第20話 晩餐会

 夕食は豪華と言っていいほどで、大きな木製のテーブルいっぱいに料理が並んでいた。


 肉に魚、野菜の煮込みに香草パンまで揃っている。つい目移りしてしまう。


 兵士だった頃は、味のしないスープとカビかけのパン、保存用の干し肉が定番だった。


 ……こうして見ると、やっぱ騎士って最高だな。


 ヴァイオレットは意外にも丁寧にナイフとフォークを扱っている。


 まあ、貴族だしな。


 最低限のマナーってやつか。


 俺は取り分けた肉を口に運んだ。肉汁がじゅわっと広がり、思わず目を細める。


 ――この味、騎士にならなきゃ一生縁がなかっただろうな。


 焼き立てのパンをちぎってスープに浸し、口に運ぶ。広がる甘みに、思わず肩の力が抜けた。


 今までの食事といえば、戦地の糧食か野営食ばかり。こうして落ち着いて飯を食えるだけでも、ありがたいもんだ。


 領主とも他愛のない話を交えながら、食事はゆったりと進んでいく。


「お前、そんなにガバガバ食って大丈夫なんか?」


 いきなりヴァイオレットが声を潜めて問いかけてきた。俺は素直にうなずく。


 兵士の頃はこんなにうまい飯食えなかったからな。


 食えるときにできるだけ腹に入れておきたい。


「もちろんです」


「まあ……ならいいが。それよりお前、本当に平民か?」


「はい。正真正銘の平民でございます」


「にしては食べ方きれいだな。どこで習った?」


 ――ああ……確かに。


 平民がマナーを学ぶ機会なんてほぼ無い。生前の記憶があるなんてもちろん言えるはずもない。


「以前、少しだけ……」


 濁した答えに、ヴァイオレットは「ふーん」と肩をすくめる。


「隊長に習ったのか?」


「ええ……と。どうしてローズ様だと?」


「決まってんだろ。お前、隊長のお気に入りだしな」


 ヴァイオレットが肉を頬張りながら言った。


 まあ、気に入られていないとは言わんだろう。


 だってわざわざ俺のような男を騎士に推薦したくらいだ。


「ご評価いただいているのは光栄なことです」


「オレも一対一で、あそこまでスパッと負けたのは久しぶりだ。隊長があんたに入れ込むのも、なんとなくわかる」


 ヴァイオレットは肉を飲み込み、にやりとした笑みを浮かべながら俺をなめ回すみたいに見てきた。


「勝ってお前を抱けりゃ最高だったのによ」


 なんなら今からでも全然構わないんだけど。


 しかも子爵家のベッドだ。


 絶対フカフカだし、最高のシチュエーションじゃないか。


「男なんてどいつもこいつも貧弱だと思ってたが、お前みたいに骨のあるやつもいるんだな」


 ――あれ? このセリフ……。


 生前プレイしたゲームで、ヴァイオレットが主人公に向かって言っていたやつだ。


 そこから一気にエロい展開に転がり込んだのを覚えている。


 つまり、これ……フラグってやつでは?


 今日、俺……童貞卒業できる?


「ご歓談中、失礼いたします。今しがた、お二人のお部屋をそれぞれご用意いたしました。

 お荷物はすでに運んでおりますので、そのままお上がりくださいませ」


 子爵家の使用人が、丁寧に頭を下げながら声をかけてきた。


 ……それぞれ?


 おいおいおいおい。なんで別なんだよ。


 今にも卒業できそうだったってのに、この仕打ちか。


 ああ、くそったれ。


 この世界、本当に神はいない。


「なあ、シュナイダー。一人でいいんか?」


 え?


 え、そういう可能性……あるの?


 二人で一部屋ってアリなの?


 そりゃ、できるならしたいけど……もう準備終わっちまってるし。


「ええ。今夜は一人で寝ます」


「まっ、お前がそう言うなら大丈夫なんだろうよ。頑張れよ」


 頑張れよって何!? 俺に何を頑張れと!?


 一人で頑張れってこと?


 違うんだ!


 俺は……一刻も早く童貞卒業したいんだ!!


◇ ◇ ◇


 その後、夕食を終えた俺とヴァイオレットは、使用人に案内されて廊下へ出た。


 俺はがっくり肩を落としながら、その背中を追う。


「こちらがシュナイダー殿のお部屋でございます。どうぞごゆっくり」


 案内された部屋は、月明かりが差し込んでいて思ったより広い。天井には太い木の梁、隅には小さめのチェスト。


 ベッドには上質そうなリネンが掛けられていた。


 床には色のついた絨毯まで敷かれていて、どう見ても平民が泊まる部屋じゃない。


(……なんでこれが一人部屋なんだよ。ヴァイオレットと二人部屋にしてくれよ)


 とはいえ、兵士だった頃は地面に寝転がって魔獣の気配に耳を澄ませてたわけで。


 それを思えば、この部屋はどう考えても天国だ。


「何かご不便があれば、いつでもお申し付けくださいませ。おやすみなさいませ」


 不便なんてあるわけない。


 あるのは──一人部屋っていう、とんでもねぇ不満だけだ。


 使用人が去ると、部屋が急に静かになった。


 俺は扉を閉めて荷物を下ろし、ふうっと息を吐く。


「良い部屋なのは間違いない。……でも物足りねぇ。ヴァイオレットと一緒に寝たかった」


 ため息をつきながらベッドへ倒れ込む。清潔な布の感触が肌に触れて、思わず力が抜けた。


 生前は当たり前にベッドで寝てたけど、この世界じゃこういうのは贅沢の極みだ。


 まあでも、エロゲ世界に転生できたって時点で十分勝ち組だけどな。


 目を閉じると、急に眠気が襲ってきた。


(……どうせ今日は童貞卒業できねぇし、このまま寝るか)

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