第23話:変態魔族レビヤタ
湖の浄化が終わり、聖なる慈雨がやんだ後。
「なんだヘイロン、しくじったのか」
そんな声が聞こえた。
私はそれが誰か知っている。
四天王の1人、水を支配する海魔レビヤタだ。
CV:神崎コージさん。
高音ボイスのサキとは対象的に、レビヤタはコージさんの地声に近い低音ボイスで演じられている。
「愛しいサキよ、蘇生されてしまうとは何事だ」
「あんたなんかに愛されたくないわ!」
とぼけたことを言うレビヤタに、私に抱きついたままサキが言い返す。
その台詞のやりとりは、本来はレビヤタとのバトル中に出てくる。
攻撃を受けたサキが倒されて、主人公に蘇生されるのをレビヤタが見たときの会話だった。
今回は戦闘前にサキが仮死状態になったから、今そのやりとりが展開されたのかもしれない。
(出た、変態魔族……)
台本でレビヤタの行動を知っている私は、心の中で呟く。
サキがBL担当の攻略対象であるように、サキに対応する敵のレビヤタもBLキャラだ。
耽美系の男性キャラだけど、サキに執着していて嫌われている。
BL的にいうと、サキは「受け」、レビヤタは「攻め」という設定だった。
「何を言う。その美しい身体はもう私のものだぞ?」
「あんたのものになった覚えはないわ!」
レビヤタは、勝手に自分のものだと思い込んでいる。
対するサキは、めちゃくちゃ嫌がっている。
嫌われてもお構いなしなレビヤタは、愉しそうに微笑んでいた。
「覚えてはいないだろうな。君は気を失っていたのだから」
「え……?!」
意味深なレビヤタの台詞に、困惑するサキ。
私はその台詞から、サキ絡みのシナリオ分岐の1つを思い出してギクッとした。
サキのイベントボス戦の後半、ある条件をフラグに発生するバッドエピソード。
台本には、サキがレビヤタに連れ去られるイベントが書いてあった。
水質浄化中に不意打ちを食らって気絶したサキを、レビヤタが連れ去って凌辱するというシナリオ分岐がある。
そのイベントが発生すると、サキは死んでしまう。
必死でサキを探し回る主人公と天使たちの前に、サキの遺体を抱えたレビヤタが現れる。
そして、わざわざ水鏡を作って得意気に見せるのがBL全開のシーンだった。
「どうして君が仮死状態になっていたか、教えてあげようか?」
レビヤタが意味深な笑みを浮かべる。
その腕に、サキの遺体は無い。
サキは私の腕の中にいて、ちゃんと生きている。
台本とは状況や台詞が違うけど、何か嫌な予感がする。
「せっかく手に入れた愛しい者を、私が何もせずにいるとでも?」
レビヤタは笑って片手を振ると、湖面を大きな水鏡に変えた。
そこに映し出された映像を見て、私もサキも呆然とする。
それは間違いなく、バッドイベントと同じシーンだった。
「……嘘……なにそれ……」
呟くサキの声は震えている。
私は何も言わずにサキを抱き締めた。
「分かったかい? もう君は私のものだ」
レビヤタが魔的な美しい顔で微笑む。
サキは動揺して蒼白な顔になり、私の服をギュッと掴んで震えている。
「おいで、サキ。私の花嫁」
愉しそうに笑みを浮かべて言うレビヤタの余裕とは逆に、サキは心を乱されて涙を流し始める。
私はサキを抱き締めながらレビヤタを睨みつけた。
「あんたみたいな変態にサキは渡さない!」
宣言して、私はサキとの絆スキルを使おうとした。
けれど、サキの精神状態が不安定過ぎて、スキルが発動しない。
代わりに、紋章化したミカの絆スキルをレビヤタめがけて放った。
火×光属性攻撃・範囲【浄化の炎龍(改)】
私の右手の甲に炎の紋章が浮かび上がり、炎の龍となってレビヤタに襲いかかる。
「おお、怖い怖い」
ふざけた口調で言うと、レビヤタは自らを水の膜で覆い、どこかへ転移して姿を消した。
属性的に、レビヤタには浄化の炎龍は効きにくい。
サキとの絆スキル【聖なる慈雨】なら倒せるのに。
私の腕の中で、サキは蒼白な顔で涙を一筋流した後、フッと脱力して仰け反った。
私は、グッタリしたサキを抱き締めて、全速力で飛翔して天界へ帰った。
◇◆◇◆◇
レビヤタとサキのバッドイベントには、発生するための条件がある。
①主人公は男性キャラ
②サキよりも好感度が高い攻略対象がいる
①と②の条件を満たしたうえで、好感度が4になったサキを1人で海へ行かせると、バッドイベントが始まる。
浄化の力を使う際に無防備になるサキは、レビヤタの不意打ちで鳩尾を突かれて失神、連れ去られる。
レビヤタは気絶しているサキの体内に自らの闇の力を注ぎ続け、天使の力を弱めてしまう。
レビヤタの闇の力を注がれ続けたサキは、光の力が尽きて死亡する。
でも、私は①の条件を満たしてはいない。
レビヤタの行動にも違いがある。
私は女性キャラを選択している。
レビヤタがサキにした行為は同じだけど、サキが死ぬまで続けてはいない。
それに。
今、サキはここにいる。
レビヤタが、何故サキを湖面に浮かべたのかは分からない。
サキは死なずに済んでいるから、多分バッドエンドにはならないと思う。
「サキ、目を開けて」
天界へ戻った私はサキの家へ向かった。
気を失ったサキを抱いたままベッドに腰かけると、意識を呼び戻す為に呼びかけてみた。
サキはまるで目覚めることを拒むかのように、目を閉じたまま全く動かない。
長い睫毛に縁どられた瞼の端から、ツーッと一筋、涙が零れ落ちただけだった。
「護ってあげられなくてごめん。お願い、心を閉じないで。闇の力はもう浄化してあるよ」
抱き締めて耳元で囁いてみた。
でも、サキの状態は変わらない。
仮死状態から蘇生した際に、体内の闇の力は浄化された筈。
レビヤタに穢された痕跡は、もう何も残っていない筈。
でも、サキは見せられた映像に精神的なダメージを受けて、心を閉ざしてしまった。
始まってしまったボスイベントは、ボスを倒さない限り終わらない。
レビヤタが現れたとき、問答無用で絆スキルを使っておけばよかった。
悔みながら、私はステータスウィンドウを開いてみた。
(……え?!)
サキの好感度を表すハートが、4になっている。
主人公が女性の場合は、3までしか上がらない筈なのに。
一体、いつ上がっていたの?
でも、ハートは赤ではなく灰色で、絆スキルは【使用不可】になっていた。
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