◆噂の折檻(2)~モブ視点~
※この作品には暴力行為の描写が登場しますが、暴力を肯定・推奨する意図は一切ありません。
物語の主題は「力による制裁」ではなく、「信頼を取り戻すための衝突」です。
キャラクターの行動・選択は、あくまで彼らの生きる過酷な世界観の一部として描写されています。
__________
対するガロは日に日に荒れていっていたが、とうとう今日は一般人に手を出したらしい。
イメージを大事にするこの界隈で、一般人に怪我をさせるというのは大事件だ。一発免許剥奪になる可能性もある。
「おいガロだ…」
「今日シャルさん休みだよな」
「別の一級に叱られたらしいけど、やっぱ効いてねーぞあれ」
ミッツは噂の中心で待機場に戻され、一級戦闘士に囲まれてなお暴れているガロを見やる。
「戦闘士に向かって給料泥棒とか言う方がわりーんだろ!!誰が命守ってやってると思ってんだよ!」
「その守る対象を殴り付けて病院送りにしといてなに言ってんだ!」
ガロは出動から戻ってからもずっとあの調子で周囲に噛みついている。
まだ相手が一級戦闘士だから派手には暴れないだけで、同期相手ならもっと暴れているだろう。給料泥棒などという野次馬に腹が立つのはわかるが、本当にどうしようもない。
「離せよ!」
「とにかく、当面は謹慎に…」
一級戦闘士の一人がガロを引っ張ろうとした時、待機場と一般通路を繋ぐ入り口からざわめきが広がった。見ると、そこには休日でいなかったはずのシャルがいた。急いできたのか私服のままだ。
「一般人ぶん殴った馬鹿はどこだ」
「あ、あっちです…」
場が凍りつくほど、シャルから発せられる怒気は凄まじかった。
シャルは指された方、暴れていたガロを視線で捉えると迷いなくそちらに向かっていく。
「は、なんであんたが」
ガロはシャルに気付いて、そして明らかに今までと違う空気を纏ったシャルに怯えていた。
精一杯虚勢を張った顔はしているが、端で見ているだけのミッツも足がすくむくらいだ。それを真っ直ぐ向けられているガロはどんなに反抗心があっても無視できるものではないだろう。
「う、ヴォッ…ッ」
シャルは何をするのかと思ったら、ガロの胸ぐらを掴み容赦なくその顔を殴りつけた。
てっきり始まると思っていた説教はなく、いきなりの折檻である。
「ヴっ…!ブェ…ッまっ…ォ!!」
ガロの抵抗をものともせず、シャルは馬乗りで何度も何度も殴り付ける。
ガロの顔はどんどん腫れ、シャルの拳に血の糸が伸びるほどボコ殴りにされていた。
ミッツや下級は完全に怯えて動けないのに、近くにいた一級戦闘士は、あー言わんこっちゃないみたいな軽めの反応をしているのが怖い。
「う…やめ…」
「あ?やめろだ?」
ようやく言葉を発したシャルは虫の息のガロの胸ぐらをより強く掴み上げ低い声を出した。
「お前は三級戦闘士なのに一般人を病院送りにするまで殴ったんだよな?なら一級に病院送りになるまで殴られねーと話は始まんねーだろ馬鹿が」
「ひ…ヴッ…」
最後なのか、今までで一番強く殴り付けられたガロが口から血を流した。
もはや誰なのか分からないほど酷い顔になっている。
「こいつのルミルは」
「これ」
「訓練場から一旦全員出ろ。三十分だ」
アナウンスで訓練場から人が出され、シャルが取り上げられていたガロのルミルを受け取ってガロの髪を雑に掴んだ。
「いだ…ッ」
ジタバタとするガロが容赦なく訓練場に引きずられていく。
「え、が、ガロどうするんすか…」
勇敢にもガロとよくつるんでいた同期が声を上げた。シャルは顔だけ振り返り、冷たい視線を同期に浴びせる。
「こんだけでかくなっても刺される痛みがわかんねー馬鹿を、わかるようになるまで刺してやるんだよ」
「……」
声を上げた同期は青ざめながら、すでにボロボロなガロを心配そうに見送るしかなかった。
「モニターシャットアウト」
『シャル・レフリー。現時刻シャットアウト機能使用。後ほど利用報告を提示してください』
初めて聞く音声に何が始まるのかと思ったら、シャルとガロが入っていった訓練場のモニターが真っ暗になり、観覧窓もシャッターが降りた。
「え、なんですかこれ…」
古参以外は知らないらしい機能にざわつく中、ミッツは表情を変えていないセドに問うてみた。
「特定の戦闘士に許可された機能だ。本人の事後報告以外に記録も残らないし、この時間に中で起きたことは死亡以外は不幸な事故扱いになる」
「そんなの、何に使う…」
「…まあ、出てきたら分かるだろ。三十分なら意識くらいはあるはずだ」
セドの説明に、周りは息を飲んだ。こんな機能があればなんでもし放題になってしまうではないか。
一体、中でガロは何をされているのか。
「全員待機場でできる訓練するか休憩してろ」
セドが声を張り上げ、一応その場は密度の高い筋トレ場と化した。
仲間達と中で何が起こっているのか予想を囁き合い、時折感じる振動にビビる。
『体液汚染確認、清掃完了』
『体液汚染確認、清掃完了』
『体液汚染確認、清掃完了』
普段、戦闘士達の汗やなんやが床に落ち一定の量に達すると聞こえてくる音声が連続で鳴った。普段は一時間に一回程度しか聞いたことのない音声のはずだ。一体何が垂れ流しになりそんなにも清掃音声が鳴るのかと皆怯えた。
「そろそろ出てくる時間だな」
セドがそう言ってから少しもせず。
『シャル・レフリー。現時刻シャットアウト機能終了。後ほど利用報告を提示してください』
という音声と共に、モニターが起動し観覧窓も解放となった。
「………」
そして待機場に戻ってきたのは、入るときと同じくシャルとガロの二人。しかし、シャルは無傷で息切れもないが、ガロは自分で歩けず嫌な呼吸音を響かせながらシャルに首根っこを掴まれ引きずられていた。
ボロボロになったガロの訓練着の隙間からは深めの裂傷が覗き血が垂れており、左手には何かが貫通したような傷を負っている。
「生きてるか?」
「一応な」
まるで雑談のような会話を繰り広げるシャルとセドが信じらない。
シャルはある程度のところで、ボロ雑巾となったガロを床に捨てて投げた。ドチャ、という汚い音と共に、人形のように力尽きているガロが転がる。
「…ぅ」
「まだ気は失ってない」
「いっそトドメ刺してやった方が良いだろ…」
「無駄に意識残すの鬼だな」
下級の衆は遠巻きに怯え、古参や一級達は気の毒そうにガロを見ていた。
シャルはセドが渡したウェットティッシュで手を拭い、周りを見渡す。
「これから人の休日にやざわざ騒ぎを起こしたこの馬鹿の処遇を上で話し合う。私も出席するが、その間こいつにヒーラー能力は使うな。医務室に連れていくだけは許す。…ちょうどいいな。ミッツ」
「へ?は、はい!」
「汚くて悪いが、こいつを医務室に連れてけ。医務室には話を通しておくから、連れていって転がしとくだけでいい」
「はい!」
断る選択肢など存在しないミッツは、確かに汚いがガロに近づいて肩を貸した。
ガロはほとんど力が入っていないため、ほぼ背負う形で医務室に向かう。
「そんで普段仲良しだろお前ら。床掃除しとけ」
「「「はい!」」」
後ろでシャルの指示とガロと取り巻きの良いお返事を聞きながら、ミッツとガロは待機場を後にした。
「ヒュー…ヒュー…」
何か文句でも出るかと思ったが、ガロの腫れて見えづらそうな目はぼーっとしており、ただただ嫌な呼吸音が廊下に響くだけだった。すれ違う社員はぎょっとするが、ミッツはすべて愛想笑いで通してみせる。事情を問われても、ミッツもどう言えば良いか分からないからだ。
「あの…」
「やあ、聞いてるよ。まあそこに寝かしてあげて。派手にやられたね~」
「はい」
医務室ではすでに手当てする体制が整っており、ベッドに寝かせたガロを看護師が手際よく綺麗にしていく。
「何年か前にもこういうことあったけど、この子も相当な悪坊主だったのかな?」
「いや、はは…」
保健師の言葉に、その何年か前の悪坊主はトリシュに黒歴史を披露した先輩なのだろうなと微妙な気持ちになった。
「彼の手当てはするからもう戻って良いよ」
「はい…」
ミッツはベッドの上で苦しそうに呼吸するガロを最後に見やる。
「聞こえてるか分かんないけど、お前のことどうでも良かったらシャルさんここに来てないと思う」
「……」
「…とりあえず今は休めよ」
言いたかったことはうまく伝えられなかったが、ミッツは医務室を後にした。
そして、数時間して戻ってきたシャルからなんとガロはクビではなく二ヶ月の謹慎処分となったと告げられた。
後から聞いた話では絶対クビ以外あり得ないという声が圧倒的多数だったそうなので、もしかしてシャルがどうにかしてクビを回避させたのかもしれない。
「ガロ、骨まで綺麗に折れてたんだってな」
「らしいな。それで今日謝罪に回ってんだろ?さすがにガロでもちょっと可哀想だな」
手当てして翌々日の今日、ガロはシャルに連れられて怪我を負わせた一般人の家一件一件に謝罪に回るらしい。
ガロを気の毒がる雰囲気もある中、わざわざ一緒に謝罪してくれるシャルを讃える声もある。
乱闘騒ぎを起こしたガロが大丈夫かな、などと心配されている空気もシャルのおかげだ。
更には一週間は家で謹慎だが、それ以降は待機場で見学及びリハビリをするようにという話にもなったらしい。セドが言うには、謹慎が解けた二ヶ月後に気まずさから辞めないように、職場の仲間と接することができるように配慮されたのだろうとのこと。
「これに懲りず次もやらかすようなら、シャルからもう一人の担当送りだ」
なにやら怖い話を聞かされたが、ミッツができるのはガロの更正を祈ることだけだ。
そして謹慎開始から一週間が絶ち、ガロはまだボロボロながらも出社してきた。
「迷惑かけてすみませんでした」
ガロはまず、全員に向かってそう頭を下げた。
真っ先に年配戦闘士達が偉いぞ~と声をかけ、そしてガロの取り巻きも怪我の具合を問うたりと雰囲気は悪くない。ガロの取り巻きはシャルの折檻を見ただけでも怖かったのか、あれからすっかり陰口もなくなり勤務態度も良くなった。
「おい、ミッツ」
「え?」
ミッツが訓練に戻ろうとすると、なぜかガロから声をかけられた。どこかバツが悪そうな様子だ。
「ありがとな」
「…だ、大丈夫か?」
「なんだよ。医務室に運んでもらった礼だけだろ」
ガロが礼を言うこと自体に驚いているのだが、それでもガロが変わろうとしている気配を馬鹿にしてはいけないとミッツは気を取り直して頷いた。
「まあ、元気そうなら良かったよ」
「元気なわけあるかよ。あちこちいてぇし小便すんのも一苦労だっての」
「自業自得だろ」
今のところ丸くなったガロによると、謝罪は全員に受け入れてもらえたらしい。裁判だ示談だと大きな問題にされることもなく、むしろ自分よりもボロボロなガロを心配するものもいたそうだ。
「運が良かったな…」
「シャルさんが全部一緒に頭下げてなんとかしてくれた」
ガロがシャルに対してちゃんと名前呼びになっていることに安心する。
一番こじれることを危惧された富豪のお坊っちゃんの家も、そこの夫人がシャルの大ファンであったためになんとかなったらしい。
「早く怪我治してリハビリも頑張れよ」
「ああ」
ミッツの言葉に少しだけ笑ったガロは、なんだか憑き物がとれたような顔をしていた。
その後、二ヶ月経って謹慎が解けたガロは上の指示を守り乱暴な言動もほとんどなくなったようだ。
たまにイライラしている時があっても、シャルさんの姿が見えると別人のように大人しくなっている。
「あいつシャルさんにビビってるってか、なんか」
「トリシュ。ほっといてやれ…」
シャルを怖がって大人しくしているというよりも、どこか熱心にシャルを見つめぼーっとしている様子はあまり同期としては深掘りしたくないところであった。
人それぞれな性癖はさておき、ミッツは今後も変わらず一級に憧れを抱きながら訓練に励むのみである。
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