第27話 吊るされた椅子(中編)
大岡は再び椅子に触れる。木材の触感は硬く、冷えている。おそらくは、オーク材だろう。この椅子の逸話に関係する男のことを思うと、ゾワッとするものがあった。
「この椅子は、おそらく……バズビーズ・チェア。トーマス・バズビーという男の逸話に由来する、呪われた椅子だぞ」
・バズビーズチェア?
・トーマスバズビーね
・聞いたことあるかも
・どんな椅子だろう?
・今日も勉強になります!
大岡は椅子に結ばれたロープを手にもった。重く、それでいて、指に吸いつくような、しっとりとした麻の感触。独特の結び方……これが絞首刑に使われるためのロープであることは想像に難しくない。絞首刑に関する話題は、詳しく話すべきか悩む。
「……このロープは、絞首刑に使われるものだぜ。ロープについての詳しい説明は……割愛しても良いかい?」
「そこはまあ……割愛してもらって……よろしくてよ?」
マリーからそう言ってもらえたので、大岡は、ロープについての説明は省くことに決めた。では、次に話すべきはトーマス・バズビーという男についてだろう。大岡は、少し考えて、頭の中で話す内容をまとめた。それから、落ち着いて話していく。
「この呪物には、十八世紀の、イギリスの殺人者トーマス・バズビーが関係するぞ。この男は父親を殺害し、絞首刑になったんだ。バズビーが生前に殺したのは一人だが、彼の呪いがかかった椅子によって、六十人以上が死傷したと言われている。ゾッとするよな」
「確かに、穏やかな気持ちで聞ける話では、ありませんわね」
・六十人以上を死傷させた椅子か
・ヒエー
・コワー
・本人より呪いの椅子の方がヤバイのか
・イギリス由来の呪物なのね
「……トーマス・バズビーってやつは飲んだくれ……つまり、大酒飲みだった。行きつけのパブでよく酒を飲んでいたというぞ。パブには彼のお気に入りの椅子があって、よく座っていたわけだ」
「よほど、お気に入りの椅子だったのでしょうね」
「だろうな。それで、バズビーは処刑される直前に、呪詛を残した」
「呪詛……」
「俺のお気に入りの椅子に座ったやつは全員呪ってやる! って感じにな。そして、その呪詛は、実害を起こすことになる。処刑される直前の罪人の言葉には、特別な力が宿るのかもしれないな」
「あまり、信じたい話ではありませんけどね」
マリーの言葉を聞いて、大岡も同じことを思う。殺人者の最後の言葉に特別な力が宿るだなんて、良い気持ちはしない。だが、少なくともバズビーの言葉には力が宿った。そうして呪いの椅子は生まれたのだから。
「……呪いの言葉を信じなかった……あるいは度胸試しのつもりだったか。バズビーが呪詛を残した後も、多くの人間がその椅子に座った。そして、呪いの椅子に座った人間は、もれなく死傷したと伝えられているぞ」
恐ろしい話だ。そう思いながら、大岡はロープを手に持って、椅子を持ち上げようとした。が、片手で持ち上げるには椅子が重すぎる。大岡は恥ずかしい気持ちを隠しながら、ロープから手を離した。
「……話によっては、誰も椅子に座らないように、件のパブでは椅子が天井から吊るされていた。とかいう話も聞くな」
「バズビーのように、この椅子も吊るされたのかも、しれませんわね」
「……そうだな。現在、オリジナルとされるバズビーズ・チェアはイギリスのサースクという町にあるぞ。この町の博物館に飾られている。壁に金具で固定されているそうだ。誰かが、間違って座ったりすることのないように」
「なるほど……ん、少しお待ちになって。確認しなければならないことがありましてよ」
マリーは大事なことを思い出したかのように、大岡へ質問を投げかけてくる。「この椅子が作られたであろう時と、逸話の発生した時とが、一致しない」それは良い質問だ。大岡は「もちろん答えるぞ」と頷く。
「椅子の作られた時期と、逸話の発生した時期が一致しない。その理由は、こう考えられるぞ。元から存在した椅子が何らかの理由で消失して、後から別の椅子に逸話が付与された。あるいは……」
「あるいは?」
「十九世紀以降に起きた、何らかの不幸な事故に、十八世紀の殺人者バズビーの逸話がひっつけられた……ってところかな」
「どちらの理由も、後年の人間の都合が関わってきますのね」
「逸話なんて、そんなものだぞ」
ヤエ先生も言っていた。逸話というものは、人の都合で伝わっていくものだと。呪いの椅子は、案外話題作りのためだけに作られたものなのかもしれない。オリジナルとされるバズビーズ・チェアの事実がどのようなものであれ、興味深く、ゾッとする呪物だと、大岡は思う。
「……まあ、なんにせよだ。この呪物の正体はバズビーズ・チェアで間違いないぞ。座ったものは死ぬ。そういう呪物だ」
大岡の言葉に対し、マリーは困ったような表情になった。座ったら死ぬ椅子……正直、使い道には困る。マリーとしては残念な気持ちなのかな、と大岡は想像した。
「……困りましたわね。呪われた椅子の良い使い道、ないものでしょうか?」
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