第10話 え〜、その件に関しましてはFAXでご報告させていただきます

株式会社レトロリンクスは、時代に逆行することで有名な企業だった。

メール禁止。スマホ持ち込み禁止。

連絡手段は固定電話とFAXのみ。

社内の資料はすべて紙。

会議の議事録も、手書きで回覧。


「うちはな、デジタルに頼らないことで、社員の“思考力”を鍛えてるんだよ」


そう語るのは、社長の古橋。

昭和の香りをまとったスーツに、分厚い眼鏡。

パソコンは「目が疲れるから」と一切使わない。


僕は、そんな会社に新卒で入社した。

理由は単純。家から近かったからだ。


最初は驚いた。

メールが使えないので、連絡はすべて電話。

資料は手書きで清書し、コピーして配布。

会議のスライド? 模造紙にマジックで手描きだ。


「これ、非効率すぎませんか?」


「効率だけがすべてじゃないんだよ。手間をかけることで、心がこもるんだ」


そう言われても、納得できなかった。

僕はこっそりスマホでメモを取り、家に帰ってからパソコンで資料を作り直した。

でも、提出は手書き。

メールで送ると、逆に怒られる。


「デジタルは信用ならん。紙は裏切らん」


そんなある日、事件が起きた。



大手取引先から、急ぎの連絡が入った。

「明日の朝までに、契約書の修正案を送ってほしい」とのこと。


「メールで送ってください」と先方。

「うちはFAXしか使ってないんですよ」と、うちの営業。


「えっ、FAX? いや、うち、もうFAX撤去してまして……」


「では、郵送で」


「明日までって言ってるじゃないですか!」


結局、先方は激怒し、契約は白紙に。

社内は騒然となった。


「このままじゃ、会社が潰れる……」


社員たちはざわついた。

でも、社長はどこ吹く風。


「時代がどう変わろうと、我が社の信念は変わらん」


その言葉に、ついに僕は立ち上がった。


「社長、もう限界です。せめてメールくらい使いましょう。FAXなんて、今どき誰も……」


そのとき、社長室の電話が鳴った。


「……うむ。うむ。なるほど。わかった」


受話器を置いた社長は、ゆっくりと立ち上がり、社員たちを見渡した。


「みんな、聞いてくれ。今、政府から連絡があった」


「政府?」


「うむ。我が社の“アナログ主義”が、国家機密の保護に最適だと評価された。これから、極秘文書の管理を一任されることになった」


「えっ……」


「デジタルはハッキングされるが、紙は盗まれにくい。手書きは解析も困難。つまり、我々のやり方が、最先端だったのだ!」


社員たちは、ぽかんと口を開けた。


「というわけで、今後はさらに手書き強化だ。筆ペンの支給を増やすぞ!」


僕は、頭を抱えた。

でも、もう何も言う気になれなかった。


その日の夕方、また電話が鳴った。

今度は、海外の企業からだった。


「え〜、その件に関しましてはFAXでご報告させていただきます」


そう言って受話器を置いた社長の顔は、どこか誇らしげだった。

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