第4話 真面目にやれよ。仕事じゃないんだぞ!

町の片隅に、奇妙な集まりがあった。

名前は「空想建築研究会」。

メンバーはたったの三人。

活動内容は、「存在しない建物の設計図を描くこと」。


「この世界にない建物を考えるんだ。空に浮かぶ図書館とか、雲の上の銭湯とか、月面の喫茶店とかさ」


そう言って笑うのは、会長の佐伯さん。

年齢不詳、職業不明。

いつも作業着にスケッチブックを抱えている。


僕は、偶然その会に誘われた。

きっかけは、駅前のベンチに落ちていた一枚の紙。

そこには、空中に浮かぶ巨大な木造建築の図面が描かれていた。


「これ、誰が描いたんですか?」

「俺だよ。興味あるなら、来てみなよ」


それが、始まりだった。



活動は、毎週土曜日の午後。

古い公民館の一室に集まり、黙々と図面を描く。

テーマは自由。

現実に建てられるかどうかは、関係ない。


「この塔はね、音楽で浮かぶんだよ。演奏が止まると、ゆっくり沈んでいくの」

「この図書館、入り口が迷路になってるんですね」

「そう。知識にたどり着くには、ちょっと迷わないとね」


僕も、最初は遊び半分だった。

でも、だんだん夢中になっていった。

現実では無理でも、紙の上なら、どんな建物だって作れる。


「ここに、風で回る階段をつけたらどうですか?」

「いいね!風力で動く階段、面白い!」


三人で、ああでもない、こうでもないと話し合う時間が、何より楽しかった。



ある日、町の再開発計画が発表された。

古い公民館も取り壊されることになった。


「ここ、なくなっちゃうんですか……」

「まあ、仕方ないさ。建物ってのは、いつか壊れるもんだ」


でも、僕たちは諦めなかった。

せめて、最後に何か残したい。

そう思って、三人で一つの大きな設計図を描くことにした。


テーマは、「未来の公民館」。

誰でも入れて、誰でも自由に使えて、空想が現実になるような場所。


昼も夜も、僕たちは集まって描き続けた。

仕事の合間に、眠い目をこすりながら、線を引いた。


「おい、もっと真面目にやれよ」

「え、でもこれ、趣味だし……」

「だからだよ。真面目にやれよ。**仕事じゃないんだぞ!**」


その言葉に、僕はハッとした。


仕事じゃないからこそ、真剣にやる。

誰に頼まれたわけでもない。

でも、自分たちがやりたいから、やっている。

それって、すごく自由で、すごく大切なことなんだ。



完成した設計図は、公民館の壁に貼った。

誰もが見られるように、大きく印刷して。


取り壊しの日、町の人たちが集まった。

設計図を見て、笑ったり、驚いたり、写真を撮ったり。


「こんな建物、あったらいいね」

「ほんとに作れたら面白いのに」


僕たちは、少しだけ誇らしかった。


公民館は壊されたけれど、あの設計図は、町の図書館に飾られることになった。


今でも、たまに見に行く。

あのときの線、あのときの夢。

そして、あの言葉。


「真面目にやれよ。仕事じゃないんだぞ!」


それは、僕の中で、ずっと響き続けている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る