意味破りの魔術剣士

烏鴉 文鳥白(うがらす ぶんちょうはく)

第一章

第一節 昏川通りの少年

第1話 少年妖怪祓い人

 星も見えない新月の夜、紡績工場裏の草原――。


「本当に大丈夫なのか?」

「もちろん。かなりの腕利きさ。お国さんのペーペー魔術士なんかより、よっぽど役に立つ」 


 依頼人の問い掛けに、貸本屋の和装姿の男はあたかも自分の事であるかのように自信満々に答える。

 和装男の言葉を訝しむように、依頼人は太い腕を組むと、細めた視線を青年の痩せた背に向けた。


 前金の銀貨一枚を損した気にでもなっているのだろうか。まだ仕事も見ていないのに――。

 依頼人からの視線を背中に感じて、トオルは顔をしかめた。


 貸本屋も話を盛りすぎだ。戦闘のプロである魔術士と自分のような十六歳の子どもが比較になるわけがない。後でしばく、とトオルは拳を握った。

 しかし、訂正するような事でも無いため、トオルは振り返らなかった。わざわざ依頼人からの評価を下げる事に、何の意味も無い。


 妖怪祓いの青年、トオル。


 薄汚れたワイシャツに、継ぎ接ぎだらけの黒いズボン。

 墨色の前髪のすき間からはハイライトのない灰色の目が覗いている。


 不安げな依頼人と、自信満々の貸本屋の気配を、背後に遠く感じながら、膝で生い茂る草を掻き分けて進む。


 注意深く辺りを見回しながら、しばらく歩き続けたところで、ふと足を止めた。


 魔力反応が像を結んだ。

 トオルは目を細める。


「……来てるな」


 研ぎ澄まされた――生きるためには研ぎ澄ませざるを得なかった感覚が、ソレの接近を知らせる。


 彼は一瞬にして臨戦態勢に入った。


「『火打シレクス』!」


 彼が呟くと同時に、花火のような閃光が闇を裂いた。

 周囲は再び闇に覆われたが、一瞬の間にトオルは「ソレ」を視認し、口を大きくへの字に歪めた。


「いや多いんだよ!!」


 雑草に身を隠す牛鬼の個体数は、ゆうに百匹を超えていた。

 蜘蛛の様な体躯に乗っかる鬼の頭の目は、殺意の赤に染まっている。


「ギェェェェ!」


 リーダーと思われる、特に巨大な個体が空気を揺らすように咆える。その声が号令だったのか、一斉に群れがこちらに突っ込んでくる。


 トオルはおもむろに腰の刀を抜いた。


「おいおい……あれ、陰陽刀じゃん……。しかもあんなガタガタの刃で斬れるのか……?」

 依頼人が背後で喚いている。


(るせぇ、僕だって選べるならこんな骨董品使ってねぇよ!)


 トオルは毒付きながら、陰陽刀を正眼に構える。

 刃毀れや錆びが酷く、刀としての役割を果たせるかも怪しい代物であるが――。


「『風斬ゲール』!」


 風の刃が刀身を覆う。

 吹き上げられた前髪の奥で、灰色の瞳が冷たく光った。


 狼のように突っ込んで、まずは十体狩った。

 首と胴の離れた遺骸は大気に溶けるように消えていく。

 それを見送ることもなく、後ろから飛び掛ってくる牛鬼へと振り向きざまに手のひらを向ける。


「協力してんじゃねえよ! 『炎乗ファイア』!」


 炎が渦を巻く。

 牛鬼はギャッという断末魔の後に黒い――もともと黒いわけだが――炭に変わった。


「数が多い……! 『風轟ウィンドミル』!」


 高速回転する風の刃が、弧を描いて彼の前方にばら撒かれた。

 しかし、致命傷に至らない。


 そもそも、牛鬼単体の討伐難易度は相当に高い。

 一地域を一人で管轄できるほどの実力を持つような魔術士でも、討伐部隊を組んでやっと敵う相手だ。


「お、おい、これ大丈夫なのかよ?!」

「まぁまぁ、ここからですって」


 依頼人が悲鳴を上げた。

 貸本屋の面白がっているような声を頭の片隅で聞きながら、トオルは刃を振るい続けている。


 ここで依頼人に逃げられると契約破棄される可能性がある。

 前金は貰っているが――成功報酬は惜しい。


 そもそもここから生きて帰るには牛鬼の殲滅は必須なのだ。契約を踏み倒されれば働き損である。


「チッ、しょうがねえ……!」


 トオルは刀を一度鞘に仕舞った。

 柄に緩く手を掛け、体の力を抜き、目を閉じる。

 牛鬼が嬉々として飛び掛ってくるのを薄目に見ながら――口を開いた。




「……『疾風渦巻く舞踊場サルタティオ・テンペスターシス』」




 世界が凪いだ。


 次の瞬間、暴風が辺りに吹き荒れる。


 引き千切ぎられた草の切れ端がもの凄い勢いで辺りに吹き荒んでいる。

 目の前で壁をなしていた牛鬼たちが、竜巻の中に巻き上げられた。

 トオルの半径十メートルは、彼が起こした風の舞踊場となった。


 千切る、千切る、千切る、千切る!


 宙を舞いながら、牛鬼はバラバラになっていく。


 もちろん、それを黙って見ているトオルではない。自身も風に乗り、しぶとく生き残っている牛鬼を切り捨てていった。


 その場から一歩も動けず、ただ驚嘆していた依頼人はかすれた叫び声をあげた。


「〈星付き魔術〉じゃないか……! なんでこんな「昏川通り貧民街」の子供に使えるんだよ……!」


(金ねえガキで悪かったな……!)


 しつこく攻撃を仕掛けてくるリーダーらしき巨大な個体の攻撃を交わしながら、トオルは頭の中で魔物の種類にあたりをつけた。

 その大きさと魔力反応からして、目の前の個体はおそらく鬼牛鬼。名前に鬼の字が二つ入っているとんでもない相手だ。


 渦巻く風の中、トオルと牛鬼は相対する。

 

「グオェェェェェ!」


 速い!

 視覚による認識では追いつかず、直感で刀を構えた。

 鬼牛鬼の爪攻撃を右手側に往なし、束のような脚を断つ。


(まあ……すぐに再生する訳だが……)


 残った足で飛び退いた鬼牛鬼の切り裂かれた足は、すでに再生が始まっていた。


「キシャシャシャシャシャ!」


 鬼牛鬼は嘲笑うかのように新たな足を動かす。

 鬼牛鬼は魔物中でも圧倒的な再生力と攻撃性を持つ。世界広しと言えど、討伐事例は数少ない。

 事前準備が命を九割握ると言われる戦闘業界において、なかなかに厄介な相手であった。


「……勝ったつもりか?」


 鬼牛鬼の高笑いにも、トオルは表情一つ変えない。

 一つの動揺が命を奪うなんてことは、彼は嫌というほど知っていた。


 人差し指を鬼牛鬼に向け、指を鳴らす。


「……『風鈴ウィンドチャイム』」


 トオルの静かな声とは裏腹に、空気を裂くような轟音と閃光が走った。 


「目が、耳がー!」

「だから言ったじゃないですか、サングラスと耳栓必須って」

「深夜にサングラスと耳栓は危ないでしょ!」


 依頼人と貸本屋が何やら言っているが、無視。


 星無魔術、『風鈴ウィンドチャイム』。


 メタ的な喩えをするならば、閃光手榴弾のような魔術である。

 星がついていないため軽んじられやすいが、敵を動揺させたり撹乱させるのに役立つ。〝風属性〟と〝雷属性〟を掛け合わせた〝気象属性〟の魔術だ。


 本来魔術士とは、自分の相性の良い〝属性〟の魔術を選んで覚えるのだが、トオルはそのような選り好みをせず、戦闘に便利な魔術を片端から覚えていた。

 それがどれだけ異常かを、彼は知らないし知る由もない。


 トオルが狙った通り、突然の閃光は鬼牛鬼の精巧な目を(ついでに依頼人の目も)潰した。この隙を逃す手はない。



「参る……『風斬ゲール』!」



 鬼牛鬼の首が舞ったのはその一秒後。


 『疾風渦巻く舞踏場サルタティオ・テンペスターシス』を解除すると、牛鬼たちを倒した証明となる魔石が、ばらばらと地面に落ちた。


 トオルは刃を腰に収めると、それを律儀に拾い集めた。


 



______________________


 こんにちは、烏鴉です。 

 新連載始めました。

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 この後書きスペースには物語の裏話なんかも載せていこうと思いますので、どうぞお楽しみください。

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