「HUMINT」マツリ(12月19日)

 ヒューミント、と聞いて何のことかパッと思いつく人はあまりいないのではないかと思う。私もこの作品を読むまで、そういう世界があること自体を知らなかった。

 ヒューミントにはさまざまな方法があるのだが、まとめると「人間を媒介とした諜報」のことである。軍や大企業などが必要とする情報を、例えば衛星写真ではなく現地の住人への質問など、人間から集めることを指す言葉だ。

 手法の一つとしてスパイ活動や、いわゆるハニートラップもある。こちらは知っている人も多いと思う。映画などで人気の題材だ。


 しかしこの「HUMINT」という作品では、スパイ活動やハニートラップも行っているものの、そういうスリリングな面はちょっと脇に置かれている。

 どちらかと言うと、依頼人も含めた人の心に深く潜っていき、彼らと信頼関係を作ることで情報を貰い、あるいは疑って多方面から情報を集め、隠された真実に近づいて行こうとする物語だ。


 主人公は「本田」という、自分の痕跡を消しながらその日ぐらしをしてる元軍人の男と、彼が助けるつもりで仕事の邪魔をしてしまう「姫宮」という女装男だ。ハニートラップの真っ最中だった姫宮は、作戦対象を殴って気絶させてしまった本田を、「雨霧警備」という表向きは警備会社、裏では諜報活動をしている会社へと招く。

 やや強引な姫宮の勧誘に、なし崩し的に社員となる本田だが、彼は過去に秘密と心の傷を抱えていた。姫宮はそんな本田を相棒として行動しながら、抱えている秘密がある事にも気づいていて、関わる案件を通して信頼関係を築いていくうちに、徐々にその心のうちに潜っていく。


 そう、この作品の中では「ヒューミント」の対象は、依頼された案件の対象だけではない。主人公の本田もまたその対象であり、最終的に彼が雨霧警備に、姫宮に、おそらく国にも迫っている危機を回避するキーマンとなっているのである。


 この作品と出会ったのはTwitter(現X)での連載で、その頃は暗い青とクリーム色の2色で描かれているというちょっと変わった作品だった。内容も筋肉男と女装男子のバディもの、というキャラクター性が重視されていて、ストーリーは後付けのような部分があった。

 そのため漫画雑誌に連載する段階で、絵の描き方が変わっているのはもちろん、内容も根本の部分で大きく改変されている。

 Twitterの連載で本田が過去を匂わせるセリフに「違う、疲れただけです」と言う場面がある。これに対して姫宮が「玄人ぶりやがって」と呟き、更に仕事中に「ボクはもう疲れきっている(中略)本田、お前の疲れはボクよりもひどいものなのか?」と反問する展開がある。これが雑誌連載版だと姫宮が「疲れてる?」と最初の方で軽く口にした後、案件が終わったとき「疲れてるなんて言ってごめんね」と逆に否定し、本田の力技での救出劇を労う形になっている。

 この違いは「姫宮の言葉で本田の心に変化を与える」のではなく、「姫宮が本田の心に潜る」という、おそらく当初はなかった先の展開のための改変なのだろうと思う。


 どっちが好きか、と言われたらちょっと好みが分かれそうだが、私は両方好きだ。Twitter版だと姫宮がめちゃくちゃ喋って読み手の心に訴えてくるし、雑誌連載版だと本田の抱えているものがよりはっきりして、更にそこに一つ決着をつけるところまで持って行ってくれる。

 この人の作品はこのHUMINTに限らず、人と人が関わることで動く心や秘密を扱っていて、読んでいると隣にいる誰かの心をちゃんと大切にしていかなければ、という気にさせられる。諜報員と聞くと人間関係に対してドライな人、というイメージを持つかもしれないが、本気で戦争をなくすために人から情報を得ようと思うなら、むしろその真逆なのかもしれない。

 そんな物語を読んでみたいという人には、ぜひお勧めしたい作品である。

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