異世界商店の不思議な時計

天津蒼生 / サン少佐

第1話 ― 零細商店、変な懐中時計を見つける。

 「……自身を異世界に転送させる懐中時計?」


 ……何だか訳の分からないものが…うちの倉庫から出てきた。横3オクェ、縦1オクェ、高さ5トゥオクェほどの小箱。真鍮色の鍵穴が鈍く光っている。それに、ずっしりと重い。材質は独特の網目模様からしてシュグェリサ材――少なくとも梱包はシュグェリサ地方のものか。

上面の蓋にはシュグェリサ語で〝使用者を異世界に転送する懐中時計〟だとか書いてある。


 「…何じゃそれ。」

「爺さんが知らなきゃ私も知らないって……」


後からひょいっと顔を出したのは、片眼鏡を掛けたインチキ臭い老紳士古っぽい爺さん。彼こそが――このスゥクヘルニ雑貨屋の店主にして私の祖父だ。


「クソ最近のシュグェリサの言葉だな、風情もねぇ。」


「ああぁ〜うちの孫娘は口が悪いでごぜぇますのぉ…」


「爺さんもだろーが…。」


全く……楔形文字古代シュグェリサ語とかだったら高く売れただろうに。


 ――アシュツェルニェ帝国首都カハルの港湾地区に軒を構える…我らがスゥクヘルニ雑貨店は、昨今の大不景気の煽りを受けて閉店の瀬戸際に在った。

爺さん曰く、財政難を先延ばしにすべく帝国政府が国債をバカスコバカスコ発行しまくったお陰らしい。それでいて諸外国に莫大な債務を抱え、今やアシュツェルニェ帝国のアトカは外国の借金奴隷と化している。

かつては複数の大陸交易路の交差点として、関税収入やら諸々で途方も無い規模の富が集積していた帝都カハルだが、大陸西方のアリュケリ人が新航路を開拓して以来、大陸交易路の重要性は薄れ……在りし日の繁栄は、もはや見る影もない。そんな話を爺さんが胡散臭く語っていた。


 そんな状況で誰が雑貨など買うものか。売りに来る奴はいれども買いに来る奴がおらん。それに物価が暴騰し過ぎて仕入れも出来んよ。

日に日に貯蓄は減ってゆくし、いつまで雑貨店が保つかも分からん。気晴らしに遊びに行こうにも、戦車競馬だの剣闘試合だの国営娯楽は債務管理局の命令で停止状態だし、楽しみが何一つない。

 ここ帝都もヒッチャカメッチャカだよ。この前に戦車競馬の応援団が債務管理局の事務所を襲撃した時なんて、鎮圧目的で派遣された多国籍軍が帝都を略奪して回ってたし……。


 で、今は美術品でもありゃあ商人連中ならは安く買ってくれんじゃないかと思って、雑貨屋奥の古い倉庫を調べていた所で――訳の分からないものが出土した。

 まぁ開けてみっか、木箱ガワだけでも400万エクぐれぇにはなんだろ、主食の小穀幕トゥへレセ1個にもならねぇが。


「なーにしとる、早く開けてみんしゃい!」


「分かってらーに今開けっの!マジで……。」


文句を垂れながら木箱の開封を試みるも、開かない。やっぱり鍵が掛かってたか畜生め。こいつは爺さんジジイの出番だな。


 「貸してみぃ。」


「重てぇぞ気を付けろ。」


 錠関連の知恵じゃ爺さんには勝てん、私なんかみなブッ壊しちまうし……。


「シュグェリサの錠か……年代的に箱ごといかねぇとムリだな。」


「じゃあ私の出番か。」


 そうとも……私が破壊の神だ。棚に壺なんぞ置こうものなら無意識のうちに全て叩き割っちゃるわ。いっそ私を破壊神と崇め奉れよ我らがジジイ爺さん


補足だが、シュグェリサ錠は繊細で壊れやすい。壊れたら二度と開かねぇし、良い子ちゃんはカハル錠を使ぇな。違う鍵でも開くぞ。


「……ナイフどこ置いたっけ。」


「腰のベルトに刺さってらぁに!うちの孫娘はわしより先に認知症けぇ?」


 返す言葉もねぇや、うぜぇ。

まぁ……シュグェリサ材なら網目ん所に刺してけば…どっかで上手くハマる――思ってる傍から刺さった、こっから切れ込みを入れてきゃあ……。


……よし開いた。さて中身とは――。





 「…何じゃそれ。」

「だから爺さんが知らなきゃ私も知らないって……。」



 ……何だか訳の分からないものが…うちの倉庫から出てきた。知らない文字が刻まれた――手のひらほどの円盤。妙な突起も付いている。これはボタンか――?





 ――途端に、私の視界は渦を巻くようにして歪みを帯びた。何処か深いところへ沈んでゆくような、恐ろしい感覚を伴って――。

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