おおかみ尻尾のユーニス、モラトリアムを勝ち取る
三原B太郎
第1話
「ユーニス君! コイツは間違いなく人狼だぞっ!」
老人の興奮した声が落ちてきた。
耳障りだと感じて瞼を開けると、2人の人影が俺を覗き込んでいるのがみえた。
1人は鱗状の白い禿頭に頬まで裂けている口腔――まるで、蛇の顔をしていた。
おそらくさっきの声の主はこの男だ。
蛇の魔族。
近くで見たのは初めてだ。
そして、もう1人の方は――
「普通の狼さんにしか見えないんですけど、本当に人狼さんなんですか?」
大きな黒の瞳を怪訝そうに歪める少女。
その頭頂部にはふさふさした獣耳があった。
ふわりと肩にかかる黒髪とは対照的な白毛のそれがピクっと頭の上で跳ねる。
コイツらは誰だ?
記憶がはっきりしない。
なんで俺はこの2人の魔族に見下ろされているんだ?
とにかくこのままじっと見られ続けるのは気分が悪い。
俺はすぐさま立ち上がろうとしたが――うまくいかなかった。
「あれ? もしかして怪我してるのかな?」
挙動に異変を感じ取った少女が心配そうに腰を屈めて様子を見てくる。
俺は困惑しながら自分の足元を見た。
――な、なんだこれは!?
そこには人間の脚とは違う白い毛皮を纏う獣の脚があった。
それだけではない。
胴体も腕も獣の形になっていて尻尾も腰あたりから生えている。
少女は、さっき狼と言っていたが、もしかしてあれは俺のことを言っていたのか……。
顔を上げて少女の方を見遣る。
首を傾げて不思議そうな顔をしている少女と目が合う。
――ガウッガウ(おい、お前)
彼女めがけて声をかけたはずが、その声は狼の鳴き声として響き渡る。
俺は間違いなく人の言葉で話そうとしたはずだ。
それがなぜか獣のように吠えている。
――キュゥキゥ(本当にこれはどういうことだ?)
俺はいつ一体どうしてこんな姿になったんだ?
俺がやたら高音の情けない喉の鳴らし方をしていると、少女が一歩下がる気配を感じた。
「ハリオンさん。この子、もしかして本当に人狼かもしれないです」
人狼。
そういえば、俺が目覚める直前にも年老いた蛇の魔族もそんなことを言っていたような……。
俺のことを指して言っているのなら驚きだ。
俺は生まれた時から人間なので見当違いもいいところだ。
まあ、今はなぜか狼になってはいるが……。
「確証はないのですが……この子、人の言葉を使っていたような、そんな気配がしたんです」
そう話す少女の獣耳がピンと立ち上がった。
耳の内側を俺の方に向けて、何かを感じ取るような動きを見せている。
もしかして今喋った俺の言葉を読み取ったのか?
「ますます期待が高まるな! それならば尻尾を使ってみなさい。何か反応を示すかもしれん」
「はい! やってみます!」
少女がそう返事すると後ろから大きな獣の尻尾が現れた。
耳と同様、白い長毛を纏った尻尾だった。
いったい何をするつもりなんだ。
少女は片手でそれを支えて、重さを確かめるようにポンポンと手のひらで弄んでいた。
狼の耳と尻尾を生やした人間。
果たしてこの少女は、人間なのか? それとも魔族なのか?
そんな疑問がよぎったが、尻尾の毛先が目の前に差し出されたことで思考は中断した。
どうしたんだと思った、その時だった。
突然、頭が締め付けるような痛みが走る。
さらに鼻の奥を刺すような痛みが広がり、俺は悶えた。
何かを直接鼻の中に突っ込まれたかのような不快感だ。
「ユーニス君! 変化が始まったぞ!」
身体が燃えるように熱くなり体の感覚が鈍くなっていく
全身を貫く苦痛を俺はしばらくの間、耐えるしかなかった。
やがて痛みと火照りは少しずつ引いていく。
奴らはいったい何を俺にしたのだろう?
先ほどの尻尾を差し出す動作で呪術めいたものを俺に施したのだろうか?
それとも俺が忘れているだけで今は何かの拷問を受けているのだろうか?
そんなことを考えていると――
「――っきやぁぁぁぁぁぁ!」
少女の悲鳴が耳を通り抜ける。
「はっ! はだっ――裸!」
狼狽した声に何事かと思って視線を移すと、顔を逸らしつつ両手の掌をこちらに突き出したまま硬直している少女の姿が見えた。
それとは対照的に尻尾はのたうち回るかの如く暴れ回っている。
一瞬その反応の意味が分からなかったが、すぐに理解した。
さっきまでの狼の視点より明らかに高くなっていた。
俺の手足がさっきまでと違い、人間のものに戻っていた。
「あぁ――戻れた?」
俺は思わずため息を漏らす。
まるで寝ぼけていた頭が段々と覚醒していくような気分になる。
俺は人間の身体を取り戻したのだ。
――そう、生まれたままの姿で。
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