蹂躙の霹靂

凧揚げ

第1話

 ガツーン、グシャ――父の頭が潰された。

 ガツーン、ベチャ――母の胴体がちぎれた。

 ガツーン、ドーン――姉が自分の身代わりで吹き飛ばされた。


 あの日の空は、鮮血に染まった。

 

 八歳の國松 義紀くにまつ よしきの瞳に映ったのは、燃え上がる街と黒い影だけ。異形の巨躯が空を覆い、無数の光弾を雨のように降らせる。地鳴りとともに大地は裂け、東京は一夜にして廃墟と化した。

 父の手を握っていたはずの感触は、白い閃光に呑み込まれた一瞬で更地となり消え失せた。母も姉の亡骸も悲しむ暇さえなく消し飛んだ。残ったのは、焦げ臭い瓦礫の山と、鼓膜を突き破る悲鳴だけだった。

 

「お前ら、絶対に許さない!」


 

 それから八年後。

 日本はもう日本ではなかった。

 都市は瓦礫に埋もれ、海は黒く濁り、残された人々は飢えと病に蝕まれていた。かつての威厳ある国家は跡形もなく、ただ異星種の監視機械が空を漂うだけ。抵抗組織は点々と存在したが、勝利を収めた試しはなかった。

 義紀は十六歳になり、火薬と血の匂いの中で成長した。顔に刻まれた痩せた頬と眼の奥の影は、少年らしさをすでに失っている。彼に残されたものはただ一つ──復讐を果たす。

 

「今夜、奴らの拠点核を叩く」

 

 抵抗組織〈ヤツガシノミコト〉の作戦会議で、義紀は無謀な発案を告げた。

 仲間の一人が絶望的な声を漏らす。

 

「……義紀、もう辞めないか。どうせ行っても帰れない。今までだってそうだ。みんな、そう言って誰も帰って来なかった」

「それでも構わない」

 

 義紀は遮った。その声には温もりが欠片もなかった。

 

「生き延びることに意味なんかない。俺は……あの日を終わらせる」

 

 夜、崩れた高層ビルの谷間を抜け、義紀たちは拠点核へと忍び寄った。空では監視機械が光を放ち、仲間は一人、また一人と消されていく。焼かれた肉の臭いが漂い、残されたのは義紀ひとりだった。

 辿り着いた拠点核の前で、黒い巨躯が待っていた。異星種の指揮個体。その無貌の頭部が義紀を見下ろし、金属的な声が響く。

 

「人類、残存率……一・四%。抵抗、無意味」

 

 義紀は血を吐きながら叫んだ。

 

「無意味なんかじゃない! お前らに……家族を殺された!」

 

 爆薬を抱え、絶望の単騎突撃。

 だが黒き異形はただ腕を振り下ろした。投石でもしたかのように、義紀の身体は地に叩きつけられ、同時に骨が砕ける音がした。爆薬は爆ぜることなく弾き飛ばされ、火花を散らして瓦礫に転がる。

 義紀は呻き、這い寄ろうとした。しかしその頭を異形の足が踏みつけた。眼球が潰れ、視界が血に染まる。

 

「復讐……果たせ……」

 

 最後の呟きは、誰にも届かなかった。

 異星種の指揮個体は義紀を押し潰すと、何事もなかったかのように拠点核へ戻っていった。残ったのは、血に濡れた瓦礫と、焦げた爆薬の残骸。

 ──そのはずだった。

 瓦礫の影で、一匹の猫の死骸が転がっていた。

 義紀がかつて拾い、飢えた夜に共に過ごした痩せた黒猫──「クロ」。異星種の攻撃で無惨に焼け死んだその身体は、まだ形を保っていた。

 

 義紀の血が、意識をもち猫の亡骸に流れ込む。

 

 その瞬間、瓦礫の下から、異星種の残滓が赤黒い光を不気味に放った。未知のエネルギーが義紀と猫の血を溶かし合わせ、肉と肉、骨と骨を絡みつかせる。腐臭と熱が渦を巻き、やがて一つの異形が蠢いた。

 ──義紀は、生きていた。いや、もはや人ではなかった。

 四肢はねじれ、毛皮と皮膚が融合し、猫の眼が額から覗いていた。口からは牙が伸び、背骨は異様に盛り上がり、影のような尾が鞭のようにうねった。人間でも猫でもない、異星種とも違う、名もなき怪物。

 義紀の喉から、獣とも人ともつかぬ猛々しい咆哮が漏れる。

 

「クロ……俺は……もっと、救いたんだよ! だから、力をよこせ」

 

 言葉はかすれ、半分以上が唸りに変わっていた。

 夜空を監視する機械が一斉に赤く点滅し、化け物と化した義紀を検知する。だが彼はもう恐れなかった。


「ウリャアアアアア」


 叫び声と共に異種生を引き千切り、纏わりつき赤みを帯びる。


「人様の大事なものを全て奪っておいて、のうのうと生きてんじゃねぇよ!」

 

 痛みも、恐怖も、すでに人の感覚ではなかった。


「お前らは、いらない」


 颯爽と、標的だけを見据え、容赦なしで腕を振り続けた。

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