転校生の(自称)女神が、俺に謎の好意をよせてきて異世界転生させようとしてくるんだが
津山 まこと
第1話 俺の平和な日常終了
朝の学校。
担任教師が教室に入ってきて、みんな席につこうとガヤガヤしている時だった。
担任に連れだって一人の見知らぬ女子が教室に入ってくるのが見えたんだ。
「なんだありゃ」
知らぬ間に声がでてた俺。
その女子は、俺らと同じブレザーを着てはいるんだが様子がおかしい。
ブレザーの上に羽衣みたいなマントを羽織っていて、頭に髪飾りをつけてるんだけど令和の若者がつけるようなやつじゃなくて、どこぞの王族がつけてそうな豪華な代物だった。
他にも身長を超えるほど長い杖を携えていて――――まるで召喚魔術師みたいな格好だったんだ。
ははーん。
コスプレで学校に来ちゃった痛い子か。
自由な校風とはいえどやりすぎだろう。
コスプレ女子は黒板の前までくると、長い髪の毛をふわりと揺らして俺らに顔を向けた。
緊張で照れているのか口がむにむにしている。
「転校生だ。自己紹介して」
担任は寝ぼけた声のようにも聞こえるが、投げやりなのがデフォルトな声でコスプレ女子を促した。
コスプレ女子はふぅと一呼吸つくと言った。
「あたしは異世界転生の女神ラブちゃんなのです!」
俺、唖然。
クラスの連中、沈黙。
担任、無関心。
コスプレ女子は周囲のリアクションを気にもとめず続ける。
「あたしは異世界転生させる勇者選びのためにこの学校に転校してきたんだよ。その勇者が選ばれし時、異世界への扉が現れ、あちらの世界に行けるようになるのでぇぇ~す。凄いでしょ?」
自称女神は指でぎこちなくハートを作ると、あざとくウインクした。
「というわけだ、みんな仲良くしてやってくれ」
何が『というわけだ』だよ!
せめてツッコんでやれ。
転校初日にかましてやろうという決死のボケを放置してやるな。
自称女神はなおも続ける。
「でもでもぉ、勇者を決めるって言ってもなぁ、ラブちゃんはもう勇者候補決めちゃってるんだよねぇ」
ほらほら。
誰も止めてやらねぇから一人でこの設定を続けてる。
「お前の席はあそこだ、席つけ」
担任は廊下側の一番後ろの席を指差した。
「ふぁーい」
るんるんとお花畑を歩くような軽やかな足取りで教室を歩く自称女神。
やばっ、目が合っちまった。
俺はすぐに目をそらした。
床に視線を落としてやり過ごそうとしたんだけど
――――これは、どういうことでしょう?
俺の前で、女神の足が止まった。
不穏な気配に鼓動が早くなる。
俺はゆっくりと視線をあげた。
自称女神が満面の笑みで俺を見下ろしていた。
そして、言ったんだ。
「君に決めた」
「…………へ?」
呼吸が止まるかと思った。
固まってる俺の鼻先を、自称女神はツンと人差し指で突っついてきた。
途端に俺の全身を鳥肌がかけめぐる。
困惑してる俺をよそに、
「ラブの席ここぉ。勇者の隣ぃ」
あろうことか俺の椅子を横取りしようと
――――尻で押してきたのだった。
「うわっ、え、ちょ、ちょっと、な、なんだよ!」
「うんしょ、うんしょ」
揺れるラブの髪からふわりと甘い香りがした。
それにドキドキして対応を決めかねている間に、椅子の半分の面積を奪い取られてしまった。
一脚の椅子を二人で半分こって
――――仲良しかよ!
小柄で柔らかなラブの体。
肩や腕に腰。
とくに太とももが密着していて落ち着かない。
息づかいや瞼の閉じる音まで聞こえそうな至近距離。
俺は椅子から飛び退いてラブから距離を取ろうとも考えたんだけど、そんなことしたら椅子を完全に乗っ取られかねなくて、退くに退けないでいる。
気のせいかな。
触れている所からラブの温度を感じるんだ。
猛烈に恥ずかしさがこみ上げてきた。
こういうのってカップルがやるもんじゃねぇの。
よく見ると可愛いし。
うわぁ馬鹿。
意識しちゃって俺の耳が熱くなってきたぞ。
だけど俺の理性が急ブレーキをかける。
距離感おかしすぎるだろ。
たしかに顔は可愛いよ。
でもさ、初対面でこんな接し方してくるとか絶対裏あるだろ。
バックに怖い男がついてるとかさ。
それこそ異世界送りとやらだ。
美人局的な感じで連れて行かれてヤバイ労働を一生させられたりとか……。
すんなり受け入れられんぞ俺は。
藁にも縋る思いというか、教師として当たり前に生徒を守ってくれという気持ちで黒板前の担任を見やる。
目が合った。
助け船が来るぞと担任の言葉に期待していると、
「ラブに教科書見せてやれ。さ、授業はじめるぞ。教科書三十二ページ開いて――」
見放された!?
俺は反射的に言う。
「おい、他に言うことあるだろ。この状況を受け入れんな」
担任は俺の叫びを無視して板書をはじめる。
おいおいおい。
何故こいつの暴挙を止めようとしない。
ま、まさか俺をこいつのお世話係にしてクラスの調和を保とうとしてないか?
冷や汗がわきだしてきた。
クラスの連中だってそうだ。
ラブを気にもとめずノートを取り始めている。
なんでだよお前ら。
おかしいだろこの状況。
誰かしらこれを盗撮してTikTokにあげてもいいはずだ。
いや、上げちゃダメなんだけど。
それぐらい大きいリアクション取ってもいいはずだぞって言いたいんだ俺は。
あー、違和感覚えてるの俺だけかよ。
いや、そうじゃない――。
これは担任と同じく巻き込まれたくないから無視を決め込んでるんだ、こいつら。
やられた。
孤立無援かよ……。
やばいやばい。
このままこの謎の女子に引きずり込まれるわけにいかない。
絶対面倒事に巻き込まれる。
心を強く持て。
俺はこいつを突き放すんだ!
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