第4話 真面目にやれよ。仕事じゃないんだぞ!
町の片隅に、奇妙な集まりがあった。
名前は「空想建築研究会」。
メンバーはたったの三人。
活動内容は、「存在しない建物の設計図を描くこと」。
「この世界にない建物を考えるんだ。空に浮かぶ図書館とか、雲の上の銭湯とか、月面の喫茶店とかさ」
そう言って笑うのは、会長の佐伯さん。
年齢不詳、職業不明。
いつも作業着にスケッチブックを抱えている。
僕は、偶然その会に誘われた。
きっかけは、駅前のベンチに落ちていた一枚の紙。
そこには、空中に浮かぶ巨大な木造建築の図面が描かれていた。
「これ、誰が描いたんですか?」
「俺だよ。興味あるなら、来てみなよ」
それが、始まりだった。
*
活動は、毎週土曜日の午後。
古い公民館の一室に集まり、黙々と図面を描く。
テーマは自由。
現実に建てられるかどうかは、関係ない。
「この塔はね、音楽で浮かぶんだよ。演奏が止まると、ゆっくり沈んでいくの」
「この図書館、入り口が迷路になってるんですね」
「そう。知識にたどり着くには、ちょっと迷わないとね」
僕も、最初は遊び半分だった。
でも、だんだん夢中になっていった。
現実では無理でも、紙の上なら、どんな建物だって作れる。
「ここに、風で回る階段をつけたらどうですか?」
「いいね!風力で動く階段、面白い!」
三人で、ああでもない、こうでもないと話し合う時間が、何より楽しかった。
*
ある日、町の再開発計画が発表された。
古い公民館も取り壊されることになった。
「ここ、なくなっちゃうんですか……」
「まあ、仕方ないさ。建物ってのは、いつか壊れるもんだ」
でも、僕たちは諦めなかった。
せめて、最後に何か残したい。
そう思って、三人で一つの大きな設計図を描くことにした。
テーマは、「未来の公民館」。
誰でも入れて、誰でも自由に使えて、空想が現実になるような場所。
昼も夜も、僕たちは集まって描き続けた。
仕事の合間に、眠い目をこすりながら、線を引いた。
「おい、もっと真面目にやれよ」
「え、でもこれ、趣味だし……」
「だからだよ。真面目にやれよ。**仕事じゃないんだぞ!**」
その言葉に、僕はハッとした。
仕事じゃないからこそ、真剣にやる。
誰に頼まれたわけでもない。
でも、自分たちがやりたいから、やっている。
それって、すごく自由で、すごく大切なことなんだ。
*
完成した設計図は、公民館の壁に貼った。
誰もが見られるように、大きく印刷して。
取り壊しの日、町の人たちが集まった。
設計図を見て、笑ったり、驚いたり、写真を撮ったり。
「こんな建物、あったらいいね」
「ほんとに作れたら面白いのに」
僕たちは、少しだけ誇らしかった。
公民館は壊されたけれど、あの設計図は、町の図書館に飾られることになった。
今でも、たまに見に行く。
あのときの線、あのときの夢。
そして、あの言葉。
「真面目にやれよ。仕事じゃないんだぞ!」
それは、僕の中で、ずっと響き続けている。
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