第2話 幼稚園の出会いと最初のフラグ潰し
転生して数年。赤ん坊から少しずつ成長し、オレ――藤宮千尋は「人間らしい」日々を過ごせるようになった。
男だったのに女になったってことに戸惑ったのは最初だけ。今ではもうすっかり慣れていた。いや、慣れてるはずだ……たぶん。
相変わらず母親は美人で、父親は穏やかで優しい。そしてオレの推し、姉の紗月は天使のように可愛い!
オレは赤ん坊の頃から何をするにも「お姉ちゃん!」と彼女にまとわりつき、完全にシスコン妹キャラを固めつつあった。
……いや違う。これは布教活動だ。推しの可愛さを全身全霊で受け止め、守り抜くための大義である。
そしてオレが入園するのは藤宮家の近所にある小さな幼稚園。
「子供達が最初に出会う舞台」――まさに原作『恋咲アンサンブル』における、紗月と神谷悠真が出会う大事な場所である。
オレは知っている。
ここで悠真と紗月が偶然出会い、一緒に遊んで、仲良くなり、やがて幼馴染みポジションが固定されるのだ。
以降のイベントの大半はこの「幼馴染み設定」がベースになっている。
だから――ここで出会いフラグを折るんだ!!
オレの目的は一つ。
悠真と紗月の接触を阻止し、原作の道筋を根こそぎ潰すこと!
幼稚園初日。
母に連れられ園庭に足を踏み入れた瞬間、オレは全身の神経を研ぎ澄ませていた。
まるで暗殺者かスパイのような挙動だが、それくらいの警戒は必要だ。
推し――紗月を守るためなら、オレは何にだってなれる!
「千尋、あんまり離れちゃだめよ」
「はーい! ……あ、お姉ちゃんこっち!」
隣で紗月が少し緊張した面持ちで母の手を握っている。
まだ幼いとはいえ、既に天使オーラが漏れている。周りの子供や保護者の視線を一身に集めているのも納得だ。
――危険だ。この可愛さ。あまりに無防備過ぎる! 鼻血出そう!
原作で悠真が惹かれる理由、よくわかる。だがオレは絶対に許さない。
そのとき。
「……あの、こんにちは」
小さな声が聞こえた。
振り向くと、同じく母親に連れられた少年が立っていた。少しぼさっとした髪、やや眠そうな目つき。だが不思議と親しみやすさがある。
――来た! 神谷悠真!
ここで紗月と挨拶を交わし、「一緒に遊ぼう」という流れになる。
幼馴染みフラグが立つ瞬間だ。
オレは瞬時に動いた。
「こんにちははこっち! わたし、藤宮千尋っていうの!」
紗月より早く一歩前に出て、満面の笑みを作る。
少年はぽかんとした顔をしたが、とりあえず「こんにちは、千尋ちゃん」と返してくれた。
よし、最初の挨拶はオレが回収した!
しかし、まだ油断はできない。
記憶が正しければ悠真は次に「一緒に遊ぼう」と言ってくる。オレは知ってる。原作で散々見た。
だから先手必勝だ。
「お姉ちゃん! あっちで一緒に遊ぼ!」
オレは全力で紗月の手を引っ張った。
まだ出会ったばかりの悠真を完全に無視する形。
これで会話の糸口は断たれた。
勝った……。
ふふふ、どうだ。推し守るシスコン妹の采配を思い知れ!
――と、思ったら。
「あ、あの……良かったら一緒にどう?」
――紗月ぃいいい!!
お前は天使か!? なぜそんな慈悲深いことを言う!?
まずい、このままじゃ原作通りになる!
「うん、いいよ! じゃあ三人で!」
しまった、このままじゃ流れに飲まれる!
「だめ! お姉ちゃんと遊ぶのはわたしだけ!」
オレは悠真の言葉を真っ向から遮った。
周囲の大人達が微笑ましい子供を見る目をする。今のオレは小さな子供。
こんな独占するようなことを言っても子供の我儘で通るのだ!
だが笑われても構わない。紗月を守れるならそれでいい!
悠真は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「そっか。じゃあ千尋ちゃんも一緒に遊ぼ」
……おのれ。
なんだその柔軟性。お前、本当に主人公属性かよ。
結局、母親にも押し切られオレ達は三人で遊ぶことになってしまった。
オレは幼稚園の砂場にしゃがみ込み、全力で城を作り始めた。
お姉ちゃんを守るための要塞だ。悠真が近付こうとしたら、この砂の壁で遮断してやる。
しかし紗月はニコニコと微笑み、悠真の方を見て言った。
「お城作るの、手伝って?」
――紗月ぃいいい!!
お前、優しすぎるんだ!
その優しさが原作で悠真の心を射貫いたんだぞ!?
オレは必死で手を動かし、悠真が砂に触れる前に形を整えていく。
「お姉ちゃん! ほら、お城できた! わたし一人でやったよ!」
悠真が入り込む余地を潰し、オレは勝ち誇った。
だがそのとき悠真が言った。
「すごいな、千尋ちゃん……じゃあボク、門を作るよ」
そう言って器用に砂でトンネルを作り始める。
紗月は「わぁ、上手!」と嬉しそうに手を叩いた。
――ちくしょうお前、思った以上に器用だな!?
結局、砂場では三人で協力する形になり、巨大な城が完成した。
紗月は大喜びで拍手し、悠真も満面の笑顔。
オレだけが心の中で「これ、フラグ潰せてなくね?」と汗をかいていた。
だがそれでも一つだけ確かなことがある。
悠真と紗月の出会いイベントを完全に防ぐことはできなかった。
だがそこには原作には存在しなかった「妹、千尋」という第三者が割り込んでいる。
オレは心の中で小さくガッツポーズをした。
完全勝利とは言えないが、完全に原作通りでもない。
それだけで意味がある。
砂まみれの手をギュッと握り、オレはあらためて誓う。
――この世界で、推しを他の男に取らせはしない。
どんなに笑われても、罵られても、フラグを叩き折り続けてやる!
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