雨上がりの誓い

@Ag0ba

第一章:裏切りの影

第1話:雨の夜の遭遇

雨が降っていた。


都市国家アルディナの夜は、いつも雨にれている。


魔法灯まほうとうが街路を照らし、石畳いしだたみに反射する光がれる。

この街では、魔法は空気のように当たり前のものだ。街灯も、交通機関も、治安維持さえも、すべてが魔法で成り立っている。


私はビルの屋上に立ち、眼下がんかに広がる街を見下ろしていた。

黒いコートが雨にれ、重くなる。腰には魔装剣まそうけんふところには三つの遺物魔術具いぶつまじゅつぐ。体に刻まれた紋章もんしょうが、かすかに発光している。


この紋章もんしょうこそが、私が何者であるかを示すあかしだ。

実験体じっけんたい、ナンバー007。

国家によって作られた人工魔法士。それが私の正体だ。


感情を持たないように設計され、命令に従うだけの兵器として生まれた。


だが今、私はここにいる。冒険者ギルド『白翼騎団はくよくきだん』の一員として、自分の意志で動いている。


なぜ私はここにいるのか。誰が私を助けたのか。


その答えを、私はまだ知らない。


「エルヴィン、聞こえるか」


突然、耳に装着した通信魔具つうしんまぐから声が響いた。


ギルドマスターのセリアだ。落ち着いた、だが緊迫きんぱくした声色。


「聞こえている」


私は短く答える。無駄な言葉は使わない。それが私の流儀りゅうぎだ。


「緊急事態だ。第三区画で魔法犯罪者集団が動いている。目撃情報によれば、少なくとも五名。目的は不明だが、遺物倉庫いぶつそうこねらわれる可能性が高い」


遺物倉庫いぶつそうこ


そこには国家とギルドが管理する古代魔術こだいまじゅつ遺物いぶつが眠っている。もしあれが犯罪者の手に渡れば、街一つが壊滅かいめつしかねない。


「了解した。向かう」


「待て、エルヴィン」


セリアの声が一瞬、躊躇ちゅうちょを含んだ。


「今回の犯罪者集団には、元ギルドメンバーが含まれている可能性がある」


私の手が、一瞬だけ止まった。


元ギルドメンバー。裏切り者。


この一ヶ月で、二つの冒険者組織が突如として犯罪者側についた。理由は不明。目的も不明。だが確実に言えることは、彼らが魔法研究の独占どくせんねらっているということだ。


そして、その中の誰かが、かつて私を救った。


「構わない」


私は冷たく言い放った。


「任務を遂行すいこうする」


「わかった。気をつけろ」


通信が切れる。


私は屋上から飛び降りた。風が吹き上げ、コートがひるがえる。

地面に着地する直前、私は呪文じゅもんとなえた。


浮遊ふゆう


体が軽くなり、衝撃しょうげきを殺して着地する。そのまま走り出す。魔法で強化された脚力きゃくりょくが、私を風のように加速させる。


第三区画まで、あと三分。

雨が顔を打つ。冷たい。だが、それがいい。この冷たさが、私に生きていることを思い出させる。


第三区画の遺物倉庫いぶつそうこは、厳重げんじゅう魔法結界まほうけっかいで守られていたはずだった。


だが私が到着したとき、結界けっかいはすでに破られていた。


倉庫の正面ゲートが爆破され、黒煙が立ち上っている。周囲しゅういには警備兵の遺体いたいが転がっていた。全員、即死。魔法による攻撃痕こうげきこんが残っている。


「遅かったか」


私は魔装剣まそうけんを抜き、倉庫内部へと踏み込んだ。

内部は薄暗く、魔法灯まほうとうが点滅している。足元にはくだけた遺物いぶつの破片が散乱さんらんしていた。奥から、複数の足音と話し声が聞こえる。


「急げ。ギルドが来る前に回収を終わらせろ」


「了解。あと二つだ」


犯罪者たちの声。


私は音を立てずに近づき、柱の影から様子をうかがった。五人。全員が黒いローブをまとい、顔を隠している。


その中央に、一人の男が立っていた。


その男だけは、フードをかぶっていなかった。


銀髪。鋭い目つき。そして、見覚えのある顔。


「リオン」


私は思わず、その名を口にしていた。


リオン・アッシュフォード。


かつて白翼騎団はくよくきだんのエースだった男。

一年前に行方不明になり、死亡したと思われていた人物。


その男が、今、私の目の前にいる。

リオンはこちらを向いた。驚きの色はない。まるで、私が来ることを知っていたかのように。


「やあ、エルヴィン。久しぶりだな」


その声は、かつてと変わらずおだやかだった。だが、その目には何か、深い闇が宿やどっていた。


「お前が裏切ったのか」


私の声は低く、静かだった。

リオンは笑った。悲しそうに。


「裏切り? 違うな。私はただ、真実を知っただけだ」


「真実?」


「お前が何者か、本当に知っているのか、エルヴィン」


リオンの言葉が、私の胸を刺す。


「お前を作ったのは誰だ。お前を救ったのは誰だ。お前がなぜここにいるのか。その答えを、お前は本当に知っているのか」


私は答えられなかった。

リオンは遺物いぶつかかえ、仲間たちに合図を送った。


「行くぞ。今日のところは、これで十分だ」


「待て」


私は駆け出した。だが、その瞬間、


転移陣てんいじん


リオンが呪文じゅもんとなえた。足元に魔法陣が浮かび上がり、五人の姿が光に包まれる。


「次に会うときは、すべてを話そう。エルヴィン。お前は、もっと真実を知るべきだ」


そして、彼らは消えた。

残されたのは、私と、破壊された倉庫と、静寂だけだった。

私はその場に立ちくしていた。


雨音だけが、耳に響く。


リオンの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


お前は、もっと真実を知るべきだ。

私は何者なのか。なぜ、ここにいるのか。誰が、私を救ったのか。そして、リオンは、なぜ裏切ったのか。


「わからない」


私はつぶやいた。

わからないことだらけだ。


だが、一つだけ確かなことがある。

私は、答えを見つける。

たとえそれが、どんな真実であろうとも。


雨はまだ、降り続けている。

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