第9話 面倒だ。全員でかかってこい

町の片隅に、ひっそりと佇む古本屋があった。

名前は「無敵堂書店」。

看板は色あせ、店主の姿もほとんど見かけない。

けれど、なぜかいつも、誰かが出入りしていた。


僕がその店を知ったのは、偶然だった。

雨宿りのつもりで入っただけ。

でも、店内に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


「いらっしゃい」


カウンターの奥から現れたのは、白髪混じりの老人。

背筋はピンと伸び、目は鋭い。

まるで、何かを見透かしているようだった。


「何か、お探しですか?」


「いえ、ただの冷やかしで……」


「それはよかった。ここは、そういう店ですから」


棚には、見たこともない本が並んでいた。

『戦わずして勝つ方法』

『時間を止めるには』

『心を読む読書術』

『異世界での礼儀作法』


どれも、冗談のようなタイトルばかり。

でも、手に取ると、なぜか心がざわついた。


「これ、売り物ですか?」


「もちろん。ただし、読むには条件があります」


「条件?」


「この本を読むと、あなたは“強く”なります。とても、とても強く。ですが、その代わり――」


「代わり?」


「退屈になりますよ」


僕は笑った。

「強くなれるなら、構いません」


老人は静かにうなずき、本を差し出した。



それから、僕の人生は変わった。


喧嘩に巻き込まれても、誰にも触れさせずに勝てる。

スポーツをすれば、誰よりも速く、正確に動ける。

頭も冴え、どんな試験も楽々クリア。

仕事も、恋愛も、すべてがうまくいった。


でも――


「なんか、つまんないな」


何をしても、物足りない。

勝って当然。成功して当然。

誰も僕に挑んでこない。

誰も、僕を本気にさせてくれない。


そんなある日、またあの古本屋を訪ねた。

店は、あのときと同じように静かにそこにあった。


「戻ってきましたか」


「……あの本、返したいんです」


「返品は受け付けておりません。ですが、方法が一つだけあります」


「方法?」


「“本気”を出せる相手を見つけることです。あなたが心から戦いたいと思える相手を」


僕はうなずいた。

そして、旅に出た。



世界中を回った。

格闘家、チェスの天才、ハッカー、登山家、料理人。

あらゆる分野の“最強”と呼ばれる人々に挑んだ。


でも、誰も僕を本気にさせてはくれなかった。


ある日、山奥の村で、奇妙な道場を見つけた。

「無敗館」と書かれた木の札。

中に入ると、十人ほどの男たちが、静かに座っていた。


「挑戦者か?」


「ええ。あなたたちが最後の希望です」


男たちは立ち上がった。

全員が、ただ者ではない気配を放っている。


僕は、ゆっくりと構えた。

そして、言った。


「面倒だ。全員でかかってこい」


その瞬間、心が震えた。

ようやく、本気を出せる相手に出会えた気がした。

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