【短編】もしもし、俺、竿役転生者。今、ヒロインの部屋にいるの。……助けて。

ルピナス・ルーナーガイスト

短編

 ティロリロティロリロ、ティロリロティロリロ♪

 スマホから着信の音が鳴る。


「あ、志保だ」


 と、顔立ちは整っているが気弱そうな少年が嬉しそうな顔を浮かべる。

 彼はいそいそとした様子であった。

 何せ彼女は幼馴染で、現在絶賛片想い中の相手であったから。

 ーーいや、きっと彼女も自分のことが好きな筈。

 でも、ちゃんと告白して、もしものことがあって今の関係性が壊れては恐ろしい。そんなことを思って、相模翔は、彼女には告白できないでいた。


「ゴホン」と一度咳払いをして、翔は着信ボタンを押した。


「おっす、志保。どうかした?」


 と、いつもの調子で声を掛けた。

 すると、返ってきた声に、彼は背筋を寒くするのである。


『もしもし、俺、佐藤慎吾。今、松原志保の部屋にいるんだ』


「えっ……⁉︎」


 相手の声は、紛れもない佐藤慎吾のものであった。

 佐藤慎吾とは、クラスでも恐れられているDQNで、遊び人の男である。女癖が悪く、彼氏のいる女でも平気で寝取り、散々弄んだ後に捨てると言われている有名な人物であった。


 その彼が、志保の部屋にいる?

 翔は、自分の脳が壊れ始める音を聞いた。


 ーーいやっ、違う! これはタチの悪い悪戯……。


 と思ったが、翔に電話を掛けてきたのは志保の番号だ。


 ーーそんな、そんなことって……。


 愕然とする翔の耳には、女の嬌声が聞こえてきた。

 聞き違える筈がない。その声は、紛れもない志保のものだった。


「うぁあああ……」


 翔の脳が破壊されてきた。

 だが、なけなしの意地として、彼女を助けに行かねばならぬという気持ちが湧いてきた。


 今、佐藤慎吾は志保の部屋にいると言った。

 彼女のことだから、きっと彼に脅されていうことを聞かせられているのだろう。


「ぼくが、助けないと……」


 もう遅いが、そう奮い立った彼の耳に、再び慎吾の声が聞こえてくるのである。

 どうせ翔のことを挑発してくるのだろう。

 そもそもこれは、「うぇーい、彼氏くん聞いてるー?」という電話なのだろう(注:翔は志保とは付き合っておりません)。


 ーーなんていやらしい奴なんだ!


 ぎりっと歯を噛み締めた翔は、彼の言葉をを待った。

 するとーー、


『……助けて』


「ーーえ?」


 義憤に駆られていた翔はポカンとさせられた。


 なんでお前が助けを求める?

 助けを求めているのは志保の方だろう!

 こんな冗談を言うなんて、なんて腐った奴なんだ!


「志保、今、助けに行くから!」


 そう言った翔の耳には、今度は最愛の幼馴染である志保の声が聞こえてくるのである。


『うぇーい、翔、聞こえてる〜? 今私、慎吾とシてるの〜』

「ーーえっ?」


 翔は耳を疑った。それは、紛れもない志保の声であったから。


『ほらほら〜、慎吾、翔にちゃんと言わないと〜。お前の幼馴染は俺の“ピー”に夢中だって。“バキューン”が“チュドーン”だってちゃんと言わないと〜』

『……タス、ケテ……。タス、ケテ……』


「えっ⁉︎」


 意味が分からない。

 翔の脳は破壊されかけていたが、もしも完全であったとしても意味が分からなかっただろう。


「なっ、何が……」


 困惑する翔の耳には再び志保の嬌声が聞こえてきた。


「くっ……」


 意味が分からないが、とりあえず行かないと。

 翔は下半身に血が巡り出しながらもそう決意した。


「志保、君は洗脳されているんだな! 今行くから」

『アンっ、イくっ』

『うぅっ……』


 愉しげな女の声と哀しげな男の声。

 そこで、通話はぷっつりと切れていた。


「くそぉおおっ!」


 翔はネトラレ主人公然として、部屋から駆け出すのであった。(注:翔は志保とは付き合っていません。正確にはBSSです)


   ◇◇◇


「えっ、俺、転生した?」


 と、鏡の前で呆然としている少年がいた。

 少年ではあるが、筋肉質でガタイが良く、金の短髪で耳にはピアスがジャラジャラと付いていた。顔立ちは整っていると言えなくはないが、それ以上にDQN臭がプンプンと匂いやがる。


「……マジかよ。『ゴムなし』の佐藤慎吾じゃねぇか……」


『ゴムなし』とは、『性春するならゴムをくれ!』という18禁ゲームのことであり、「ゴムをくれ」→ってことはゴムがないってことだな→『ゴムなし』という、単純に略すのではなく意訳された名称のことだった。


 そのように意訳するネット民は元より、そもそもそのタイトルは内容に対してあまりマッチしていないという、問題ばかりの作品だ。

 かろうじてBSS役の主人公が脳破壊された後にそのセリフを口走るのだが、脳破壊後の言動として上手く表現できているのかいないのか。


 このタイトルは間違いなくクリエイター陣が言いたかっただけであり、もしかしなくとも飲み会や徹夜明けのテンションで提示され、誰も止める者がいなくて採用されたものに違いない。

 もしかすると偉(エロ)い人による横暴か。


 と、タイトルのことは良いとして、彼が転生した佐藤慎吾のことである。

 この場合、正確には憑依型転生と言った方が良いのかも知れぬ。


「……ブラック納期明けの憂さ晴らしで、エナドリガン呑みで徹夜でゲームクリアしたのがトドメだったか……」


 彼には心当たりがありすぎた。

 むしろそれは積極的な自殺では?


 そして最期までプレイしていたゲームに転生したとは、もはや確信犯だったと言えたのかも知れぬ。


「……しっかし、別にこいつに転生したいとは思ってなかったんだけどなぁ……」


 鏡を見れば見るほどにDQN臭がプンプンと匂いやがる。


『ゴムなし』では、相模翔が表の主人公だとすると、佐藤慎吾は裏の主人公に違いない。ザ・竿役だ。


 翔と志保は幼馴染で仲が良く、明らかにお互いが好きなのに踏み出せないジレジレな関係であった。そして、そんな二人の仲を引き裂き、志保を奪ってゆくのが佐藤慎吾である。


 ーー確か、前に囲っていた女に飽きて次のターゲットを探していた時に、翔と志保のやり取りを見掛けるんだよな。明らかにお互いが好きな感じなのにジレジレしているのを見て、奪ってやろうと思って、こいつはメチャクチャ勃起してやがったんだよな……。


 そう思うと、彼はパンツを引っ張り、自分のイチモツを覗き込んだ。

 ーー逸物であった。


「デッカぁ……。流石は竿役。役者不足じゃない逸物だ」


 これだけは転生して良かったかも知れぬ。


 ーーって、いやいや、こいつは志保を手に入れる前も色んな女に手を出してるんだ。いつ後ろから刺されるか分かったもんじゃない。


『ゴムなし』が有名になったのは、BSSモノとして優秀だったからではなく、この佐藤慎吾に死亡フラグが乱立したからだ。


 性悪な竿役が成敗されるのは脳破壊された脳から脳汁が溢れてたまらないものだったが、あまりにも彼の死亡エンドが多く、佐藤慎吾を生存させようとする者たちが現れ、彼らが自分たちの頑張りを動画としてアップし、それがヒットしたのであった。


【この竿役を救え!】

【この救われないDQNに憐れみを】


 なんて、一部界隈では騒がれたものである。

 ーーその、佐藤慎吾に転生した。


「あぁっ、もう、最悪だよっ!」


 と思わず彼ーー現・佐藤慎吾は叫んでしまう。

 しばらく頭を抱えて懊悩していたが、彼はやがて頭を切り替えた。


 彼ーー自分の死亡ルートは網羅している。

 正直なところ、これがゲームではなく現実として推移するのならば、不確定な要素はあるのだが、どうせ女絡みだと思う。

 だからこそ、まずは既知の死亡ルートを潰し、あり得そうな要素も片っ端から潰してゆく。


 自分が生き残るためならば、誰かを脅すことも厭わない。

 彼はそう決意すると、そろそろ馴染んできた慎吾としての記憶を閲覧した。

 憑依型転生だからか、まるで本を読むかのようにこれまでの記憶が思い出せたのだ。


「……って、思い出してみればみるほど、つくづくこいつはクズだな。生い立ちが恵まれていなくても、誰かを傷つけるのは駄目だろう……。これは刺されて死亡しても仕方がないな。……だけど俺は生き残る! せっかくのこんな逸物の持ち主なんだし! よし、佐藤慎吾生存計画、開始だ!」


 彼は気勢を上げた。

 それからと言うもの、彼は本当に頑張った。


 行いを正し、やがて竿役として猛威を振るう相手である松原志保とは関わらないようにしようとなんとか頑張った。


 ーー頑張っていた、筈なのに……。



「佐藤くん、私、佐藤くんのことが好きなの」


 そう言って告白してきたのは松原志保の方だった。


 ーーどうしてこうなった⁉︎


 ……いや、思い当たることと言えば、嫌と言うほどにあった。

 慎吾は彼女と接触しないように極力注意していたのであったが、彼女はまるで歩くNTRフラグとでも言うべき女だった(正確にはNTRではないけれど)。それは或る意味世界の修正力とでも言うべきか。ガイアの意思である。


 しかもその世界の修正力というものはどうやら判定ガバガバであるらしく、慎吾が彼女に手を出さないのならばと、別のDQNを彼女へと繰り出してきた。

 あ、野生のDQNが飛び出してきた。

 しかも世界の修正力さんは、その竿役として本当は慎吾にこそ期待を置いているものなのか、彼女が絡まれている時に慎吾は何度も出くわしたのである。


 今の慎吾としては、そんな状況を見ては助けないわけにはいかなかっt。

 恵まれた体格と、躰に染み付いていた喧嘩殺法で、彼らを千切っては投げ、千切っては投げて蹴散らした。

 そして助けた恩につけ込んで送り狼ーーなどと今の慎吾がする筈がない。


 慎吾は見返りを求めず、クールに去……ろうとすると、何故かすぐに別のDQNが現れるのである。

 あ、野生のDQNが飛び出してきた。

 まるでDQNブラックホールのような女だった。

 或いはDQNホイホイ。


 だから、慎吾は毎回彼女を駅だったり家だったりまで送り届ける羽目となったのだ。


 あまりにも毎回そうした状況に出くわすものだから、マッチポンプが疑われるところだったが、マッチポンプをするにしては頻度がギャグだった。

 そして、慎吾も本気で困った様子を見せていた。

 だから彼女も疑ってはいなかった。


 そんなことを繰り返していれば、途中で喋るし、思った以上にお互いに話が弾んじゃったし、すでに両親への挨拶も済んじゃっていた。


 今の慎吾は見た目も改めていた。

 今となっては凶悪なDQNフェイスも、ワイルドなチョイ悪少年くらいな感じで、少女漫画好きな女子であれば惹かれるくらいの容貌になっていた。


 ご両親からは娘の守護者のように思われ、印象も悪くはなかったのである。

 これではただのラブコメ主人公のようではないか。


 悪い竿役を拒否するならば、良い竿役になりなさいと、世界が、慎吾に竿役になれと、ガイアが、コスモが囁いていたのであった。


 そうしてとうとう屋上に呼び出されて告白されたのであった。


 ーーいや、お前には翔がいるだろ……。


 と、思わなくもなかったが、残念ながら元々のゲームでは翔と志保のハッピーエンドは存在しなかった。むしろ慎吾の死亡エンドこそハッピーエンドなのだと言わんばかりのクリエイターの闇が伝わってくる作品であった。


 だからよくある竿役転生のように、原作を守るのならば、むしろこの告白を受けて竿役に徹することこそ、原作準拠であったし、その後に慎吾が死亡することこそが原作に忠実であっただろう。


 つまりは彼女の告白を受けることで新たな死亡フラグが立つ!

 そう考えたからこそ、慎吾は彼女の告白を断ろうとした。

 すると、


「付き合ってもらえないなら飛び降りる!」

「待て! 早まるな!」


 彼女は屋上のフェンスへと走って行こうとしたのである。


 ーーこいつ、ヤンデレの類だったか。


 現代に潜むあやかしの一種である。

 だから彼女は告白場所に屋上を選んだのだろう。

 そして慎吾は実感を持って納得したのである。


 ーーそりゃあ、佐藤慎吾の死因の約八割を占めてるのがこいつだもんな。


 だから、彼女を不幸にしないためだけではなく、死なないためにも彼女とは関わり合いになりたくなかったのだ。

 佐藤慎吾は作中で、志保を弄ぶだけ弄ぶと、やがて捨てようとするのである。ーーそして彼女に殺される。


 しかし、それは慎吾が彼女を弄んだからであり、自分に依存させ、他との繋がりを立たせ、その上で捨てるからだと思っていた。

 だが、よくよく考えてみると、ルートによっては彼女をソープに沈めたり、裏稼業の方に売るルートもあるのだが、その場合でも、彼女はどうやってか生き延び、やがて慎吾を殺しにくるのである。


 メインヒロインというよりは、メイン怨霊かな?

『私は蘇る、何度でも! お前を殺すためになぁ!』

 というセリフは、深夜に聞いていて「ひぇっ!」と声を上げてしまったものである。声優さんの演技力もしゅごかった。


 彼女は歩くNTRフラグのような女であり、と同時に、慎吾にとっての歩く死亡フラグのような女だった。ような、というか、死亡フラグであった。


 それでも、世界の修正力さんがギャグみたいな働き方で、慎吾を全力で彼女に関わらせてきた。

 だから慎吾は、


 彼女を弄ばなければ。

 彼女に悪感情を持たれなければ大丈夫。


 と、自分に言い聞かせ、彼女を守ってきたのであったが、まさか好意を持たれても駄目であったとは。ーーいや、想像できそうなものである。予測可能回避不可避。


「……分かった、……付き合おう」

「やったぁ!」


 慎吾は、歩く死亡フラグーー否、自分の死亡理由と付き合うことになったのであった。


 そして、彼女に押し倒されるようにして一線を超えた。ように、というか、普通に押し倒された。それを慎吾は、嬉しく思いつつ受け入れてしまった。

 だって男の子だもん。エッチなことには興味があった。この躰はこれまでに多くの女たちを経験してきたが、憑依してからは初めてのことだった。


 ……しかし、竿役の精力とは恐ろしいものなのに、何故竿役に狙われる女子の精力が生やさしいものだと思うのか。

 彼女たちの躰は、竿役の無慈悲な行為を受けても、一度では壊れないようなポテンシャルがあるように設計されているのである。


 そんなメインヒロイン=サマに対して優しいセックスをしたり、半端な攻めをすれば、どうして物足りないと思った彼女に、逆に攻められることにならないと安心していられたのだろうか。


「あははっ! すごいすごい! 慎吾くんって、何度でも出来るんだ! それに、この量、漫画みたいー!」

「……ユル、シテ。……ユル、シテ……」


 そして、そんな彼女に攻められても、枯れないだけの精力ポテンシャルが竿役の肉体には備わっているのである。ーー精神は別として。


 つまり、竿役が竿役として振る舞うのは、自身の生存戦略とも言えたのである。

 攻めることをやめた竿役は、ただ絞られるだけの、道具としての竿役に成り下がるのだ。

 攻めない竿役は、ただの肉バイブだ。


 そして、志保の行動はエスカレートしたのであった。

 彼女はかつては心惹かれていた幼馴染を、自分のプレイへと巻き込もうと画策したのである。

 そして自分のスマホで彼に電話をし、慎吾に話させたのだ。


 慎吾は彼女に言われるままに喋った。


 そして、今、BSS役主人公は彼女の部屋へと向かっている。


「あー、翔、はやく来ないかなー。楽しみー」

「……シテ、コロ、シテ……」

「ふふっ、駄目だよ、慎吾、死んじゃ。だって、慎吾はずぅーっと私とエッチなことをして暮らすんだから、ね? あはっ、あはははははっ!」


 虚な目をした竿役転生者の上で、メインヒロイン=サマの哄笑が響き渡っていた……。

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【短編】もしもし、俺、竿役転生者。今、ヒロインの部屋にいるの。……助けて。 ルピナス・ルーナーガイスト @lupinus_luna

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