原書の回帰
法線かぁ
第1話
かつて頂上の力が行使されたこの世界。
理から外れたような世界が広がっていた神代。
超常の力により万物に権能が与えられたとされる時代。その神代が唐突な終焉を迎えて1万年。大地は、空はいまだ混迷を極めていた。
その混沌とした時代での中の小さな悲劇。とある村の近くの洞穴に切り裂かれた数多の死体があった。最奥には周囲の身なりの汚い大勢の死骸に尊厳を踏みにじられたであろう痕跡を残してもなお、死してなおその人を狂わせる美貌を保つ妖精のように白い一人の女性の骸。そのそばにはこの場で二人しかいない生者の一人である赤ん坊。土のついた上等な絹を美しい純白の羽で止められ、簀巻きにされた状態で泣き叫ぶ赤ん坊がいた。
ブリタ・ラグナルズドッティルは辺境伯の一人娘として生を受け、騎士としての誓いを立てたのち19歳と若くして領主となった。領民からの人気も高く期待も厚い彼女はその日もいつものように質素な格好で憂さ晴らしに愛馬のスキンファクシとお忍びの遠乗りに出かけていた。
「ブヒヒン!」
スキンがブリタに異常を告げる。
「何の音だ?」
風に乗った人の絶叫を察知した彼女たちは街道から外れて音の発生源である林の中へ入る。
林の中を駆けていくと、小さな洞窟があった。中からは男のものと思われる下卑た笑い声が聞こえたが、樋爪の鳴らす音が聞こえたのか中から慌てた様子の武装した5人ほどの男たちが洞穴の入り口まで出てきた。
「これはまた上玉じゃねえか!ねぇちゃん、悪いこたぁ言わねぇ。その命が惜しけりゃおれたちとちぃとばかし遊んでくれねぇか?」
「…このあたりで野盗が出るという報告はなかったんだがな…スキン、行け!」
ブリタは下卑た目線を向けてくる男たちへの返答として素早く下馬してスキンを走らせ、護身用に帯刀していたバスターソードを抜き放つ。
そこからは一方的だった。
真っ先にナイフで切りかかってきた男の足を払い地面に倒れたところに体重を乗せて一撃。
次に来た軽戦士二人の一方に地面に転がる投石で足止めする間に一人を切り上げで一撃。
そして返す刀でもう一方を袈裟に一撃。
距離が開いたところを狙ってきた弓使いの矢をよけ、腰の枝はらい用ナイフを投げて装填を阻害し、距離を詰めて首を一撃。
最後に残った親玉らしき大男が殴り掛かってきたが、受け流して正面から膝蹴りを食らわせて悶絶しているところで横薙ぎの一撃。
「錬度の低い連中で助かったな…」
そういいつつ彼女は退避していたスキンを呼んで洞窟の中に目をやる。
見るも無残な姿になった女性が目についた。まだ肌の色を見るに土に帰ってからそれほどの時間は経過していないのだろう。
「何と惨いことを…」
ブリタが彼女の瞳を閉じて祈りをささげ、何か遺体を包む布がないか洞穴の中を見渡す。
すると、盗品であろう豪華な壺やオオハクチョウの翼と思しきものの調度品などが積まれている荷車に乗せられた小さなバスケットに目が行った。彼女がバスケットを開けると、そこには黒髪に赤目の妖精のような白さを持つ赤子が布で包まれ、微塵の汚れもなき一本の白い羽根で留めた簀巻きの状態で寝息を立てていた。
「なんと!」
「びゃぁぁぁ!」
その声で起きてしまったのだろうか。赤子は目を覚ますと、大声で泣きだした。
赤子をあやすために抱えると、布越しに赤子の母親からは感じられなかった確かなぬくもりが伝わってきた。
「おぉ、いったいどうしたのだ…そうか、すまない。私には何を言っているのかわからない。だが、いったいどうしたものだろうか。この赤子をこのままにしておくわけにもいかぬしなぁ…」
「?」
赤子はブリタに抱き上げられて少し安堵したのか不思議そうな顔をしながらも泣き止んだ。開いた赤子の両の眼にはまるで地獄の炎のような鮮烈さを持つ赤が住んでいた
「…っ!お前、いい目をしているな。将来いい武人になるだろう。…どうだ、私の子にならないか?」
ふと、赤子が笑って肯定したような気がした。
「そうか!なら名前が必要だな…そうだ、ヘイムルはどうだ?ヘイムル・ラグナルズドッティル、これがお前の名だ。安心しろ。亡きお前の母君の分も私がお前を立派な男にしてやる!」
ブリタはそのまま赤子を抱きしめる。
「びゃぁぁぁぁ!」
突然強く抱きしめられて驚いたのか赤子が泣き出すのもお構いなしにブリタは赤子を自分の背に紐でくくり、地に倒れている女性の亡骸を落ちていたマントで包み埋葬し、城に戻った。
当然、領主がいきなりどこのこともわからない子供を唐突に養子に取ると言い出したので家臣たちは騒然となったが、こうしてへイルムのブリタ・ラグナルズドッティル辺境伯の一人息子としての生涯が始まった。
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