第28話 西方国境の危機

 白き騎士団を撃退し、クラリスとセシリア王女、そしてヴィクト率いる傭兵団と合流した俺は、ようやく一息つくことができた。

  だが、その安堵の時間はあまりにも短い。

「王都を奪還するべきだ。今なら白き騎士団の指揮系統も乱れている。追い打ちをかければ……!」

 野営の天幕の下、俺が地図を広げ、王都への道を指し示す。

 その熱意に、ベアトリスとエリスは頷きかけたが、クラリスが制止する。

「待って、レオン」

 クラリスが静かに首を振った。

「今のあなたの軍勢では、アレク公爵と聖連邦の神官兵には敵わないわ」

「どういうことだ?」

 俺が眉をひそめると、クラリスは深刻な声で続けた。

「西の国境軍を守っているジェスランたちが、ヴァルストリア帝国軍に追い詰められているの。しかも……」

 その先を言いにくそうに、クラリスは唇を噛んだ。

「アレク公爵が、勝手に西方領土を帝国へ割譲する条約を結んだのよ…」

「なに?」

 俺の声が凍り付く。

  エリスの瞳が揺れ、ダリアも信じられないという表情で口を手で押さえた。

 俺たちの故郷が帝国に売られたのだ。

「ジェスランたちはエルヴァリア王国からの援軍を完全に絶たれ、孤立している。あのままだと全滅するわ。そしてジェスランたちが敗れたら私たちはアレク公爵とヴァルストリア帝国軍を同時に相手にしなくてはいけない」

  クラリスの言葉に、静かな怒りが俺の胸にこみ上げた。

「王国の領土を勝手に、帝国へ……」

  俺は自分の言葉を噛みしめる。

 アレク公爵は、己の権力を保つためなら王国の誇りさえ捨てるのか。

  その事実が、俺の背骨に炎のような怒りを灯した。

「王都奪還より、まず西方救援です」

  ヴィクトが冷静に言った。

「閣下、ジェスラン将軍は王女セシリア殿下の忠臣。彼らを救えば、西の兵力は我々の味方になる。数の差を埋められます」

 ベアトリスが進言する。

「西方軍が加われば……王都奪還の望みが見えるわ」

 クラリスが言葉を重ねる。

「レオン様、わたくしも賛成です。今の軍勢ではアレク公爵に対抗できません。ジェスラン将軍を救い、味方にするべきです」

 イザベラも賛成した。

「殿下……」

  俺はセシリア王女へ目を向けた。

 セシリア王女は迷いなく頷いた。

「民を見捨てることはできません。行きましょう、レオン。ジェスラン将軍を助けるのです」

 そのセシリア王女の一言が、全軍の進むべき方向を決めた。

「よし。進路を西へ取る!! 目的地は西の国境グレイモアだ」

  俺が高らかに宣言すると、軍勢は一斉に動き始めた。

 こうして俺たちの軍は北進を取りやめ、西方救援のために大移動を開始した。

  国境へ向かう道のりは険しかった。 雪が降り始め、荒涼とした大地には帝国軍の襲撃で焼け落ちた村が点在している。

 道中、俺はエリスが怯えた視線を西へ向けるのを何度も見た。

「大丈夫か、エリス」

「帝国軍も、白き審問会と繋がってる。あの連中がいるかもしれない……」

「でも、今回は俺たちがいる」

  俺が優しく肩に触れると、エリスはかすかに笑った。

「レオン様が言うなら……信じる」


 そして数日後……。

 西方戦線に近づくにつれ、空気の張りつめ方が変わった。

「煙だ……!」

 カリンが狐耳を立てて叫ぶ。

 遠くに、黒煙が立ち昇っていた。

「あの大剣の紋章はジェスランの軍旗よ」

  クラリスが馬の腹を蹴り、駆けだす。

  俺もクラリスに続く。

 視界に飛び込んできたのは帝国軍の旗だった。 ジェスランの軍とヴァルストリア帝国軍が入り混じって戦っている。

 その最前線に立つ、一人の女騎士の姿が視界に入る。

 赤黒い大剣を肩に担ぎ、雄牛の角を模した兜をかぶるその女は、まさに戦場の化身であった。

  あの姿は見覚えがある。

「まさか……あれは……!」

 イザベラがさっと顔色を変える。

 クラリスがうめくように呟いた。

「暴牛バランの娘、バレリアよ」

  暴牛バラン。

 俺が最初の戦いで打ち倒した、帝国最強の猛将だ。

 その娘が、父の遺志を受け継ぎ、西方領土を蹂躙しているのだ。

「父の仇……レオン・アナイティス!!」

 その場に響き渡る怒号。

  バレリアの眼光が、遠く離れた俺を鋭く捕らえた。

「見つけたぞ!!」

  次の瞬間、バレリアが大地を踏み破って突進してくる。

  まるで巨大な獣だ。

 その一撃は、大地を揺るがすほどの衝撃を帯びていた。

「来るぞ!!」

  俺は剣を構え、仲間たちを庇うように前へ出た。

 だが、その女の力は父以上だった。

  武力、速度、殺気、すべてが異常なほど高い。 バレリアの大剣が振り下ろされた瞬間、世界が閃いた。

「なっ……!」

 俺は受けるだけで精一杯だった。

 だが、俺の絶対生存が発動し、奇跡のように刃は脇をかすめて土を割った。

 轟音が戦場に響く。

「ふん……運が良いだけの男が!」

  バレリアが怒気を強めたその時だ。

「レオン!!」

  叫ぶ声がした。 視線を向けると、ぼろぼろの鎧をまとったジェスラン将軍が、残兵を率いて現れた。

「助太刀いたす!!」

 その声とともに、ジェスラン軍の残兵が突撃し、バレリアの進撃を止めにかかった。

「レオン!! 感謝する……このままでは我々は全滅だった!」

「ジェスラン将軍……無事でよかった!」

 俺が叫ぶと、将軍は泣きそうな顔で笑った。 「共にセシリア王女を守りましょう」

 そして、俺は剣を掲げて叫んだ。

「全軍、突撃!! ここで帝国軍を退け、西方を取り戻す!!」

 将兵の返事は雷鳴のようだった。 西方戦線最大の戦いが、いま幕を開けようとしていた。

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