自己満足

@distinguish

自己満足

 ティッシュも積もれば山となる。ゴミ箱の蓋を押し上げた途端、白の奔流が視界へ雪崩れ込んできた。その瞬間、私はふと醜悪なアナロジーを思いつく――炊飯器の蓋を開けた時、白米の白が視界を占領する感覚だ。ただし、食欲を減退させる臭いを発する点では、大きく異なる。私は、ゴミ出しの時を考え、些か憂慮する。

 ティッシュ箱に詰められていた時は、あんなにも小さく収まっていたのに、よくもここまで膨れ上がったものだ。ここでも、私は米の膨張性を想起してしまう。しかし、この場合は中に不発弾が詰められているのだから、当然だ。

 

 私はこれの依存症であったが、自己嫌悪や虚しさは感じない。むしろ良い気分である。今日もまた滾る劣情によって、他人を汚すことを免れた。無論誰かを傷つける意図は全くないが、日常生活で自らの欲が刺激された時、一瞬だけ罪の意識に苛まれる。それは、掻き立てられた情欲が、行き場を失って、加害性を持った化身へと姿を変貌させる未来を想像してしまうからだ。

 その時、私は途方も無い自己嫌悪に陥る。何故、私はこれ程までに醜いのか、野蛮であるのか、そして、猥雑か。下卑た私の思考は、クリーニングにでも出して、新品同然にして欲しい。そう願わない日はない。

 

 だからこそ日課のそれは、防犯の一種であると言える。これは、家の戸締り確かめ、監視カメラを稼働させ、職務質問を行うように、起こりうる犯罪を未然に防ぐ行いなのである。

 故に、私には虚しさも無ければ、寂しさもない。一抹の安心すら覚え、さらには起こり得た悪事を食い止めたことで、私は正義の念を強めていく感覚を持った。それの累計を考えると、とうに数千を超える正義を尽くしたことになる。私は鼻が高い。

 

 しかし、懸念点もある。ティッシュに包まれた何億の有り得たかもしれない未来は、どこへと向かうのだろう。私の最悪のケースでは、他人の尊厳を破壊する未来を創造していたが、それは私の正義が粉砕した。しかし、悪辣なのは私の劣情であり、彼らは傀儡に過ぎない。よって彼らを虐げることはしたくない、そしてさせない。

 彼らは毎日のように精錬され、毎日のように消費される。奇しくも、彼らを覆うティッシュも同じような命運を辿る。私はそのことに些か安堵した。彼らは孤独ではなかった。同じ終末へと歩む無言の伴侶が居る。

 そしてこの安堵は、醜い。私の関心は、彼らではなく、自分自身に向いているからだ。もし彼らを心から想うのなら、より誠実な対峙が出来たはずだ。しかし、私が行った事と言えば、自らの行動に薄っぺらい理屈を付与し、保身の殻に退避しただけ――まさに卑劣極まりない愚行だ。

 それでも、私は開き直る。遠くで聞こえる何億もの断末魔も、近くで聞こえる何億もの産声も、折り重なれば、私の正義を讃える交奏曲へと変貌する。そして私は、指揮棒を振る手を止めない。それが例え、矮小で尊大な自己満足であったとしても。

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