第48話 浜野井君が美少女に? 1
「とにかく、お帰りください。先輩」
「ふむ、そうだねぇ……まぁ、今日はこれくらいにしようかな」
とっとと立ち去れ、という気持ちを込めた言葉を、メガネ先輩はさらりと受けて、帰ろうとする。
けれど、僕はそれを引き留めた。
「あ、すいません。今日だけじゃなくて、今後浜野井に関わろうとするの、止めてもらっていいですかね?」
「何故かな?それ、君に関係ないだろう、後輩君」
「いや、浜野井が嫌がっていますから」
「それは君には分からないだろう?」
今この場はなんとかなっても、学校で浜野井に絡むつもりなのだろう。
しかし、僕はそれを許すつもりはなかった。
決めつけることは良くないことではあるが、それは友人を助けない理由にはならないので。
浜野井がとても怖がっているのは、今こうして庇っていても、雰囲気だけで感じ取れた。
「断ってもしつこくナンパしてくるような相手は怖いでしょう、普通」
「ナンパ、そう見えたかい?」
「ええ、滅茶苦茶目立っていましたよ。おかげですぐ気づけましたけど」
「ちっ……」
しばらく睨み合っていると、ようやく諦めたのか、先輩は視線を切った。
「まあいいさ。とにかく、君に俺の学校での行動を縛られる理由はないからね」
いけしゃあしゃあと、言い放つ。
浜野井に付き纏うのはやめないぞ、という宣言だ。
「そうだねぇ。例えば、彼女の友人たちに、今日の君たちのことを聞いたりはするかなぁ」
「あ?」
「いやなに、彼女が……彼が、そのような格好をしているのは不思議だからねぇ。やはり同じ学校の先輩として、色々確認していた方が良いかもしれないねぇ」
「それは……!」
「うん?何かな、浜野井君。僕と話をする気に、なってくれたかな?」
……ゲス野郎め。
。
今の浜野井の姿を、喧伝するとこちらを脅す気らしい。
それに対して、浜野井が反応しているのを喜んでいやがる。
でもそれは、無意味で無力だ。
僕じゃなければ、通用したかもしれないけれど。
「あの、先輩。それ、止めておいた方が良いですよ」
「何がだい?俺は別に特別なことはなにもしないがね?」
「そうですか、それなら良いんですけどね。ただ、今日のことを確認したところで、なんともなりませんよ」
「……どういうことかな?」
僕の言葉に、イラついたのか、先輩がメガネをその手でクイと上げた。
「僕も浜野井も、先輩が確認したところでなんともないってことです」
「ふうん、それはどうかなぁ。だって、判断するのは、君たちではなくて、彼女の友人がどう思うか、だろう?」
メガネは、価値を確信しているのか、下卑た笑みをさらに醜くさせながら、迫ってくる。
しかし僕は、それを鼻で笑った。
「だからなんともならないって言っているじゃないですか、もしかして先輩、馬鹿なんですか?」
「なんだと!お前!俺がその気になればな!」
はい狙い通り、激昂してくれてありがとうございます。
「その気になれば、なんです?」
「それは決まっているだろう!」
「決まって?」
「……ふん、それを言う必要はないね」
脅迫は、屈してしまうと最も効果を発揮する。
だから、こいつにおびえてしまえばそれで負けだ。
そしてこの場を、いいや今後もこいつから浜野井を守る方法はたった一つ。
「とにかく、先輩には何もしないで欲しいんですよね」
「それを、君に指図される謂れはないなぁ。俺は心配なんだよ、何故浜野井君がそのような格好をしているのか――――」
「僕がお願いしたからですよ」
「へ?」
「え……?」
僕の言葉に、メガネは虚を突かれたようで、間の抜けた声を上げる。
背中から、浜野井の動揺した声も聞こえる。
悪いけれど、ここは黙っておいてくれ、浜野井。
ここは僕に任せてくれ。
「先輩が確認しても、浜野井は同情されるだけなんですよね、友人に。可哀そうだなぁって」
「それは、どういう」
「僕がどうしてもってお願いして、この格好してもらっているだけなんですよ。いやぁ、親友に頼むようなことではないと思ったんですけどね」
「お前、何を」
「だから、浜野井は本当は着たくないのに、僕のせいでこんな格好をしているんです」
僕の言葉に、動揺を隠せないメガネ先輩。
彼の思惑としては、今日の格好を浜野井の友人に話すことで、脅そうとしたのだろう。
今日のことをばらされたくなければ……などと言って、浜野井君とかかわりを持とうとしたのだろう、させないけれど。
「というわけで、浜野井はこのことを友人に言われたところで、僕みたいなやつに関わって可哀そうだなぁと同情されるだけなんですよね」
「ぐ、お前適当なことを……!」
「適当じゃないですよ。本当のことです。な、浜野井」
くるりと浜野井の方を振り向いて、ニッコリ笑顔。
おびえて、震えていた浜野井だけど、今はそれは収まっているようだった。
「湊君……」
「あんまりにも似合っていたからさ、お願いしたんだよな、ホントごめん」
「あの……ボク、本当に変じゃない、かな」
おっと、想定外の質問。
けれど、浜野井が冷静になれるなら、それでも良いか。
「凄い可愛いと思うよ、浜野井」
「あうう……」
顔を真っ赤にしながらも、僕がお願いした、ということに全力で首を縦に振ってくれたのを確認して、僕は再度メガネの方へと振り向いた。
「と、言うわけですので、先輩は下手なことしないでくださいね」
「下手なこと……だと?ふん、そうだな、君のような後輩を放っておくわけには」
「そうでなくて、先輩、僕の行為を、口外するのやめてくださいってことです」
「……なんだと?」
こちらの言いたいことが分からなかったのか、メガネ先輩は固まる。
残念ながら、もうこちらの勝ちなんですよ。
「僕は、今日のこと言い振らされるの嫌なんですよね、恥ずかしいし」
「俺が、それに従う理由は」
「ということは、先輩は僕の名誉を傷つけるってことですか?」
「そ、それは……」
このメガネ先輩は賢い。
だからこそ、僕の言葉の意味に気づいたのだろう。
僕の言葉に従わず、僕が浜野井を女装させたとだれかれ構わず告げ口することは出来る。
けれど、今僕はそれを言わないでくれと伝えた。
それをしてしまえば、彼は僕を貶めようとしたこととなる。
そして、僕の行為を問題として伝える場合には、単に僕と浜野井の問題で終わりだ。
もはやメガネ先輩と浜野井には、何の接点もなくなるのだ。
「言いふらすにせよ、告げ口するにせよ。先輩ってそういう人間だと思われますね」
「ぐ……」
言葉もないようで、先輩は悔しげな表情を浮かべる。
気づけば、ざわざわと周囲の視線も、メガネ先輩を非難するものへと変わっていた。
「……分かったよ、これで失礼する」
「浜野井に、近づくのもやめてくださいね。僕のこと脅すつもりなのかなーって疑ってしまうので」
「ちっ」
舌打ちをして悔しげだが、今後浜野井に近づくことも制限しておく。
浜野井に近づくことが僕を脅かすことになると、逆転の強制だ。
そして、周囲の冷ややかな視線を受けながら、先輩は立ち去った。
僕は、その姿が消えるまで、背中で浜野井を庇ったまま見送った。
そして、ようやく落ち着いて。
「あの、湊君……ありがとう」
小さな感謝の言葉が、僕の背中から届いたのだった。
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