第22話 ファンナの行い① 会話の大変さ
故郷の村を出発して約一月がたった――
俺達は故郷の村から見て北東に位置する名も無い村に向かっていた。その村で一泊して明朝出発すれば、次はいよいよこの辺一帯で最も大きな街のカザランだ。カザランは故郷の村と王都をつなぐルートのちょうど真ん中に位置する。この街は治安の悪さはあれど景気はよく、冒険者ギルドが二つもある(大抵の村や街はギルドがないか、一つだ)。
俺達にとってはその街が始めての冒険者ギルドとなり、冒険者登録はそこで済ませることになる。ちなみにギルドの登録なしに冒険者行為(ダンジョンに入って宝探しや、魔物を倒して対価を得るなど)をするのは違法であり、実は俺達は現時点では無職のしがない旅人でしかない。
俺達と同じ日に出発したダリルたちは、おそらくはもうすでにカザランに到着して冒険者登録を済ませ、今頃はクエストに勤しんでいることだろう。ダリルはだらだらとしているのが苦手だし、負けず嫌いだ。俺達がダリルを越すことはおそらくはないだろう――と思っていたが、そんなことはないのかもしれない。
なぜならこの名も無い村でダリルと同じパーティーのファンナを見かけたからだ。
「ファンナ〜!? どうしたの? ダリル達は?」
真っ先に声をかけたのはエリィだ。彼は村の中心にある井戸で水を汲んでいる所だった。
「あ……ええっと……エリィさん……」
俺達はその先の言葉を待ったが、どうやらファンナは話し終えたつもりだったらしい。
ファンナは止まってしまった手を再び動かす。井戸から引き上げた水を大きめの木の容器に入れ、また井戸に繋がれた桶をスルスルと底に落とす。そして細い腕で重そうに引き上げ木の容器に水を入れ、再び桶を落とす。
その行為を一巡見たアックスはファンナの細い腕に変わってやり、あっという間に大きめの木の容器を水いっぱいに満たした。ファンナは「ありがとう……」とぼそっと呟き、木の容器を
「ぇえっと……ファンナ、いくつか質問してもいいかな?」
エリィは背の高いファンナを見上げ、伏し目がちな目を覗き込むようにして言った。
「……どうぞ」
「ダリル達三人を見かけないけど、この村のどこかにいるの?」
「……いない……」
「じゃあどこにいるの?」
「……先にカザランに向かってる……」
「どうしてー? ファンナも同じパーティーだよね? もしかしてパーティーから抜けたの?」
「……違う……ダリルと仲間……」
エリィは耳を傾けて続きの言葉を待ったが、それ以上の言葉はない。
「ええっと……いいわ……質問を変えるわね。ファンナ、この村で何してるの? こ〜んな大量に水なんか組んで」
大量ってほどでもないが、ファンナの細い腕からしたら大量だ。
「……必要だから……」
エリィは話の趣旨を得ないファンナの返事を聞いて頭を抱える。
「ええっと、必要なのは分かるわ。これだけ一生懸命に組んでたからね。それでファンナ、この水を何に使うの?」
「……体を拭く」
「誰の?」
「……お母さんの」
「お母さん? ファンナの?」
「……違う」
「違うって、ファンナのお母さんじゃなければ誰のお母さんなの?」
「……ケディーの」
「ケディー? その人に会わせてもらえる?」
「……うん」
そう言うとファンナは水いっぱいの木の容器を持とうとした。しかしそこはすかさずアックスが持った。力のないファンナに持たせては歩みが遅くなりそうだからだ。
「あの子ってあんなに会話が大変なの?」
ファンナの後ろを歩くエリィが俺に聞いてきた。
「あはは……そうみたいだね。俺もあまり話したことはなかったから。学校では口を閉ざしたままで、同い年でも声を一度も聞いたことがない人もいるぐらいだよ。実習で魔法を唱える時も、ボソボソとして聞き取れないし、それどころか詠唱もしてないように見えたよ」
「――詠唱無しで!? 詠唱無しで魔法を唱えることって出来るものなの?」
「さぁ……俺がただそう見えただけかもよ。ファンナは声が小さいし、口もあまり大きく開かない。ただそう見えただけで詠唱はしてたかもね」
「ふ〜ん……」
エリィは腑に落ちない。ファンナと年が一個上のエリィは通常の授業ではほとんど被らなかったが、魔法の授業ではかぶることは多かった。今思えば魔法の授業の時に彼が詠唱をしてないように見える場面はいくつか実際に見かけていた。村では詠唱をする方法でしか習わらない。だからエリィの中ではありえないと思い、自然と頭の記憶をすり替えていたようだ。……果たしてそんなことが出来るのだろうか?とエリィは考え込む。
気づいたら彼女は彼の背中に穴が開いてしまう勢いで睨んでいた。その視線に気づいたファンナは一度振り向き、エリィと視線が合うと慌てて前を向き直す。その行為を見てエリィはファンナを睨み続けていたことにようやく気付き、良くない良くないと自信の頬を両手でマーサージした。
「……ここ」
ファンナに連れて来られたのは村のはずれにある木々の中。とてもボロい木の家だった。腐った木は虫食いのように所々に壁に穴を空けている。
「ここにケディーっていう人とお母さんがいるのね?」
「……そう」
そう言うとファンナは家の扉を開け、中まで入った。俺達も連なって入ったが、まず最初に感じたのは鼻を突くような匂いだ。全く体を洗ってない人の匂い……その匂いは死の匂いのようにも感じられる。
「あ、おねえちゃ~ん!」
「……違う……僕はお兄ちゃん……」
「――あ!? おにいちゃ~ん!」
ファンナを「おねえちゃん」というのも無理はない。線の細さや顔つきは女性そのものだ。その女の子は明るい調子だが、服はボロボロのツギハギだらけ、髪は油と汗でまるで糊で無造作に固めたかのようにボサボサだ。顔は黒ずんでいて歯は何本か欠けている。
そんな姿でもファンナは膝をつきその子を抱き抱えた。十歳にも満たない……七歳か、六歳かそれぐらいの子がファンナの背まで腕を回す。その骨と皮しかない腕を見ると皮膚はカサついていて、細かい皮膚の欠片が宙を舞っているのが分かる。
「おにいちゃん、この人たちはだぁれ?」
「……エリィに、リチャーズに、アックス……みんな僕と同じ村の人たち……」
「ふ~ん……おにいちゃんのお友達なわけだ! わたしはケディー」
「ふふ……よろしくね。ケディーちゃん」
エリィに続いて、俺達も挨拶をした。ファンナがお母さんという、ケディーのおかあさんが奥の部屋にいるのに気づいたのはそれからだ。最初は荷物かなにかかと思っていたその物が小さく動きを見せると、それが服を来た人が寝ている姿だと気づくのに一分は時間を要した(実際には数十秒程度だ)。
ケディーの酷い姿のさらに何倍も酷くした姿、寝ていても腰は曲がり、ケディーの年齢を考えるにそこまでの年ではないはずなのに、髪は黒くもおばあちゃんのような成りだ。その姿で分かる。おそらくお母さんは重い病気かなにかを
ファンナはケディーのお母さんの体を起こし、体を拭いた。エリィはそれを手伝い、俺とアックスは外でケディーの面倒を見ることにした。
「この家……村から外れてるけど、村に住まないの?」
子供のケディーに聞いても……とは思ったが、気になる点だ、俺は試しに聞いてみた。
「うーんとね。前は村にいたよ。あくまだって言われておいだされた……つぎ、おにいちゃんの番だよ!」
「ぁあ、俺ね……」
俺達はケディーと石当ての遊びをしていた。いくつか地面に置いた石に、持ち石を投げて当てる。当てた数が多い方が勝ち。なんとも分かりやすい遊びだ。
「その悪魔って言った奴はどいつだ?」
アックスが言った。
「うーんとね。みんな〜」
「リチャーズ、俺は村に行ってくる!」
「ちょいちょい、待て待て! アックスなにをする気だ? まさか殴ったりしないだろうな?」
「場合によっては……」
アックスさん、それ怖いって……気持ちは分かるが、さすがにそれはまずいって。村には村なりの理由があるかもしれないし。
「ねぇ、つぎはそっちのおにいちゃんだよ」
「ん、俺か? ……よし見てろよ! 全部当ててやる」
アックスは一人で本当に全部の石を当ててしまった。この後、石当てゲームをもう三回して三回ともアックスが全部の石に当て、そこでケディーは大泣きをした。何事かと家から慌てて飛び出したエリィは、俺から事情を聞きアックスをこっぴどく叱った。
叱られた姿が面白かったのか、ケディーはケラケラと笑った。なりこそ酷い格好をしているが、中身はいたって普通の元気な女の子だ。
やはり女の子がこういう立場に置かれているのは良くない。村の外れで不衛生な環境にいる。
おそらくファンナはこの親子を気にかけ、ダリルのパーティーを抜けてまでもして、この村に留まっているのだろう。しかしファンナはあくまでもこの親子とは赤の他人だ。この村にずっと留まっているわけにはいかない。そのことは彼は分かっているのだろうか……
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