第32話 美少女VS美少女VSオタク

「あああ、アホか!いやお前はアホだ!アホたれだ!」


 糸美川さんは、顔を真っ赤にして、僕に対して詰め寄った。


「どーしてそうなる!どういう発想なんだお前は!意味分からないんだけど!?」

「え、いやだってそうでもなければ、志原田さんが糸美川さんに執着する理由が説明できないし」

「他にも!色々あるだろ!嫉妬とか!」

「しないでしょ」

「は?そりゃどういう……」

「志原田さんはさ、もしも勝てないと思った相手だとしたら、やっかんだりはしないと思うんだよね」

「ったく、何の根拠でそんな事言っているんだよ、お前はよ」

「目標、聞かせてもらったからね。だったら、するわけないでしょ」


 僕の言葉に、糸美川さんは冷静さを取り戻したようだ。

 だというのに、何故か呆れたかのような視線を僕に向ける。


 なんだよ、もう。

 しょうがない、志原田さんに答え合わせを、そう思ったところで。


「あは、あはははははははは!な、なにを言い出すのかと思えば、すっごい発想!ど、どうしたらそういう発想になるの、湊くん!」


 志原田さんは、文字通りお腹を抱えて、背中を丸めて笑い出す。

 ……え?違うの。


 慌てて、糸美川さんの方を振り向けばまだジト目。

 えー、それ止めてよー、傷つくよ?


「あは、あは、あはははははは、ホント駄目、お腹痛い。し、しかも糸美川さんもほとんど見たことない感じだし!そ、それが素なのかな、でも、うん。あははははは」

「志原田さん、そんなに笑われると、ショックなんだけど……」

「く、くふふ。う、うんごめんね。湊くん」


 志原田さんは、ようやく笑いを止めると、顔を上げる。

 笑いすぎたようで、流れる涙を指で拭いながら、彼女は僕に謝った。


「ううん、湊くんだけじゃないね。糸美川さんも、ごめんなさい」


 いや、僕だけではなく、糸美川さんにも謝罪した。


「これはもう、ワタシの負けだね。うん。糸美川さんの言うとおり、嫉妬が正解。でも、半分。それと、湊くんも正解。恋じゃないから、半分だけどね。二人合わせて、大正解」


 食堂の時と同じ、穏やかな笑顔で。

 志原田さんは、自らの間違いを認めた。


「うん、そうだね。目標だけじゃなくて、ワタシが思ったこと、聞いてもらって良い?」

「志原田さんが良いなら、是非」

「……どうぞ」


 糸美川さんはまだ少し警戒しているけれど、僕としては是非聞きたい。

 ……決して僕の推測が外れて、悔しいわけではない、本当です。


「悔しかったのは、本当」

「そうなの?志原田さん?」

「そうだよー。でも、湊くんが言ってくれたのも正解。ワタシ、可愛さとかで負けたなんて思ったわけじゃないからね」

「それでは、何が悔しいと?」

「糸美川さんに聞かれちゃうと答えにくいなー。まぁ今日の事はワタシが負けだから話すけど」


 志原田さんは、くるりと背を向けると、天を仰いだ。

 5月に入ったばかりだというのに、既に太陽は高く、気温も暑い。


「ワタシは、"ワタシらしさ"に拘って、誰かにどう思われるかなんて気にしていなかった。だけど、ワタシと同じ様にしているようで、ワタシとは違う、糸美川さんがいたんだ」


 志原田さんは、何かから解き放たれたように、両手を上げて、伸びをする。

 彼女の制服は、既に夏仕様の半袖ワイシャツで、涼し気で、軽やかに見えた。


「誰にでもいい顔をすることで、認められるなんてずるい。そんな風に考えちゃった。ワタシらしく出来ればいいと思っていたのに、そう思わされたことが悔しかった。ごめんね」


 再度こちらへと振り向いて、頭を下げる志原田さん。

 彼女はの表情は、晴れ晴れとしている。


「そして、それでも好意的に見ていた。糸美川さんのことを。悔しいと思いながら、それでも不思議と"いいな"って思ってた。それが、納得できなくて、言葉に出来なかった。だから、滅茶苦茶な方法だったけれど、ありがとね、湊くん」

「どういたしまして?」

「ふふ~。あんまり褒めてません~」

「ええー、なんだよ、それ」

「当然のことだと思いますよ?志原田さんの言うとおり、諸々破綻しています」

「酷いなあ」


 僕がイマイチ把握しきれずに応答すると、糸美川さんから呆れ声を出されてしまう。

 なんだよ、そんなに変なことを言ったわけじゃないと思うんだけどな。


「うん。"いいね"。二人とも。凄く良いな~」

「そう?じゃあ、志原田さんも、一緒にどう?」

「……ほんと、恥ずかしいこと平然と言うよね、湊くん」

「そうなんですよ。なんてことないって顔で、しれーっと言い出すんです、湊君は」

「苦労してそうだね?糸美川さん」

「ええ。志原田さんも、これから、苦労されると思いますよ?」


 志原田さんの軽口に、糸美川さんが乗ると、志原田さんは目をぱちくりとさせた。

 うん、糸美川さんはやっぱり素敵な僕の友人だ。


「先ほどは、私も売り言葉に買い言葉で酷いことを言ってしまいました、すみませんでした、志原田さん」

「糸美川さん……」

「そうですね、折角なので、私の目標も聞いてくれますか」

「えっと~。うん、聞きたいな」

「はい、ですが、その前に。志原田さんが目指す目標に、ぴったりの言葉があるんです」


 糸美川さんは僕の方を向いて、アイコンタクト。

 成程、そういうことね。


 ほんと、我ながら単なる思いつきにしては、良い言葉だ。


「志原田さん、貴方の目標に"美少女男子"を付け加えてみませんか?」

「……美少女、男子?」

「ええ、そうです。私は、"美少女"を目指して、努力しています。取り繕っているんじゃないです。私は男性のまま"美少女"としてあることが、私のしたいことなんです。ですから」


 美少女と美少女と、そこに僕、オタク男子。

 三人で手を出し合って、ぎゅっと握る。


「志原田さんは、貴方らしさで"美少女男子"を目指してみませんか?」


 糸美川さんの笑顔と、僕の視線を受けて、志原田さんは力強く頷いた。

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