第26話 内乱の影

 ガルドリア王国国王レオポルドと盟約を結んでから、南方はしばしの平穏を取り戻していた。

  もっとも、それは「レオポルドの気まぐれ」が続く限りの平和であり、俺はたびたび胃のあたりを重くしながらも情勢を注視していた。

  そんなある日、俺はレオポルドとの酒席で、ふとあの王女のことを訪ねた。

 宝石姫アナスタシアのことだ

 レオポルド王はいつものようにお忍びでクシャーン城の酒場に来ていた。

  そしてダリアに酒飲み勝負を挑み、盛大に負けていた。

「アナスタシア殿下は……王都で無事に過ごしておられます。王女殿下のことはどのようにお考えで」

 俺の問いに返ってきたのは、豪快な笑いだった。 「可愛い子には旅をさせろだ。あやつも自分で道を切り開く頃よ。危なければ危ないほど、娘は強くなる。気にするな、レオン辺境伯!!」

  王女の父らしい豪放磊落な答えに、俺は苦笑しながらも胸をなで下ろした。

 アナスタシア姫は王都に留学という名目で残っていたが、彼女の鋭さと逞しさならば、宰相アルフォンスらとの駆け引きにも負けはしないだろう。

 

  そうして数ヶ月が過ぎた。

  南方にもようやく遅い冬の兆しが見え始めるころ、王都から俺のもとへ一羽の黒烏が飛び込んだ。

 ヴィクトが送る、極めて緊急度の高い伝令である。

 開け放たれた執務室の窓から烏が内に入る。

 俺の肩にその烏が止まる。

 この烏はカリンが訓練し育てたものだ。

  俺はその烏の足にくくりつけられた封蝋を割り、文面を追った瞬間、表情を強張るのを自覚した。

「国王オズワルド陛下が……病死した?」

  執務室にいたダリアとアラミス、ベアトリスが顔を上げる。

 イザベラ公女は黙って見守る。

「陛下が? 急すぎる……」

 アラミスはわかりやすいほどに動揺している。

 だが俺はヴィクトからの情報でもしかするとこうなるのではと予想していた。

「後継はどうなさったのですか、レオン様?」

  ベアトリスがヴィクトの手紙をのぞき込む。

  俺は震える指先で文を握りしめながら言った。 「後継者を指名していない。しかも死は急だ。王宮の医官によれば突然の高熱の末にだという」

  俺はヴィクトの短い手紙の文を読む。

  その場に重苦しい沈黙が落ちた。

 アナイティス家再興からわずか数ヶ月、俺は改めて王国が揺れ始める気配を感じていた。


「内乱が起こりますね」

 エリスがぽつりと呟いた。

 彼女の瞳は暗く沈んでいる。

 現実主義者のエリスらしい答えだ。

「可能性は高い。王族内の派閥は主に二つ。第一王女セシリア殿下、国王の甥アレク公爵の二つだわ」

 参謀でもある公女イザベラが分析する。

「アレク公爵はセシリア殿下の叔父よね? ってことは……」

 ダリアが眉をひそめる。 俺は短く息を吐き、手紙の続きへ視線を落とした。

「そのアレク公爵が、北の神聖連邦ヴァルストリアの神官兵を王都に入れた、と書かれている」

「神官兵を!?」

 イザベラ公女が驚愕の声を上げた。

 彼女は聖連邦からの異端審問官に追われていた身である。

 俺は頷いた。

「ヴィクトの報によると、公爵派の貴族たちがすでに王宮の一部を掌握したらしい」

「待って……ヴァルストリアの神官兵が王都に入るということは……」

  エリスの声は震えていた。

  ダリアが心配そうに肩に手を置く。

 だがエリスの唇は、唇の色が消えていくほどに強く結ばれている。

「白き審問会も……近くにいるはずです」

 イザベラ公女がそう結論づける。

  白き審問会。

 エリスを暗殺者として洗脳した組織だ。

 またイザベラ公女を異端者として追っていた宗派でもある。

「アレク公爵、動きが早すぎるわ」

 ベアトリスが言った。

「やつはヴァルストリアの力を借りて、自ら王位を握る気だな」

 アラミスが低く断じる。

「それは……国を売る行為ではありませんか」

 イザベラ公女が呆れ、同時に怒りをにじませた。

 俺は深く頷いた。

「もちろんだ。しかしアレク公爵は七女神信仰の強化と異端の排除を大義名分にしているらしい」

  ヴィクトの手紙はそう締めくくられていた。 「方便ね……」

 ダリアが舌打ちする。

 七女神信仰はこの大陸で主流の宗教だ。 国王オズワルドは比較的寛容だったため、異端審問官を恐れる者たちは少なかった。

 しかしアレク公爵は徹底的な強硬派だ。

  王都にいる頃にクラリスにそう聞いたことがある。


「レオン辺境伯、どうしますか?」

  ベアトリスが俺に問う。

  俺はしばし沈黙し、握りしめていた伝令書をそっと卓の上へ置いた。

「王都へ戻る」

 周囲の空気がぴたりと止まる。

「王都のセシリア殿下は孤立している。彼女を護れるのは俺たちしかいない」

 俺は手紙を暖炉に入れて燃やす。

「でもレオン様、王都にはあの狂信的なの神官兵が……」

 エリスが不安げに言う。

「分かっている。しかし……今動かなければ、もっと多くの者が血を流すことになる」

  俺の自分に言い聞かせるように言った。

「アナイティス家は王国に忠義を尽くす家だ。再興を許された恩を、今返さねばならない」

  俺は居並ぶ諸将に言う。

 ダリアは大きく笑って俺の背中を叩いた。

「いいじゃん! !行こうよレオン。あたしたちがついてる」

 こういうときのダリアは頼りになる。

 俺の第二の幸運の女神といっても過言ではない。 「白き審問会……今度こそ、決着をつける」

  エリスは震える手を握りしめながらも、まっすぐ前を向いた。

「では、我が客将としてわたくしも助力いたします。フェルゼン公国としても、聖連邦の干渉は見過ごせません」

 イザベラ公女が剣を軽く掲げて誓う。

「ベクトルとアラミスはこのクシャーンの留守を頼む。ベアトリス、君の騎兵隊は俺についてくれ」

 俺は三人の千騎長にそう命令する。

 ベアトリス、アラミス、ベクトルは同時に膝をついた。

「「「はっ、レオン様と共に!」」」

  その声は南方の城内に鋭く響いた。

 こうして俺は王国の命運を決する戦いへ向け、再び王都へと進軍を開始するのである。

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