第52話 退却戦③ 始動ゴーレムちゃん!

 俺達は疲れを押し殺してエリィ達の元へと急いだ。

 俺が背中に受けた毒針の傷はそこまで大きくはない。予めファンナに渡しておいた毒消し薬を返してもらい、それを飲んだ。毒を貰ってからだいぶたってしまったが、ドクコナーズも飲んでいるからおそらくは大丈夫だろう。


「……リチャーズ、おかしい……オオサソリ、引いて行く」


 坂道の入口に集まっていた大量のオオサソリがなぜか急に後退し始めた。坂の下ではエリィ達の他に坂から下りてきたカサンドラ達の姿も見える。


「良かった。あそこから逃げきれたんだ」


 向こうも俺達に気づき、こちらへと走り寄る。あのデカブツは律儀に歩きにくい坂をのろのろと下っていた。


「リチャーズ、ファンナ! 無事だったのね!」


 エリィが走り寄る。続いてみんなも。


「エリィ、それにガイアス達も無事で良かった」


 ダリルが俺の前に立つ。仲良くなかったのに、幼少期から一緒の村にいたせいか彼の心情はなんとなく分かってしまう。ガイアス達の中にも俺達の中にもトマスの姿はない。


「ダリル……すまない。俺の力不足だ……」


「けっ、気持ち悪ぃぜ! すぐ謝りやがって。お前は生意気でちょうどいいんだ。誰の責任でもねぇぜ。トマスはここまでよくやった。今はあいつを褒めてやれ! おい、ファンナもそう思うだろ?」


「……うん。……トマス、僕達助ける……とても強い人。……トマスの意思、僕達引き受ける」


「ぐへへ、そういうこった! まずはあいつらの手向たむけに、あのデケェのを倒して脱出すんぞ!」


「……ああ、そうだったな。必ず脱出する。死んでいったみんなのためにもな!」


「ぐへへ、生意気な表情に戻ったじゃねぇか。それでこそお前だ」


「生意気はダリルの方だろ。俺は至って紳士だ」


 ファンナがどこが?と言いたげにくすくすと笑う。俺達は今は悲しみを胸にしまう。


「なぁリチャーズ、なんでオオサソリが急に引いたと思う?」


 アックスが言った。


「分からない。あのデカブツがここの主なのかもしれない。どういった意味があるのか分からないが、引いているなら今がチャンスだ。あのデカブツさえ倒してしまえば脱出はできそうだ」


「ぐへへ……でもどうやってやるんだよ? この満身創痍な俺達でよ。まさかおめぇ、力技とか言わないよな?」


「大丈夫。最後の奥の手がある。俺にはこれまで使ってた物の二倍の威力はある爆発薬がある。ただしそれは一個だけだ」


「つまりは失敗はできねぇ。俺達であのデカブツの隙を作れってか!」


「そうだ。あの坂から少しでも遠ざけてほしいんだ。あのデカブツが上で大暴れして坂がだいぶ崩れている。爆発の襲撃で坂が完全に崩壊しては俺達は帰れない」


「俺様とアックスが中心になって隙を作ってやるぜ。他はせいぜい俺等に遅れを取るなよ」


「さっきまでぜいぜい言ってたわりに、随分と大口叩くんだな」


 ステートリッヒが絡む。


「ぁあ! てめぇこそ、もうゾンビのような顔してるじゃねぇかよ!」


 ステートリッヒとダリルが言い合いになり、カサンドラが「ケンカは後にしろ」と間に入る。そこへ、エリィが話に割って入った。


「私があのデカブツの隙を作るわ」


「ぁあ! バカ女、てめぇに何が出来るんだ?」


「ダリル……本当にあんたが嫌いよ。その口の悪さ、どうにかならないの? まったく、まぁそれは今はいいわ」


「エリィ、まさかアースクエイクを?」


「リチャーズ、違うわ。もっと安全でいい方法があるの。ただしこれを唱えると私の魔力は完全に空っぽよ。……ゴーレムを唱えるのよ! ゴーレムの力なら、あのデカブツの動きを止められるわ」


「ゴーレム!? そんなのエリィが使えるなんて一度も聞いたことないよ?」


 ゴーレム、土や粘土で出来た人形。一緒に旅してきてエリィが唱えているのはおろか、その特訓風景さえも見たことがない。それに呪文はどこで知ったんだ? 彼女がこれまで唱えてきた魔法は、どれも村で教わったものばかりだ。


「ふふん、あったのよ。ゴーレムの呪文が書かれた魔法書がね。私達の村の外でたまたま落ちてたのを私は拾ったの」


「全く知らなかったな〜。教えてくれればよかったのに」


「上位魔法しか書かれてなかったし、使えるとは全く思ってなかったからね。なにか一個でも上手に出来たら見せて驚かせようとは思ってたんだけど、まさかこ〜んな場面でのお披露目になるとはね!」


「エリィ、すごいよ! 上位魔法が使えるなんて」


 ファンナがすっと音もなく俺の横を通ると、エリィの正面に立つ。


「……ゴーレム、B級魔法……とてもむずかしい。……それ本当、出来る?……」


 彼は厳しい視線をエリィに送る。エリィはなかなか言葉を返さない。彼女のつばを飲む音が聞こえてくる。


「ファンナ……信用して。私は出来るから」


「……そう、信じる……」


 ファンナは振り返ると、俺の肩に手を置いた。彼は俺に話があるようだ。みんなから背を向ける。


「……リチャーズ……ゴーレム唱える……魔法上級者、出来ない者も多い。……呪文長い、失敗するおそれ、ある」


「失敗したらしたで、切り替えてダリルの案で行けばいいだろ?」


「……そう簡単、違う。……失敗いろいろ……発動しない、だけならいい。……けど発動する、制御出来ない……これ、困る。……ゴーレムが敵視認できず、無差別に攻撃、ありえる。……これ、僕達の敵増やす、だけ……」


「そんな……じゃあ止めさせよう。ここで博打ばくちは打てない」


 俺はエリィに中止を伝えようとするが、ファンナは止める。


「……リチャーズ、待つ。……エリィ、賢い。そこ分かっているはず。……彼女、成功する可能性高い……考える。……それにゴーレム強力、この戦況一気に変える……出来る」


「なんだよ、それ。結局は信用しろってか?」


「……そう。信じる……僕、さっき言った。……でも認知する、は大事」


「まぁな。それはそうだ」


 エリィ頼んだぞ。もうこれ以上は死人を増やしたくないんだ。


「おいおい、オオサソリの子分どもが動き出したぞ! バカ女ぁ! 本当にそのゴーレムとかいう奴、出せるんだろうな!」


「出せるわよ! いいから黙ってて。これは集中が必要なのよ」


 エリィは構えることなく、自然体のように立つ。気のせいか? 地からエリィの脚に吸い上げられるように、細かい光が上がって行っているように見える。エリィは呪文を唱える。


『地に伏せし者たちよ、この大地の創造主の知識を独占する者たちよ、そなたらの強欲な大地の支配を許せし我らに、その知識を、虚像を巨像に変えうる岩と土……』


 彼女の周囲を緑色の光がおおう。髪が揺れ、淡いグレーのマントと淡いピンクのスカートをなびかせ、タイツがあらわになる。その迫力に大賢者のような凄みさえも感じる。


「おい、いつまでかかるんだよ! デカブツと戦う前に子分の対処に追われちまっぞ」


 デカブツが下り始めてから、円を描くようにずっと待機していたオオサソリの群衆が少しずつだが迫ってきている。まるで獲物を親分のデカブツに献上するかのような動き。その親分は坂の入口でじっと動かないでいる。


「……ダリル、黙る! ……生成魔法、呪文長い……たぶん、間に合う……から、心配ない」


 俺達はエリィの周囲から離れて半円を組むように陣を取る。エリィの言うゴーレム出現のスペースを十分に取るためだ。


「……詠唱、し終わる……」


 様子を見ていたファンナが言った。さて、吉と出るか、凶と出るかだ。


『……汝にその抗うすべを、土の巨像を扱いし承認を、我らの矛となり盾となり、生の導きを死への根絶を示したまえ』


 自然体を維持していたエリィが片手を前方に向ける。


『ゴーーーレム』


 彼女の手のひらの緑色の発光が眩しいほどに強くなる。

 地面にびきびきとヒビが入る。ヒビは大きくなり中から岩が突出する。粘土質な土と共に、それはみるみるうちに人型に形成されていく。二メートルは優に超えそうな勢いだ。


「……すごい……ゴーレム……始めて、見る……」


 そこに佇むゴーレムは大人しくじっとしている。それを見るに失敗はしてなさそうだ。体つきがゴリラのように胸板が厚く、腕は長く脚は短い。怖い顔をした額にはなにやら読めない文字が刻まれている。


「ぐはははっ……なんだこの短足、失敗じゃねぇのか?」


「……なんか、このゴーレム、ダリル……似ている……」


「ファンナ、てめぇどこがだ! 俺はこんなに短足じゃねぇ!」


 ファンナとダリルがなんやかんやしている間に、俺はエリィの元へと駆け寄る。彼女はぐったりとした表情を見せる。


「初めて、成功したわ。……確かに、ちょっと短足だけどね」


「――え!? エリィ、まさか……一か八かだったの?」


 えへっとエリィは笑みで返す。エリィの強心臓には尊敬するよ。成功したからいいものの、よくもまぁ、ああも大見えきったものだ。


「ゴーレムちゃん! あの巨大なオオサソリが敵よ。あの坂の下から引っぺがしてちょうだい!」


 ゴーレムはズシン、ズシンと歩みを進める。足が短い割に、意外と速さはある。俺達は後ろから小走りでついて行く。


「みんな、最後まで気を抜くなよ! ここにいる全員で生きて帰るんだ!」


 走りながら、みんなはお互いを鼓舞し合う。ギアムに背負われている重症のニールセンも、声絶え絶えながらみんなに劇を飛ばしている。

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