第48話 対オオサソリ④ 無茶な救出劇、風のごとし

「カサンドラ、離せ!」


 彼女はその細身の剣でオオサソリを蹴散らしながらも、女性とは思えないすごい握力で俺の腕を掴み続けていた。ステートリッヒは大斧を振り回しながら、「カサンドラに賛成だ」と言った。


「お前らは助けて貰っといて、その態度はなんだ!?」


「分かってる。だから私が助けに行く」


「カサンドラが……」


「大丈夫か?」


 ステートリッヒが言った。


「ええ、必ず帰ってくる。だからリチャーズを頼む」


 彼女に掴まれていた俺の腕は、そのままステートリッヒに渡された。

 カサンドラ一人ではダリル達の救出が無茶なことと分かっていても、彼はそれ以上は言わない。彼女に絶対の信頼を置いているからだ。


 逃げ切れたニールセンとガイアスが「早くしろ!」と俺達に叫び続けている。

 俺達はみんながいる場所へは、あと十歩といったところだ。ダリルとケイレスはさらにその十歩先、だけどその十歩があまりにも遠すぎる。


 カサンドラが油缶を取り出し目の前のオオサソリにかけた。空になった缶もそのまま放り投げた。だけど俺達は誰一人として松明を持っていないし、火種になるような物も持っていない。

 彼女は剣を振りながらも、空いている左手をかざす。


『天より授かりし知のもとに、火を扱うことを許し給え――』


 手のひらに火球が。 カサンドラが呪文!? 彼女はここまで一度も魔法を見せていない。


『ファイヤーボール』


 俺の驚いた表情を見て、ステートリッヒが「こいつは下手っぴだが、ファイヤーボールだけは使える」と。彼女は火あぶりになっているオオサソリを踏みつけるようにして、剣を振りながらダリルの元へ突っ走る。

 俺はステートリッヒにほぼ引っ張られる形で後方の隊へと進み、ニールセンとガイアスの手助けもあって無事にたどり着く。


 すぐさま振り返ってダリル達の様子を確認する。三人を黒い塊が囲んでいる。三人が必死になって、剣を振っているのが分かる。


「まずい、すぐに助けに行かないと! アックス、エリィ!」


 アックスとエリィがいない? いや、反対側で坂道までの道を開けるために奮闘しているんだ。その二人から少し引いた所でファンナの姿も見えた。風魔法で応戦しているのが分かる。ステートリッヒの隊が合流したことで、オオサソリが一挙にここに集中し、坂道への退路が塞がれてしまったんだ。


 くそっ、この状況ではとてもじゃないがアックス達は動かせられない。なんとかして、ここにいるメンバーだけでダリル達の救出に行かないと。


「ガイアス、ニールセン走ったばかりで悪いが、また死地に飛び込むぞ! このパーティーの突破力でダリルたちのいる所まで道を切り開くんだ」


「俺も行く!」


「ああ、ステートリッヒはガイアス達の後方で控えていてくれ。最後の突破の時まで体力を温存していてほしい」


「カサンドラ達はあれから一歩も動けてない。なんとしてでもたどり着くぞ!」


「ああ、分かってる」


 このメンバーでたどり着くことは出来る、と見当をつけたが読みは甘かった。


 ここにいるほとんどが、オオサソリに四方を囲まれた状態から全力疾走して逃げて来た連中だ。俺が思う以上にみんなの体力は落ちていた。温存しておきたかったステートリッヒを最前線に置いてもその状況は変わらない。


「リチャーズ、無茶だ! 敵が多すぎる。近づくどころか遠のいてるぜ!」


 ニールセンが苦悶くもんの表情を浮かべながら言った。

 くそっ、近づける気配が全くない。爆発薬とキシミナソウの花粉はあるが、ここで使うべきか? いや、まだ遠すぎる。できたらダリル達にもっと近づいてから使いたい。


「……リチャーズ! ダリルは?……ケイレスは?……」


 気づいたらファンナが俺の後ろに立っていた。


「ファンナ! 向こうは大丈夫なのか?」


「……大丈夫、今は安定。……そのうち坂までたどり着く、思う。……それよりも……」


 俺は後ろの状況を見る。確かに坂道までの道は順調に進んでいるようだ。パッと見でもオオサソリのボリュームがこっちよりも少ないのが分かる。こちら側がダリル救出に動いている分、だいぶ隊は縦伸びになってしまった。これ以上伸びるとまた隊が分断されてしまう。


 ファンナはダリルがいる方向に視線を向ける。

 不安そうに胸の前で片手をぐっと握りしめている。男装して男の振る舞いをしているが、この時ばかりは心配する女の子のようだ。


「ごめん。俺の判断ミスだ。ダリルとケイレス、カサンドラがあそこに取り残されてる……」


「……三人とも、生きている……」


「ああ。でもまずい。このままじゃ三人は……。ファンナ頼む! 力を貸してくれ」


「……ええ。……でも、時間大事……僕一人、助け行く……」


「――!? ファンナ、なに言ってる? 無茶を言うな!」


「……無茶? 無茶、違う。……ここの指揮、リチャーズ必要。……隊が前後で違う意識、持っている……また分断、その恐れある。……その対処出来る……リチャーズだけ。……それに、僕一人……身軽だし早い……ダリル達すぐ助ける、できる」


「いくらファンナが強くても、さすがにそれは無茶だ!」


「無茶、違う! ……僕、確信なく、言わない……」


 彼の気迫に押される。村で魔物のガを退治した時と同じだ。ファンナは一人でやる気だ。

 きっとファンナはいつだってそうだ、最終的には一人で解決に持っていこうとする。それだけの自信があるのは分かる。それにそれを成し遂げるだけの実力が十分あるのも分かる。だけど……だけどさ、それは自分を犠牲にしすぎだ!


 ファンナはすでにダリル達の方向を向き、『フェアヴェーエン』の魔法を撃とうとしている。俺は魔法が放たれる前に彼の腕を掴む。


「――ファンナ! せめて俺だけは連れて行け。三人は毒にやられてるかもしれない。俺の毒消し薬をファンナに渡してもいいが、毒は何よりも早めの治療が必要だ。それに場合によってはポーションも必要になる。そうなるとお前は戦いながら、みんなの治療をしなければならない。そんなことが本当に一人で出来るのか?」


「……リチャーズ、言っていること、分かる。……でも、ここの指揮どうする?……今はまだいい方……でもピンチ、必ず来る」


「ああ、確かにそうだ。もっとこの隊はコンパクトにならないとまずい。だけどなにも俺だけが的確な指示を出せるわけじゃない!」


「……指示、誰する? ……ここまで戦い見る……リチャーズ以外、適任いない……」


「まったくな〜、ファンナ。お前は身近な仲間のことを全く分かっていない」


「……身近?」


「そう、身近だ――トマス! トマスはいるか!?」


 トマスは反対方向にいた。隊の中にいる魔法使い達を押しのけてこっちへと向かって来る。


「リチャーズ、なんだ?」


 俺はトマスを見て安心する。傷はどこにも見当たらないし、表情もけろっとしている。おそらくは前線に参加せずに引いて戦況を見ていたんだ。


「……そうか」


 ファンナも納得している様子だ。ダリルのリーダーシップ力に隠れがちだが、トマスは間違いなく参謀としての腕がある。


「トマス、今から俺とファンナはダリルとケイレスの助けに行く。お前はここの指揮を頼む」


「ダリルとケイレスが!? ……ぶ、無事なのか?」


「分からない。でもまだ二人が動いてるのは見える」


 俺はダリル達がいる方向を指す。トマスが不安そうに見つめる。


「リチャーズ、ファンナ二人を頼む!! だけどここの指揮は俺には荷が重い。俺は白地だよ? 他に適任いるだろ。例えば……」


「……大丈夫、もう白地関係ない。……トマスは引いて物事考える、とても得意。……だから出来る、必ず!」


「まぁそういうことだ! ファンナにそこまで言われてる。お前やれるよな?」


 トマスは腹をくくり、「やれる!」と言った。ファンナに言われれば彼も自信がつく。


「トマス、困った時はエリィに相談しろ。あいつは自頭がいいからさ」


「分かった、ここは任せろ。二人を頼んだぞ!」


 俺は「必ず助ける」と言って、ファンナは力強くコクっと頷いた。


「さてと。ファンナ、どうやってダリル達の所までたどり着くかだ……やはり『フェアヴェーエン』で道あけて走り抜くか?」


「……それだけ、だと遅い……」


「どうするんだ?」


「……僕、抱える。……そして、走り抜く」


「抱え……え!? だれを?」


 彼はそれには答えずに詠唱をし始める。


『天より授かりし神の奇跡を、愚かな我らの地からの束縛を払いたもう――フライウィンドウ』


「おわ!? 何だこれは?」


 俺の体は風船のように軽くなり、数センチ足が浮いていた。


「……物浮かす魔法……重い荷物、運ぶ便利……」


「荷物ってさ……俺は荷物かい」


 彼はふふっと笑う。


「……行く。……リチャーズ、落ちないよう、捕まる……」


 彼は俺の腰に腕を通し、野うさぎを生きたまま捕まえた時みたいに片手で抱える。

 捕まるもなにもこの体勢だと、どこ捕まればいいんだ? 迷った挙げく、俺は腰に回している彼の腕をしっかりと両手で握った。


 ファンナは無詠唱で『フェアヴェーエン』を唱え、オオサソリをいとも簡単に吹っ飛ばす。道が開けたのを見てステートリッヒやニールセンが俺達も行くと息巻くが、彼は「……いらない……」と言って、俺は「帰ってきた時に道をこじ開けてくれればいい。それまではこの場を維持しててくれ」と言った。


 ファンナの足に風が集中する。一気に背中を押されるように『スピードスター』で加速する。彼の腕を掴んでいる手に、自然と力が入る。


「ファンナ! 前!?」


「……関係ない」


 ダリル達の周辺にオオサソリが大量にいる。フェアヴェーエンの風はさすがにここまでは届かない。彼はお構い無しにスピードスターを緩めずそのまま突っ込んだ。


 スピードスターで加速したスピード、それと彼の絶対防御『ウィンドブレイカー』が相まって、まるで無慈悲な不慮の交通事故にあったかのように、次々とオオサソリが刻まれて外に弾かれていく。


 加速していた彼の足が突然キュッと止まる。俺はその急停止で内臓が大きく揺らされる。


「……着いた」


 オオサソリと対峙していたダリルが、一瞬動きが止まり驚きの表情を見せる。


「バカヤロウが!? なんで来やがった!」


 さすがはダリル、俺が想像していた通りだ。

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