第2話:島の宴と静かな違和感

村長夫人の使いだと名乗り、小中学校の給食調理師の田代幹子さんが、私を迎えに来た。

「お忙しいところ、すみません」

そう声をかけると、彼女はにこやかに微笑んだ。

「いえいえ、村長夫人に頼まれたもので」

その笑顔は柔らかく、どこか人懐っこさを感じさせた。


島の道は、懐かしい匂いがした。

舗装はされているものの、ところどころに草が顔を出し、潮風が頬を撫でていく。

田代さんと並んで歩くうちに、私の緊張も少しずつほぐれていった。


村長宅に着くと、まだ村長は戻っていなかった。

仏間には長い座卓が二つ繋げられ、冷たい料理が整然と並んでいる。

中央にはカセットコンロが一つずつ置かれ、鍋の準備がされていた。

すでに総合政策室の係長の足立雄一さんと、その娘さんたちが席に着いていた。

田代さんが私を席へと案内してくれた。


そのとき、玄関のドアが勢いよく開き、廊下をドカドカと踏み鳴らす足音が響いた。

「急にワサビって言われだって、売ってねーよ!」

怒鳴り声とともに、パジャマのような服を着た大柄な男性が台所へ向かっていった。

私は思わず身を固くした。

島の人々は穏やかで静かな印象だっただけに、その声は異質に感じられた。


「診療所の看護師さんです。いつもあんな感じで……」

田代さんが小声で笑いながら言った。

私は笑えなかった。

島での暮らしに、少しだけ不安がよぎった。


やがて総務課長の佐藤信夫さんが現れ、正座で丁寧に挨拶をしてくださった。

私も姿勢を正し、頭を下げた。

その直後、村長が帰宅し、中央の席に座った。

佐藤さん、私、足立さんと並び、その向かいに足立さんの娘たち。

少し遅れて、先ほどの看護師・鈴木誠さんが小型犬を抱えて現れた。

犬は大人しく、彼の腕の中で丸くなっていた。

その隣に田代さん、そして村長夫人の道子さんが席に着いた。


「最初はビールで!」

村長の声に、道子さんと田代さんが立ち上がり、ビールを運んできた。

私の前にもグラスが置かれ、注がれそうになったので、慌てて言った。

「すみません、私、お酒は……」別に飲めない訳ではなかったが知らない人の前では飲まないようにしていた。

道子さんはすぐに台所へ戻り、常温のウーロン茶を持ってきてくれた。


足立さんの娘たちにも同じお茶が配られ、「好きなだけ飲みなさいね」と道子さんが優しく声をかけた。

その様子を見ながら、私はこの家の空気を少しずつ感じ取り始めていた。

表面上は和やかで、温かい。けれど、どこかに張り詰めたものがある。

それが何なのかは、まだわからなかった。


飲み物が行き渡ったところで、村長が立ち上がった。

「今日は、我村さ移住すてくださった愛原麻衣子さんば歓迎すて、ささやがながら食事会開がしぇでいだだいだ。身分は最初の三年間は地域おごす協力隊どすてんだげんと、自ら村の一員になってくださる方は、そう多ぐはね。村長どすて、心がら嬉すく思っておるっす。おらは村長の高橋明虎、こぢらがかがの道子だ。どうぞよろすくお願いいだすます。では、乾杯!」


「乾杯!」

皆が声を揃え、グラスを掲げた。


――つづく.

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