最弱神器のバスタオル、世界最強へ進化中。〜温泉宿の主人はじめました〜
@maibo-
第0話 プロローグ 神々の嘲笑と“ステージ0”
仕事終わり。
残業で終電を逃し、深夜三時になってやっと帰宅した俺――巻神カイ(まきがみカイ)は、いつものように風呂に身を沈めていた。
「……はぁ。今日も死ぬほど働いたな」
ブラック企業三年目。
寝て起きて仕事、たまに飯。誰にも感謝されない毎日。
それでも、この瞬間だけは心が軽くなる。風呂は俺の唯一の救いだった。
「俺の働きって、誰の役に立ってるんだろ……」
半分溶けそうな思考で湯に沈んだ、そのとき――
──ドンッ!!
玄関の扉が破裂したように吹き飛んだ。
「……え?」
「金を出せッ! 動くな!」
濡れた足音を踏みつぶすように、マスクの男が包丁を構えて風呂場のドアを蹴破ってきた。
「いや、風呂入ってんだけど!? せめてノックくらい――」
反射的にバスタオルを掴んで腰に巻く。
全裸よりはマシだ。……たぶん。
「動くなって言ってんだろ!!」
包丁が振り下ろされた。
視界が暗転する。
(あ、死んだ。……マジか。風呂中に?)
本当に、あっけなかった。
♦︎
次に目を開けたとき。
そこは金色の光柱がゆっくり脈打つ、荘厳な大広間だった。
「ようこそ、神々の間へ」
玉座に座る男女の神々が、静かにこちらを見下ろしている。
「おぬしは亡くなった。……転生を許可する。この光の渦に手を入れよ。
もし何かしらの“才”があれば、それに見合う神器が与えられる」
驚きはあった。しかし、それ以上に胸が軽かった。
ーー今度の人生は、惰性じゃなくて。
ーー誰かの役にたつことも。
「……神器か。なら、強いやつで頼む!」
「それはおぬし次第だ。手を、光の渦へ」
言われるままに渦へ手を入れる。
温かい光が全身を包み──手の中に、柔らかい感触が落ちた。
「……これ、なんだ?」
白い布。
光沢のある、どこにでもある……バスタオル。
その瞬間、目の前の神器管理画面に淡い文字が浮かぶ。
《神器 “布丸(ぬのまる)”》
《ランク:下位神器》
《スキル:形態変化(手に触れている時に、形を自由に変えられる)》
「……………………バスタオル?」
「ぷっ……!」「下位だぞ、下位!」「形態変化って、せいぜいマントか手ぬぐいだろ」
ざわり、と神々から笑いが漏れる。
「ちょ、ちょっと待てよ! 形態変化ってことは……剣とか、槍とか、すごい武器にもなるのかもしれないだろ!」
「なら、試してみよ。ほれ」
ひょい、と神の一人が指を弾き、空中に一本の細い木枝が現れた。
「この枝を切ってみるがよい」
「よっしゃ!」
布丸を握り、イメージする。
剣になれ!
──その瞬間、タオルが光を帯びて形を変えた。
細長く伸び、先が鋭くなっていく。
「うおぉぉっ……バシュッ。……あれ?」
木枝に当たった瞬間。
ぐにゃっ。
「柔らけぇぇぇぇ!!」
ざわあああああっ。
「切れんのかい!」「そりゃ布だしな!」「同じ下位の神器でも〝ブラシ〟や〝スプーン〟の方がよっぽど使い勝手は良さそうだぞ!」
「お前ら笑いすぎだぁぁぁ!!」
思わず叫ぶ俺。その横で、一人の神が軽く親指を立てる。
「まぁ、なんとかなるじゃろ!」
「軽っ! 絶対テキトーだろお前!!」
神々はますます笑い、大広間はどこか祭りのような空気になっていた。
だが、ふと長老神の顔色が変わる。
「……そろそろ時間だ。転生を始める」
その声だけは、真剣だった。
「神器って……進化とかするんだろ? ランクも上がるんだよな?」
俺が祈るように問うと、長老神は静かに首を振った。
「スキルは成長することもある。しかしランクは変わらぬ。下位は下位のままじゃ」
「え、まじで……?」
そして、長老神は声を低くする。
「カイ。おぬしが行く世界では、〝才〟のある者
は生まれながらに神器を持っている。ただ…「この世界の“深層”には、まだ名もない闇が潜んでおる」
我ら“外の者”には、もう見守ることしかできぬ……」
広間の空気が重く沈む。神々全員が、その言葉に沈痛な影を落としていた。
「闇……?それってどういう……」そうカイが言いかけた時、
「まぁ、がんばれ!」
別の神が急に軽く言い、背中を押す。
「軽いわ!!」
ツッコむ間もなく、光が足元から広がった。
「ちょ、待っ──うおおおおおっ!」
転生の光が弾け──。
次の瞬間。
目の前に――牙をむいた狼のようなモンスターがいた。
「は? ちょっ……いきなり? これでどうすればいいんだよぉぉぉ!!」
俺の悲鳴が森に響く。
♦︎
ーー その頃、神々の間では ーー
「さて、そろそろ解散するかの」
神々が帰り支度をしている中、一人の神が足を止めた。
「……ん? 今、画面が……?」
画面の光が不規則に瞬き、ざらりと乱れ──。
ーーその瞬間ーー
ランク表示が、ゆっくりと書き換わる。
《ランク:Stage 0》
一瞬、空気が凍った。
「……は?」
「神器に“ステージ階層”なんて概念はないぞ?……神器のランク体系は“下位・中位・上位・聖位……中にはそれ以上のものも稀にあるが、ステージという概念はどこにもない……」
「そんなもの、歴史上“存在したことがない”。」
神の呟きが、誰にも届かぬまま——幕が上がる。
ーーーーー第1話へ続く。
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