【カクコン11短編】薔薇色の人生

七月七日

第1話

『不労所得』

 それは、俺が最も手に入れたいモノだった。

 原口翔太、三十七歳、独身。平凡な見た目、彼女いない歴十一年。


 俺は、疲れ果てていた。


 まあまあ名のある企業の中間管理職。管理職とは名ばかりで、責任と上司からのプレッシャーと部下からの不満が増えただけ、両者の間で板挟みになることもある。要するに肩書きだけの一番中途半端な立ち位置。


 毎日毎日、満員電車に揺られ、上司の顔色を伺って、部下に突き上げられ、取引先にへこへこし、ストレスマックス。


 土日が休みとはいえ平日は残業残業の日々で、マンションは帰って寝るだけの場所だ。土日は溜まった洗濯物や部屋の掃除、そして何よりも疲れ果てた身体を休めるだけにあてられる。


 大学から付き合っていた彼女にも、仕事仕事で会う暇がなく呆れられて振られた。その後付き合った女性も同じ事だった。


 働き方改革?何それ?サービス残業が増えただけ。そんな制度の恩恵を受けてる奴いんの?いたらここに連れてこい!


 ワークライフバランス?何それ?ワークとライフのバランスが取れてる奴なんかいんの?俺なんか、ワークとライフのギッタンバッコンの片方にしか乗ってない状態だ。


 もう嫌だ。

 働きたくない。

 楽して儲けたい。


 まあまあ名のある企業なので、それなりの報酬は貰っている。彼女もいない、趣味もない。あったとしても暇がない。というわけで、金はまあまあ貯まっている。


 この金を元手に、何とか働かずに生きて行けるくらいに増やすことは出来ないか?

 俺は考えた。


 そんな時、大学時代の友達の伊藤から呼び出された。伊藤とは、二、三ヶ月に一回くらいは飲んでいたが、ここ半年くらい会ってなかった。背が高くてキリッとしたした眉毛が特徴のイケメン。会うと引け目を感じるが、話が合っていい奴だ。


「投資?」

「大丈夫、俺が保証する」

 俺が怪訝な顔をしたのを読み取って、伊藤は慌てて言った。


「いや、何も言ってないし、ちゃんと説明しろよ」

「サンプレミアム社って会社なんだけど、そこに投資すると、月五パーセントの配当があるんだ」


「サンプレミアム?知らねーな」

「俺も知らんかったけど、ウェブセミナーで話聞いてな。あ、これ見たほうが早いな」

 伊藤はスマホをいじって、あるサイトを見せてくれた。


『薔薇色の人生を送りませんか』

 サイトのタイトルがデカデカと現れた。


「薔薇色‥‥‥、なんか怪しいな」

「そうだろ、俺もそう思ったんだ。でも、ほら」

 伊藤はまたスマホをいじって別の画面を出した。


 それは、ネットバンクの通帳だった。

「この取引専用の口座作ったんだ、見ろよ。これが先月振り込まれた分、ほら五万円、サンプレミアムって書いてるだろ。そしてその前の月も五万円」


「いくら入れたんだ?」

「一口百万、とりあえず一口だけ入れたんだよ。今度二百万に増やすつもりだ」


「百万で月に五万⁈ 年六十万か!十年なら六百万?元金合わせて十年で七百万になるのか⁈」

「そうだよ、二百万ならその倍だ。やらない理由なんてないだろ」


「まじか‥‥‥」

「とにかく、ウェブセミナーだけでも参加してみろよ」

 そう言って伊藤は、二杯目のビールと枝豆を注文した。


「ああ、そうだなぁ」

 俺はもうやる気になってしまっていた。



第二話に続く

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