんの手料理を食べるのも久しぶりだから、また涙が出てきそうになる。やっぱり母親が作る料理ってシェフとかが作る料理とはまた別の美味しさがある。

「いってきまーす!」

何日ぶりに言っただろうか、この台詞は。

食器を洗いながら手を振ってくれるお母さんに手を振り返して、私は玄関の扉を開けた。

「…あ、成瀬!おはよう!」

私を迎えに来てくれたのは、親友の志音だ。志音が居なかったら、もしかしたら脚が治っていなかったかもしれない。そう思うと、志音はとっても大切な存在だ。

「……ねえ、早く学校に行こう!」

友達と一緒に遊んだり出来るのは、なんて幸せなことなのだろうか。

もう二度とあんなことは起こらずに、ずっと志音と一緒に居たい。


⎯⎯⎯⎯⎯ 大切な命がなくなってしまうことも知らずに、私は呑気に何を楽しんで居るのだろうか。

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