輪郭のない君

@emo101130

序章

いらないものがつまったダンボール箱。

部屋の隅に置かれたまま、ずっと手をつけていない箱だ。中には、もういらないはずのものばかりが押し込まれている。


それなのに、僕は捨てられずにいた。見ないようにしているくせに、処分することはどうしてもできなかった。


そんなダンボール箱の一番上に、彼女のグッズが入っている。


高石悠菜。

彼女は有名なアイドルグループのセンターを務めていた。

いつも明るく、笑顔ひとつで周囲の空気を変えるような存在だった。

グループがまだ有名になる前から応援していた僕にとって、彼女は光そのものだった。

まるで自分だけが彼女の輝きに気づいていたかのような、そんなささやかな優越感さえあった。


最初は、小さなライブハウスでの公演が中心だった。観客は数十人、ステージも狭く、照明も簡素だったが、彼女は全力で歌い、踊り、天然なMCで会場を和ませた。その姿をSNSに上げたファンが少しずつ増え、口コミで彼女の名前が広がっていく。


次第に公演の規模は大きくなり、地方のホール公演やテレビ番組への出演も増えていった。観客が数百人、数千人と膨れ上がっても、彼女の笑顔は変わらず、ライブハウスで培った表現力でステージを支配していた。

彼女のパフォーマンスは、グループ全体の存在感を押し上げる原動力になった。


気づけば、彼女のいるステージには自然と視線が集まり、ライブでのパフォーマンスや番組出演のたびに、グループは大きく、強く、確実に成長していった。ライブハウスから全国へ。小さな光は、いつの間にかグループ全体を照らす太陽のようになっていた。


けれど、彼女が絶対的センターとしての地位を確立したころ、有名俳優との熱愛が発覚し、彼女は突然グループを脱退した。週刊誌には、グループが有名になり始めた直後からその俳優と交際していたと書かれていた。


僕にとって神聖で、手の届かないはずだった高石悠菜。

そんな彼女は、スクリーンの向こうで完璧に笑い続ける理想なんかじゃなく、現実の恋愛で揺れ動く、生身の人間だった。


胸がざわつき、心の奥が締め付けられた。

もう彼女を応援する気にはなれなかった。


だから、僕はファンをやめることを決めた。

グッズをダンボールの中にしまい、スマホの壁紙を変え、フォローしていた公式アカウントを外した。

それだけで、彼女の存在は少しずつ、僕の生活から遠ざかっていった。


薄れていく彼女の記憶に、僕はどこか安堵している自分を感じながらも、同時に胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われていた。



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