第4話:朝の光と、陰る村の輪郭

明くる朝。

私は布団から抜け出し、窓を開けた。

日本海側の朝の光は、どこか鈍く、灰色がかった空が広がっていた。

けれど、部屋のすぐ前には浜辺があり、波が静かに打ち寄せているのが見えた。

娘たちと暮らしていた地方の街並みとは違う、清々しさがあった。

潮の匂いと、波の音。

それだけで、心が少し軽くなる気がした。


昨夜、村長夫人の道子さんから頂いた「ひっぱりうどん」を、少し長めに茹でた。

冷蔵庫から取り出した漬けダレに、揉み海苔をふわりと乗せて、食卓に置く。

移住してすぐに島の名物を味わえる幸せだった。

独り身の私に、あのような歓迎会を開いてくださり、帰りにはお土産まで持たせてくれた村長夫妻には、心から感謝していた。


寮母の仕事に就くのは、四月一日の辞令を受け取ってからとのことで、今はまだ時間がある。

朝食を終え、歯を磨いて身支度を整えると、私は民宿花笠へ向かった。


玄関を開けると、ご主人がちょうど帳場に座っていた。

「おはようございます」

私が挨拶すると、ご主人は穏やかな笑顔を見せた。

「昨日の村長宅でだば、どうだった?」

私は少し間を置いてから、当たり障りのない話をした。

料理が美味しかったこと、皆さんが温かく迎えてくれたこと。

余計なことは言わないように、言葉を選んだ。


けれど、ご主人は「上がって下さい」と言った後、私を部屋に招き入れた後に静かに口火を切った。

「本土の関西がら五年前さ来だ参与の森って言うのど、青森の津軽から一年前さ来だ総合政策室室長兼地域おこし協力隊隊長の中芳ど言うのが、村長ど結託すて悪政するようになったんだよ。それがらど言うもの今までも財政難だったんだんだげんと、更さ拍車掛がって村の財政さ圧迫す出すたんだ」


私は静かに、「そんな事になっているんですか」とだけ答えた。


「そうなんだよ。んだがら、あの北海道の夕張みでな財政破綻なって、財政再建団体さ指定されだごどになれば、事実上、国の管理下さ置がれるようになったら、ほんてん困るよなって皆で話すてるんだよ」


「確かに夕張市は財政破綻をして、超高齢化になって、人口流出によって更に減少してしまいましたものね」

私は、過去に読んだ資料の記憶を辿りながら答えた。


「税収は殆どなぐで、村は国ど県がらの金で賄っているのが現状なんだよ。それなのに村長一派は湯水のように村の財政さ、食い物にすてるどの事で、東京がら来でる参与の肝入りで作った、村役場経営すてる夏のオンシーズンしか営業すね土産屋は、毎年一千万円以上の赤字出すてるんだよ」


私は黙って聞いていた。

ご主人の語気は次第に強くなっていった。


「確かに夕張のようになれば、村の予算編成にしても国の同意を得なければ新たな予算を計上する事も、独自の事業を実施する事もできなくなって、地方自治体でありながら自治が許されない。そんな自治体は全国でも表面化しているのは夕張市だけの様ですけど、それは氷山の一角ですものね」と口を挟む私。


「んだげんと、夕張市だげではなぐ、この村の財政は今でさえも火の車あんだ。税収上げられるのは漁協ぐらいすかなぐ、村民の半数旅館や民宿経営すてる傍ら畑で作物さ作ってるが、昨今の不景気の波さ飲まれで税収は全ぐ上がんねんだ」


「なるほど」

私はそれだけ言った。

それ以上、口を挟めるような雰囲気ではなかった。


「村の事業だが、新だな資産さ買い続げ毎年多額の返済するでいう計画、村議会の反対にも関わらず村長は県さ出向ぎ、嘘の報告すた事によって、毎年の予算編成の綱渡りが続いでるんだ」


ご主人は興奮し、顔を赤くしながら声を上げた。

その熱量に、私はただ静かに耳を傾けるしかなかった。


「予算折衝の会議では各課の課長が、村長や総務課長らに対す、『次年度はこだな事業実現さしぇだぇ』で説明すて、予算要求すたが、当該事業さ予算付げがどうがの議論行われだらすいんだ。ほだな事は普通の自治体だら、事前の根回す済ましぇだ上で予算折衝さ臨むがら、阿吽の呼吸でセオリー通りの結論さ落ぢ着ぐんだべんだげんと、この村では、息の詰まるような厳すいやりどりが続いでるんだよ」


「なるほど、この村は相当に財政面で大変なんですね?」

私はそう言いながら、ご主人の言葉の奥にある、村への思いを感じ取っていた。


――つづく

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