第11話 やれやれだぜ

彼の名前は「代行屋ヨシダ」。

どんな依頼でも、代わりにやってくれる。

買い物、謝罪、告白、果ては結婚式の代理出席まで。

「あなたの代わりに、なんでもやります」がモットーだ。


僕が彼を知ったのは、会社の先輩の紹介だった。

「お前、あの人に頼んでみろよ。人生、変わるぞ」


最初は半信半疑だった。

でも、試しに「上司への報告」を頼んでみたら、完璧にこなしてくれた。

報告書も完璧、受け答えも丁寧、しかも僕より評価が上がっていた。


それから、僕はどんどん頼るようになった。

飲み会の出席、親戚の法事、役所の手続き。

全部、ヨシダさんが代わりにやってくれた。


「いや〜、助かります。僕、こういうの苦手で」


「気にしないでください。これが仕事ですから」


ヨシダさんは、いつも淡々としていた。

感情を表に出さず、完璧にこなす。

まるで、影のような存在だった。



ある日、僕はふと思った。


「……自分の人生、全部ヨシダさんに任せたら、どうなるんだろう?」


試してみたくなった。

仕事も、プライベートも、全部。


「ヨシダさん、僕の人生、丸ごと代行してくれませんか?」


「……本気ですか?」


「ええ。僕、もう疲れちゃって。あなたなら、僕よりうまくやれる」


ヨシダさんは、しばらく黙っていた。

そして、静かにうなずいた。


「わかりました。では、明日から私が“あなた”になります」



翌日から、僕は自由の身になった。

朝寝坊してもいい。

満員電車に乗らなくていい。

嫌な会議も、気まずい人間関係も、全部ヨシダさんが引き受けてくれる。


最初の数日は、夢のようだった。

昼まで寝て、カフェで本を読み、気ままに散歩。

夜は映画を観て、好きなだけゲームをした。


でも――


「……なんか、暇だな」


誰も僕を必要としていない。

誰とも話さない日が続く。

やりたいことは、すぐにやり尽くしてしまった。


ある日、会社の同僚から連絡が来た。


「お前、最近すごいな!プレゼンも完璧だし、部長に気に入られてるって噂だぞ!」


それは、ヨシダさんの成果だった。

僕じゃない。

でも、僕の名前で評価されている。


なんだか、胸がざわついた。



数日後、僕はヨシダさんに会いに行った。


「すみません、やっぱり……人生、返してもらえませんか?」


ヨシダさんは、少しだけ笑った。

「そう言うと思ってました」


「やっぱり、自分の人生は自分でやらないと、つまらないですね」


「その通りです。では、引き継ぎましょう」


彼は、分厚いノートを差し出した。

そこには、僕の“代行された日々”の記録が、びっしりと書かれていた。


「すごい……全部、完璧に……」


「当然です。私は、あなたの人生を“真面目に”やっていましたから」


「……ありがとうございます」


ヨシダさんは、立ち上がった。

そして、背を向けて歩き出しながら、ぽつりとつぶやいた。


「やれやれだぜ」


その背中が、やけにかっこよく見えた。

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言ってみたかった、あの一言。 aiko3 @aiko3

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