マイクロ・スマートフォン

伯谷 陽太(ハカタニ ヨウタ)

マイクロ・スマートフォン

 いつものようにカプセルを飲み込む。

 寝ぼけていた頭も、ネットに繋がりシャキッとする。昨日の夜から何通か連絡があった。適当に「おはよう」とでも返しておこう。


「へぇ、今の若者はこんなのが好きなのか」


 脳内で繰り返し流れているニュースは、今の時代を教え、伝えてくれる。ジェネレーションギャップなんて言葉も死語。

 だったらジェネレーションギャップそのものが死語だな。


 友人と連絡を取りながら朝食を食べた。

 昔は会って食事なんてのがよくあったと聞いたことがある。

 会食だか、なんだか。すぐに調べることも出来るがしなかった。


「あいつって誰なんだろう?」


 "友人"だと思う。相手もそう言っていた。データを遡れば出てくるはずだ。でも、私は"友人"が何者か知らない。

 声も、趣向も、歳も、好きな異性のタイプもふざけて語り合った。しかし、知らない。


「ま、いっか。そろそろ出勤しないとな」


 カバンを持って会社に出向いた。ここも全てデジタルにしてほしいが、これが社会という伝統なのだろうか。

 どうせ会社では一人で淡々と作業をこなすだけなのにな。データだって自動で共有されるのに。


 ポケットに入った予備のカプセルを見た。

 カプセル型万能デバイス"マイクロ・スマートフォン"。

 これが出る前は光る板に釘付けだったらしい。それに夢中で人にぶつかるなんて愚かだと言える。

 今は真っ直ぐに先をみて歩いている。

 人工の青空が澄んでいる画面を表示されながら。それが美しいなら別に気にならない。


 電車に乗った。

 辺りをきょろきょろと見回しているのは自分だけ。みんなネットで誰かと一緒にいる。

 現実に目を向ける必要がない。

 私もいつも通りまぶたを閉じた。


〔仕事めんどくさすぎる〕


〔そんな事いっても変わんねぇよ? お互い仕事終わったら酒飲もうぜ!〕


 "友人"が何者かなんてのはどうでもいいか。

 こいつの言うとおり酒飲みながら、あと餃子の味のデータを楽しめばいいんだ。金銭的にも節約になる。

 一駅で着く距離の職場。

 電車からはすぐ降りた。


〔じゃ、また〕


〔おう!〕


 会話は簡素な物だ。そういえば最後に声を出したのはいつだろう。人として忘れてはいけない気がする。


 淡々とした作業に、次々と送られてくるデータを整理して、仕事をしている。浅はかな私の知識でも、AIさえあれば仕事もしなくて良さそうだ。

 これは仕事なんてものではない。人間であるよね? という自問自答をしなくていい為の時間だと、最近は変なことばかりを。

 なんて表すのか、寂しさだろうか。

 友人もいて仕事もあるのに寂しい訳ない。


 定時にきっちり帰った。

 やることもなかったから。


「酒だけは買ってくか」


 一人だとちゃんとした声が出てる。

 孤独に慣れてしまったら、人とどう接すれば良いかわからない。

 でも、このデバイスを飲まずに過ごす日は予想すら出来なかった。この想いを酒と一緒に飲み込んでやろう。


〔仕事終わったぁ〜〕


〔おつかれ。酒ちゃんとあるか?〕


〔まぁな。明日は休みだしいくらでも飲むぞ!〕


 家の鏡の前に立ってわざと笑った。

 ネットで目にする様な笑顔とは乖離していた。変なほど主張してくる歯茎に、ひきつった目と口。電車で誰もこんな顔をしてなかった。表情なんて使う機会はないしな。

 仕方がない事なのだろう。

 自分の顔がやけに気持ち悪くて、現実的だった。ぐびっと酒を入れた。酔いのデータとは少し違う気がするから、実物が好きだ。


〔おぉ〜飲むねぇ〕


〔なんで気づいたんだよ?〕


〔ほら、画面の心拍数の数値上がってるじゃん〕


 笑った。とにかく色々話しまくって笑った。脳裏に浮かぶあの顔が嫌だけど。酒が本格的にまわり始めたらどうでも良くなった。


〔なぁなぁ。会って飯食べてみないか?〕


 また、朝カプセルを飲んで最初に出てきたメッセージだ。私でも驚いた。友人からメッセージが来たと思った。でも送り主は自分になっていた。

 いつ送ったのか覚えてなかった。そこから友人の返信はない。


〔おーい、起きてるかー?〕


 どうせやりたい事もないので、朝から酒を入れた。舌が嫌がる様な、現実的な味。

 多分これが好きな理由なんだ。


〔おきたよ! ……会って飯でも食べてみる?〕


 良かった返信が返ってきた。

 飯か……。自分から誘ったらしいが、どうにも実感もなく、曖昧。しかしながら好奇心と、少し心にある穴が埋まると思った。


〔行ってみよー〕


〔っても、どうやって約束すれば良いんだろう? 調べてみる〕


 30分後、友人は戻ってきた。うきうきとしているのが、心拍数の上がり方からわかる。


〔時間と場所を決めれば良いらしい!〕


〔じゃあ、あのコンビニとかどう?

お互い家の近くで集まれそうな飯がある場所ってあそこぐらいじゃない?〕


〔おけ、時間は〜。明日の夜とか?〕


〔りょーかい〕


 毎週ある唯一の救い。とにかくこの時間の為に生きている。そんな時間ほど短い。

 気づけば日暮。

 友人から、不思議な提案が来ていた。


〔明日カプセル無しで会ってみない?〕


〔なんで?〕


〔だってネットにばっかり気を取られちゃいそうだろ〕


 デバイスをつけなくて大丈夫なのか?

 とりあえず酒がまわる前に、明日必要そうなことはやっておこう。髪の整え方くらい。

 あとは道のりだな。


〔また明日!〕


〔楽しみにしてるわ!〕


 ……起きた。わざとデバイスを飲まなかった。この人生で一番心地よい、不安な朝。自分の家は、存外綺麗だった。

 手足が落ち着かない。ネットをみて今の流行りを知ろうとしても、出来ない。


 昨日事前に調べておいた髪の整え方を思い出して、どうにかやってみた。正しいかわからなかったけど、くしゃっとして、美しくはないが普段より人間みたい。


 着々と時間は迫る。何を話すか、どんな感じで喋ればいいのか。

 家から出て、コンビニまでの道のりを辿ろう。デバイスなしで外に出る練習も兼ねて。


 裸眼だけでみる空は、映像越しの空より汚かった。でも、懐かしさを実感した。

 しっかりと道を歩くのは出来なかったけど、毎日通ってた場所。体がそれとなく向かっていた。


「ここか」


 小綺麗な外装には、看板が付いていた。しかし何も書かれていない。デバイス越しの目には映っていた文字がない。少し不便に思えた。私はその、不便を心に刻んで、家に戻る。足取りは軽かった。


 時間が進めば進むほど、足が重くなった。

 そして、

 予定時刻は過ぎた。家の玄関から踏み出せない。道は調べた。そして昼に確かにコンビニに行けていた。


ーー理由なんてわかっているさ。


 私は、自分が気に入らなくて、逃げた。

 "友人"はもしかしたら友人ではなくなるかも知れないほどの裏切り。

 自分のアイデンティティの根幹は自己にはなくて、他人が握っている。

 そんな気がしながら、私は再びカプセルを飲み込んだ。

 

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