遺識領域:プロメテウス鎖断のプロトコル

一式鍵

第一章:ゼロの襲来

01-01: ゼロの襲来

 たった一機で……!


 そして、そのたった一機に、俺たちは翻弄ほんろうされていた。


 俺たちの母艦である空中戦艦はメンテナンスのために地上係留されていて、動けない状態だった。無敵の空中戦艦とはいえ、それは飛んでいる時限定の話だ。半ばドックに身を隠しているとはいえ、地上に置かれた全長六百メートルにも及ぶそれは、ただの巨大な的に過ぎない。


 地上で機兵バイスの格闘戦訓練をこなしていた俺とロジェは、そのまま迎撃態勢に入った。技術の粋を集めた俺たちの機兵が二機。相手が何であれ、負ける気はしなかった。だが――。


「ロジェ、なんだあいつは。動きが速すぎる」

『こっちも捕捉できない』


 敵がことだけはわかった。だが、その事実が判明する間に、地上設備は大きな損害を受けていた。多数の死者が出ているだろう。


 そのは鮮烈だった。一瞬見えただけのその色は、肉食の昆虫のように冷静で、攻撃的で、俊敏で――一分いちぶの隙も見つけられなかった。


 世界最大の軍産企業複合体コングロマリット、グノーティ。その軍事企業部門トップのアストラ・インダストリィに属する暁月あかつき戦技研は、サイレン・ファリス・ヒルテンベインを頂点とする戦闘技術のプロ集団だ。俺も含めて、だ。


 兵器の開発、改良、そして試験。戦争や紛争に積極的に介入し、武器を研ぎ、切れ味を見せつけ、売りつける。そんな俺たちは、いわばだ。ゆえに、俺たちに恨みを持つ勢力は少なくはない。だが、そんな俺たちにたった一機で挑んでくる者がいるだなんて、俺は想像もしていなかった。


「正気の沙汰じゃない」


 しかし、基地の設備は次々と破壊され、母艦にも被害が出始めた。迎撃に出た機動戦車、無人戦闘機UAFはもちろんのこと、人型機動兵器――機兵バイスたちもほとんど一方的に蹂躙されていく。身の丈二十メートルにも及ぶ巨人たちが、一切の攻撃を行ういとまもなく簡単に粉砕されていく様子は、もはや現実とは思えなかった。


「相手は本当に一機なのか、ロジェ」

『よりによってセブンスも大佐も不在だって時に』


 ロジェにしては珍しく、感情のこもった反応だった。そして俺も同じ感想だ。二人が不在であるという情報は完全に秘匿ひとくされていたはずだ。だが、この襲撃はタイミングが合いすぎていた。


「こっちにはライフルもないのに」


 近接武器だけでどうしろというのか。


『レイ、愚痴っている暇はないようだ。ダメージに備えろ!』

「なんだ?」


 めったに聞けないロジェの早口と同時に、俺の視界が赤く染まった。コックピット内のアラートがけたたましく鳴り響く。俺はシールドを前に突き出して身を低くした。


 しかし、その次の瞬間、俺の機体の盾が消し飛んでいた。それどころではない。左腕も肩から消滅していた。


電磁誘導砲レールキャノン!?」

『次、掃射が来るぞっ!』

「マジか、ロジェ。うわっ、え、まて!」


 盾も左腕もない。ダメージは機体全体に及んでいる。回避運動なんて不可能だ。


 その時、俺は光源を見つけた。


「ロジェ、十時方向三キロ! 狙えるか!」

PPC粒子ビーム砲拝借はいしゃくした』


 倒された味方の機兵の武器だろう。


 ロジェが放ったビームが木々をぎ払う。赤く溶けた道が森を貫く。


 しかし――。


「奴はまだ無事だ。攻撃が来る!」


 俺は咄嗟とっさに機兵の右腕でコックピットを守ろうとする。こんな腕が電磁誘導砲レールキャノンの前に役に立つとは思えない。が、それでもだ。


 その直後、俺の目の前で盛大に光が弾けた。それはさながら津波のようで。俺は完全にその白い輝きに飲み込まれた。


『査定に響くぞ、レイ』


 落ち着いたその声の主は、まぎれもない暁月あかつき戦技研のトップ、サイレンだった。


『間に合ったようだな』

斥力場せきりょくば……」

『そういうことだ』


 エネルギーを相殺そうさいし、結果として攻撃を無効化するフィールド。戦艦に搭載されている防御フィールド発生装置を応用し、任意の極小領域を完全防御の結界で覆うという防御兵器だ。


 これがあれば形勢逆転できる……!


「大佐、敵は!」

『逃げたな。だが、追撃は不可能だ。セブンスもメーサーも今からでは間に合わないな』


 確かに、俺たちに追撃の余力はない。戦艦の防御フィールド内にいなければ、返り討ちにあってしまうことだって考えられる。


「しかし、たった一機でここを襲撃するなんて」


 地上設備の損害を見渡して、俺は言う。


「奴はだ。やりかねん」


 スカーレットだって!?


 俺は唾を苦労して飲み込んだ。スカーレットと言えば、知らぬ者のいない最強の機兵乗りライダーだ。だが、それ以外の実態はほとんど明らかになっていない。性別すら判明していないのだ。


『となると――』


 ロジェの声はすっかり平静を取り戻していた。沈着冷静が売りの彼らしい。


『さっき見えた赤い機体が』

『そうだ』


 大佐はゆっくりと肯定した。


NO-VICEノービス:0ゼロ――アスタルテ、だろうよ。よく生き延びたな』


 いや、大佐の到着が一瞬でも遅れていれば、俺は死んでいた。


 幼少期から、死を意識した瞬間は何度もある。だが、そのたびに、それでも俺は独力で生きる道を掴み取ってきた。だから、今回のように自分ではどうにもならない状況に追い込まれたのは、初めてだった。


「はは……」


 知らず、乾いた笑いが漏れる。


「俺は――」

『反省会は後でしろ、レイ』


 大佐がぴしゃりと言う。


『スカーレットの狙いが何であるかはわからんが、これから何度も戦うことになる。覚悟を決めろ』

「りょ、了解」


 俺は短く言うと、シートに全体重を預けた。


 目を閉じても、視界が眩しい。先ほどの斥力場せきりょくばの残像だ。結果はさておくとしても、今回は命拾いをした。俺はゆっくりと息を吐いた。


 その時だった。


『おい、レイ……』


 ロジェの固く低い声が聞こえてきた。何らかのエラー音のようなものも聞こえてきている。


『悪い、知らせだ』

「……なんだ?」

『スカーレットの戦闘データは、すべて改竄かいざんされている。復元は不可能だ』

「う、嘘だろ。戦艦のコアシステムに侵入でもしたっていうのか?」

『わからんが、奴は戦闘中にもそれだけの余裕があったということだ』


 うへぇ……。


『お互い、よく生き残ったな』

「ロジェにしちゃ饒舌じょうぜつじゃないか」

『たまには、な』


 ロジェはそう応じて通信を切った。

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