第10話 え〜、その件に関しましてはFAXでご報告させていただきます
株式会社レトロリンクスは、時代に逆行することで有名な企業だった。
メール禁止。スマホ持ち込み禁止。
連絡手段は固定電話とFAXのみ。
社内の資料はすべて紙。
会議の議事録も、手書きで回覧。
「うちはな、デジタルに頼らないことで、社員の“思考力”を鍛えてるんだよ」
そう語るのは、社長の古橋。
昭和の香りをまとったスーツに、分厚い眼鏡。
パソコンは「目が疲れるから」と一切使わない。
僕は、そんな会社に新卒で入社した。
理由は単純。家から近かったからだ。
最初は驚いた。
メールが使えないので、連絡はすべて電話。
資料は手書きで清書し、コピーして配布。
会議のスライド? 模造紙にマジックで手描きだ。
「これ、非効率すぎませんか?」
「効率だけがすべてじゃないんだよ。手間をかけることで、心がこもるんだ」
そう言われても、納得できなかった。
僕はこっそりスマホでメモを取り、家に帰ってからパソコンで資料を作り直した。
でも、提出は手書き。
メールで送ると、逆に怒られる。
「デジタルは信用ならん。紙は裏切らん」
そんなある日、事件が起きた。
*
大手取引先から、急ぎの連絡が入った。
「明日の朝までに、契約書の修正案を送ってほしい」とのこと。
「メールで送ってください」と先方。
「うちはFAXしか使ってないんですよ」と、うちの営業。
「えっ、FAX? いや、うち、もうFAX撤去してまして……」
「では、郵送で」
「明日までって言ってるじゃないですか!」
結局、先方は激怒し、契約は白紙に。
社内は騒然となった。
「このままじゃ、会社が潰れる……」
社員たちはざわついた。
でも、社長はどこ吹く風。
「時代がどう変わろうと、我が社の信念は変わらん」
その言葉に、ついに僕は立ち上がった。
「社長、もう限界です。せめてメールくらい使いましょう。FAXなんて、今どき誰も……」
そのとき、社長室の電話が鳴った。
「……うむ。うむ。なるほど。わかった」
受話器を置いた社長は、ゆっくりと立ち上がり、社員たちを見渡した。
「みんな、聞いてくれ。今、政府から連絡があった」
「政府?」
「うむ。我が社の“アナログ主義”が、国家機密の保護に最適だと評価された。これから、極秘文書の管理を一任されることになった」
「えっ……」
「デジタルはハッキングされるが、紙は盗まれにくい。手書きは解析も困難。つまり、我々のやり方が、最先端だったのだ!」
社員たちは、ぽかんと口を開けた。
「というわけで、今後はさらに手書き強化だ。筆ペンの支給を増やすぞ!」
僕は、頭を抱えた。
でも、もう何も言う気になれなかった。
その日の夕方、また電話が鳴った。
今度は、海外の企業からだった。
「え〜、その件に関しましてはFAXでご報告させていただきます」
そう言って受話器を置いた社長の顔は、どこか誇らしげだった。
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