第31話 今夜は帰りたくないの
駅前のコンビニで、缶コーヒーを買った。
冬の夜風が吹き抜ける中、コートの襟を立てながら、俺はベンチに腰を下ろす。
「寒いな……」
缶を開けると、湯気がふわりと立ちのぼった。
この時間になると、駅前も人がまばらになる。
仕事帰りのサラリーマン、酔っ払い、そして、俺みたいに“帰る場所”を探してるような人たち。
「……あれ?」
視界の端に、見覚えのある顔が映った。
コートのポケットに手を突っ込み、マフラーをぐるぐる巻きにした女の子。
高校の同級生だった、ユリだ。
「ユリ?」
「……え?あ、タカシ?」
彼女は驚いたように目を見開いたあと、すぐに笑った。
「久しぶりだね」
「ほんとに。何年ぶりだ?」
「たぶん、卒業以来?」
「だな。こんなとこで何してんの?」
「……ちょっと、歩いてた」
「こんな寒いのに?」
「うん。寒いから、歩いてるの」
「……意味わかんねぇ」
「でしょ?」
俺たちは、コンビニの前のベンチに並んで座った。
缶コーヒーをもう一本買って、彼女に渡す。
「ありがとう」
「どういたしまして」
しばらく、沈黙が続いた。
でも、なんだか居心地は悪くなかった。
「……タカシは、今何してるの?」
「会社員。営業。毎日、数字に追われてる」
「そっか。大変だね」
「まあな。ユリは?」
「……フリーター。いろいろやってるけど、どれも長続きしなくて」
「そうか……」
「でもね、最近ちょっとだけ、絵を描いてるの」
「絵?」
「うん。昔から好きだったから。趣味みたいなもんだけど」
「へぇ……見てみたいな」
「今度ね」
彼女は笑った。
その笑顔が、昔と変わっていなくて、なんだか胸が少しだけ熱くなった。
「……高校のとき、さ」
「うん?」
「私、タカシのこと、ちょっと好きだったんだよ」
「えっ」
「ふふ、今さら言っても遅いけどね」
「いや、ちょっと待て、それは……」
「でも、言えてよかった。なんか、スッキリした」
「……俺も、実は……」
「うん?」
「ユリのこと、気になってた」
「……そっか」
「うん」
また、沈黙。
でも、今度はちょっとだけ、甘い空気が流れていた。
「……ねえ」
「ん?」
ユリは、缶コーヒーを両手で包みながら、ぽつりとつぶやいた。
「今夜は帰りたくないの」
俺は、少しだけ笑って、立ち上がった。
「じゃあ、もう一本、あったかいの買ってくるよ」
「うん」
彼女の笑顔は、冬の夜を少しだけ、春に近づけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます