<Infinite・Chronicle> - 仮想世界に閉じ込められた僕が世界を救うまで -

星色

第001話

テレビに映され出されている司会者の興奮気味な声が僕、天城碧あまぎあおいの耳に響いた。


「ついに……ついに! 人類初の完全フルダイブVRMMOである〈インフィニット・クロニクル〉が正式リリースしました。まず黒瀬さん、一番気になるのは——どうやって実現したんですか?」


そう言われた黒瀬という男は少し笑って、視聴者に向けるように姿勢を正した。


「難しい話の前に、まずはとてもシンプルに説明しますね。——私たちがやったのは、人間が感じるリアルって何なのか、を徹底的に理解することです」


「リアル、ですか?」


「はい。たとえばゲームの中で走ったり、剣を振ったり、風に吹かれたり……そういう体験を“本物だ”と思うのは、結局は脳が判断しているわけです。だから重要なのは、脳が本物だと思う条件を満たすことなんです」


 司会者がうなずく。


「なるほど。つまり、脳が“これは現実だ”と納得すれば成功ってことですね。でも、どうやって?」


「ポイントはここです。脳は、外の世界をそのまま受け取っているわけじゃない。脳は常に——次にこう感じるはずだと予測しているんです」


「予測……ですか?」


「はい。視界も、触覚も、身体の動きも。脳は“こうなるはずだ”という予測を先に作っておいて、そこに実際の情報を合わせている。だから、私たちはその予測の流れに自然に寄り添う形で、仮想の刺激を送ったんです」


画面に、脳が予測している様子を示した分かりやすいCGが映る。


「たとえば、足を踏み出すとき。脳は“足裏にこういう圧がくるはず”と予測します。私たちのシステムは、その予測にぴったり合う形で仮想の刺激を返す。そうすると脳は、あ、これは本物だ、と判断するんです」


「だからゲーム世界を現実のように感じられる?」


「そういうことです。逆に、予測とズレが大きいとになる。完全フルダイブの成功は、このズレをほぼゼロにしたことなんです」


司会者が感嘆したようにマイクを握り直す。


「なんだか……世界そのものを作り替えてしまったみたいですね」


「いえ、私たちがしたのはその逆です。人の脳が世界をどう作っているのかを理解しただけ。そして、別の世界でもそれを再現しただけなんです。」


スタジオの照明がほんの少し温かみを帯びる。

黒瀬の微笑みは、未来を見ているように静かだった。



テレビの再生が止まり、僕は感心したように画面に映る人物を眺めた。


その人物の名前は黒瀬守くろせまもる

BCI技術を応用したニューロインタフェース型没入システム


——通称フルダイブを完成させた第一人者だ。


彼の開発したニューロインタフェース型没入システムは現在、医療分野への活躍に大きく貢献しており、21世紀の偉大な発明の一つである。


その他様々な技術で作られた完全フルダイブ型VRMMORPGゲームである《インフィニット・クロニクル》は現在4000万以上のアクセスユーザーを誇る大ヒットゲームだ。


その時だ。僕の座っているソファーが大きく沈み込む。


「ねぇ、お兄ちゃん。3年も前の番組なんか見てどうしたの?」


「別にいいだろ」


僕がそういうと、高校2年生の妹である天城莉子あまぎりこは興味のなさそうに声を出した。

一歳しか変わらないと言うのに、全く生意気な奴だ。


「そう言えば夏休み始まって早々出かけてたけど、どこ行ってたの? 友達いないのに」


「んだとっ」


そう言ってサラサラとした黒髪を靡かせる妹。


シスコンの可能性は否定できないが、それでも本当に同じ親から生まれて来たのかと思うほどには美形度が違う。


腰まで伸ばした黒髪と、夏色を思わせる澄んだ碧瞳の酷く整った顔立ち。

何度友人に妹を紹介してくれと頼まれたか……。


勿論、断った。


「アレだよ、フルダイブ型ゲームをやるための生体スキャン。」


「まじ? てかフルダイブとかIFCしかないけどやるの?」


「ふん、悪いかよ」


IFCとはinfinite ChronicleからそれぞれIFと、Cを取った略称である。

ちなみに生体スキャンをしないとIFCをプレイすることは不可能である。


理由は簡単で、動きに支障が出るとかなんとやら。


確か運動野の信号分岐が現実身体へ送る信号を遮断し、そのまま仮想アバターの骨格モデルへ投影する過程があるらしい。


で、その時の重心の移動や反動などと言った動きが普段動いている感覚と同じようにする……とかだったはず。


「そっか、十八歳になるまで禁止って言われてたもんね。」


「そうだよ」


そう、このIFC安全面とかの関係で十八歳以下はプレイできないR18禁のゲームなのだ。

ちなみにエッチなことができるらしい……。


まあ、親の同意さえあれば十二歳から出来るらしいが。


とは言っても犯罪的思想? 的な脳波を感じると接触だったり行動が制限されるとかなんとか。

うんうん、難しい。


高校3年生最後の夏休み、本当は受験勉強とかしなきゃいけないが、1日くらいなら良いはずである。


「と言うことで妹よ、僕はIFCをプレイしてくる!」


「やる前にトイレしとけー」


「……うっす」


早速僕は自室に戻ると、貯めたお小遣いで買ったダイブギアを頭に装着する。


「っと危ない、生体チップ入れるの忘れてた」


僕は改めて会場でスキャンした生体データの入ったチップをダイブギアに装着した。

視界の端に、残量電池が95%と表示されている。


ベッドに寝転ぶ。

僕はそして、電源を入れた。





「インフィニット・クロニクル。IFCの世界へようこそ! 」


気がつくと僕は、白くて広い空間に立っていた。

手を動かしてみる。


「すごい、本当に動く……」


まるで現実にいるかのように動く両手だ。

目の前を見ると、ガイド役のAIの女性が立っている。


金髪碧眼の、女神のような風貌。


通称——ゴッドアイ、この仮想世界を制御しているらしい。

初期設定の際に出てくるのは別のAIらしいけど。


ガイド役のAIとは別に、目の前に《プレイヤー名》と書かれた半透明のものが浮かび上がっている。


ここは無難に行こう。


「プレイヤー名、【アオイ】を確認いたしました。これでよろしいでしょうか?」


「うん、大丈夫。」


「それでは、第二の現実へ。 インフィニット・クロニクルをお楽しみください。」


ガイド役のAIがそう言うと同時に、僕の視界は光に包まれた。





照りつける太陽、ほのかに感じる空気の香り。

広場で談笑するプレイヤーの声。


まるで本物のようだ。

いや、ある意味先程のAIが言っていたように本物もう一つの世界なのかも知れない。


「ここが始まりの街——ノヴァリオン……すごい」


辺りを見渡せば中世をモチーフにした建物が遠目に見える。

今立っている中央広場の真ん中にはノヴァリオンのシンボルとも言える噴水が太陽に照り付けられて、虹が出ていた。


すると僕の独り言を聞いたのか、一人の大男が近づいて来る。

背中にとても大きな大剣を背負っており、筋肉によってタンクトップのようなものがはち切れそうだ。


「よう兄ちゃん、あんた今日が初めてか?」


「お、恐れながら」


すると僕のビビり具合に気づいたのか、笑いながら肩を叩いてきた。

少し痛い、すごい。


「そんなにビビんなくても大丈夫さ、こんなイカつい格好だが、ただの社会人だ。名前を聞いてもいいか?」


「アオイと言います。」


すると彼は右手を前に出してきた。

僕は苦笑いをしながら手を取る。


「俺はガランだ。言っとくが、ゲーム名だからな。始めたばっかなら少し案内してやろうか?」


「まじ良いんですか?」


「俺も初心者の頃は助けられったてもんよ、遠慮すんな。」


そう言って白い歯をキラリとさせながら豪快に笑う。

2mは超えていそうな程の巨体だ。


自分もアバターの外見を変えようと思ったのだが、一度制作を始めると丸一日は手が止まらないなどと聞いて諦めた。


そんな時間は僕にはないからね。

とは言っても、IFCの世界は現実世界の1時間で5時間ほどにもなる謎技術が使われている。


正確に言うと、特許を取得しているVPTSと呼ばれる《可変知覚時間同期システム》が関係しているらしい。


脳は、与えられる情報の密度が上がれば上がるほど、時間を長く感じる。

その仕組みを極限まで利用したのが、VPTSである。


ダイブギア内部に仕込まれた微弱な電磁刺激が、脳波のごく狭い帯域を揺らす。

その結果、視覚や聴覚の処理速度は通常の数倍に跳ね上がるらしい……。


ダイブギア側もそれに合わせて、現実ではあり得ない量の細密データを脳に送り込んでくる。

芝生の一本の陰りまで感じ取れるほど鮮やかな世界は、その処理速度あってのものだとか。


脳は五倍で動き、身体は一倍。

だから現実の一時間が、体感では五時間になるらしい。


「おい、聞いてるか?」


「あっ、う、うん。」


「とりあえずは始めたての初心者にちょうど良い難易度の平原が東の方にあるからそこにワープ……ってあれ?」


するとガランが慌てたようにメニューウィンドウを触り始める。


「あの、どうかしましたか?」


「メニューボタン以外に見えない……いや、無くなったと言うべきか。アオイ、マップ開けるか?」


「ちょっと見てみます。」


あらかじめ見ておいた初心者ガイドブックの情報を頼りに、空間をスワイプしてメニューを出すが……


「あれ、何もないですね。」


「やっぱお前もか」


もう一回メニューを開き直すが、マップも運営からの通知コメントも、文字通り消えている。

そして——


「ログアウトボタンがないっ……」


周囲がざわめき出したので、周りを見渡すと、他のプレイヤーもこの異常事態に気付いているらしい。

僕と同じようなことを呟いている人が多かった。


するとガランさんが俺の肩を叩いて口を開いた。


「ま、まぁ以前にも告知無しで似たようなイベントがあったから今回もその類だろう。時間は大丈夫……って聞かなくても分かるよな。」


「サプライズが好きな運営なんですね」


「それはそうだな、なんて言ったて、このIFCの開発者である黒瀬守は大のいたずら好きだったらしい——」


その時だ。

この仮想世界の上空にある空が歪なノイズ音を立てて、歪む。


この場にいるプレイヤーが注目した。


するとその場所に光の粒子が集まって、巨大なホログラムが形成されていく。


「これは——黒瀬守さん……?」


黒いスーツを着こなした、このゲームの開発者によく似た黒瀬守らしき人物の上半身が現れた。

周囲がざわめく中、ホログラムによって形成された口が開く。


『皆さん、こんにちは。私はこの仮想世界、いわば《インフィニット・クロニクル》を開発した総責任者である黒瀬守だ。時間がないのでよく聞いてほしい。我が社にある、IFCを管理するサーバー権限が何者かの手によって奪われた。本来なら遠隔操作によってプレイヤーの装着するダイブギアの電源を切るところだが、それも権限が無くてはできない。だから——を———』


すると急に黒瀬守さんを映し出していたホログラムのようなものが消えてしまった、周囲が混乱の声で溢れ出そうになった時。


再び拡散した光の粒子が上空に集まり、そして——


『こんにちは、皆さん。この仮想世界を制御しているゴッドアイです。』


そこに現れたのは、初期設定をする際に現れた、女神のような女性だった。

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