7-4. 最高の贈り物だよ

 今日は買い出しをするには絶好の日和だった。

 大通りには人の往来も多く、店の売子がひっきりなしに声をかけている。まとまって行動するには少し窮屈だと感じたのでメンバーを二班に分けることにした。

 物資班。シズ、カイ、リオの三人。リオの旅具探しと古くなった道具の交換や燃料の調達などを行う。

 食糧班。俺とヒサラの二人。今回は長旅になりそうなので、保存のきいて腹に溜まりやすい食糧を選定する。

 班の構成理由は言わずもがな、買った食糧のつまみ食い防止のためだ。もちろん物資班にも小遣いは渡っているので買い食いしてもらうのは問題ない。ただそれとは別にもう一つ、俺にはヒサラと行動する理由があった。

「営舎に行く?」

 物資班と別れてしばらく歩いた後、明らかに市街区から離れつつあることを不審に思っていたヒサラに目的を告げる。

「そうだ。会いに行きたいんだよ……昨日、俺達を襲った女に」

 包帯で顔を隠していたあの女。衛兵に連行されたのならおそらく営舎に捕まっているはずだ。

「話を聞きに行くのね」

「ああ、あの女が言っていたことが気になってな」

 ——ツカサの仇……‼︎ あんたらが殺したんだ‼︎

 包帯の女の叫びは一夜明けた今も耳に残っている。

「エサンで死んだ俺の友達は、本名は茅部司というんだ。人違いだったら構わない。でもそれが茅部のことだとしたら、シズのことを仇と言った訳が知りたい」

「それで私の〝憐愛〟が必要ってこと? シラセさんも人使いが荒いね。あたしだってこの祝福を好きで使ってるわけじゃないんだけど」

「それは、すまん」

「別にいいわ。後で何か奢ってもらえるなら」

「それならいくらでもいいぞ。むしろなんでもない時でも奢ってやる」

「シラセさんに餌付けされるなんて嫌。最近はシズ姉まで食べさせようとしてくるんだから」

「嘘だろ……あのシズが?」

「ちょっとだけね。ほとんど自分で食べちゃうけど」

 シズの意外な変化に驚いているうちに、遠くに衛兵の営舎が見えてきた。

 こちらの世界でも基本的に罪人の面会は関係者でなければ許されていないらしい。と言ってもそのルールは厳密に守られているわけではなく、衛兵に袖の下を渡したり領主の依頼であったりすれば容易にスルーできると聞いている。

 しかし俺達はそのどちらも行わない。ただヒサラにお願いしてもらうだけだ。そう思っていたのだが、

「釈放した?」

 面会の申し出に返ってきた回答に驚いた。相対する衛兵はカイと同じくらいの若者で、真面目そうな顔で事情を口にする。

「ええ。その連行された女ですが、前科もなく怪我人もいなかったので今朝がた釈放しました」

「そういうことなら名前や住所を教えていただけませんか?」

 ヒサラが〝憐愛〟によりお願いすると、衛兵は初心な反応を見せながら首を振る。

「す、すみません。すぐに釈放したので住所は聞いていないんです。名前は確かソーエルだったと思いますが……」

 結局それ以上のことは衛兵から聞いても分からなかった。人相書を頼んでみたものの、女は顔に大きな火傷があると言って包帯を外そうとはしなかったらしい。衛兵からしても凶悪犯ではない以上手荒な真似はせず、どうせすぐ釈放するのだから必要無いと考えたそうだ。俺の世界なら炎上ものだが、カナタでは王都の衛兵には優越的な地位が与えられているらしく、こればかりは世界が違うのでどうしようもない。

 ソーエルという名前についてヒサラに尋ねたところ、

「微妙ね。少なくとも領主の家系では無いと思うけど、王都は溢れるほど人がいるから」

「名前で人探しをするのも厳しいか。明日には出発しなきゃならないし無理だな」

 頭を掻く俺をヒサラが意外そうな顔で見つめてくる。

「どうした?」

「なんだかシラセさん、そこまで残念じゃなさそう」

 言われて確かに自分が余りショックを受けていないことに気付く。

「残念には思っているけど、こればかりは仕方ない。あと、色々なことが起こりすぎて麻痺しているのかもな」

「そう……なら構わないんだけど」

 市街区に戻ると、約束どおりヒサラにりんご飴を奢った。ついでに自分でも購入して近くにあったベンチに二人で腰を下ろす。

 しばらくの間、ヒサラと並んで無言でりんご飴を舐める。半分まで食べ終わったりんご飴を眺めながら、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

「カイってさ」「リオさんだけど」

 それがヒサラの話すタイミングと被ってしまい、お互いに二の句を譲り合う格好になる。

「シラセさんからどうぞ。あたしの話は大したことじゃないから」

「俺の話も大したことは無いんだが……カイってさ、よくヒサラに食べ物を分けているだろ。あれはヒサラからしたら嬉しいものなのか?」

 ヒサラは一瞬きょとんとしたものの、すぐさま言葉を返してくる。

「昨日もカイに聞いてたわね。そんなに食費が気になる?」

「いや別に。俺は金なんて気にせず食える分だけ食った方がいいと思うぞ」

「シラセさんが言うと全く説得力が無いんだけど」

 ヒサラは俺の言葉にくすりと笑い、手に持ったりんご飴を見つめながら続ける。

「もちろん嬉しいわよ。でもカイのあれはあたしのせいだから、本当はちょっと複雑」

「ヒサラのせい?」

「そう。カイと一緒に故郷の村を追い出された時にね、あたしはめちゃくちゃ泣いたの。お腹空いた、ごはん食べたいって。そんなこと言っても村の人間から渡された食べ物はほとんど無くて、カイはあたしにずっと謝ってた」

 過去を懐かしむヒサラの、紅白の髪がそよ風に揺れる。

「カイのせいじゃないのにね。それからすぐおじいさんに拾われて二人で生きていけるようになったけど、カイはずっとそれを忘れてないんだと思う」

「そうか、ならあまり茶化さない方がいいな」

「下手に気にされても困るし今までどおりで十分よ。ああでも、これ以上食べたら本当にカイの背を抜いちゃうか」

「そっちの方がカイにとっては深刻だぞ」

 二人してりんご飴を手に笑い合う。こうしていると咎人も迷人もどこか遠くの世界のことのように思えてくる。

「私が言おうとしたことだけど、シラセさんの話を聞いたらなんだかどうでもよくなっちゃった。また今度話すね」

 そう言われると、俺もそれ以上聞けることはない。

 その後も食糧の買い出しを始めるまで、俺達は他愛のない兄妹の昔話で盛り上がった。


 ***


「……で、結局この時間までずっと骨董品を漁っていたわけか? そのたぬきは何だ?」

 昼食のために合流地点に向かった俺とヒサラを待っていたのは、よく分からない置物を抱えるシズと、なぜか刀が二本に増えているカイと、苦笑いのリオだった。

「だって、リオさんが掘り出し物が見つかるお店があるからって……」

「だってもあさってもない。返してきなさい。また動き出したらどうするんだ」

「ひどいですシラセさん。こんなに可愛いのに……」

 悲しそうな顔をして相変わらずのズレたセンスを披露するシズ。その後ろではカイがヒサラに新しい刀を披露している。

「見ろヒサ、二刀流だぞ! これでもっと強くなるぞ!」

「はいはい、あんた昔三本持ってすぐ壊したことを忘れたの?」

「……やべ」

「それも返却ね。と言うか、それまさかリオさんに買ってもらったんじゃないでしょうね?」

「大丈夫だよヒサラちゃん。カイくんもシズちゃんも自分の小遣いで買っていたよ」

 二人をフォローするリオにヒサラがジトっとした視線を投げかける。

「リオさんもこういう時は止めないと駄目よ。この二人を自由にさせたら一日で破産するわ」

「そ、それは肝に銘じておくね」

 しゅんとするカイとシズを引き連れて、俺達は骨董屋に置物と刀を返しに行く。

 店主は優しげな婦人で、事情を話すと返品に応じてくれた。それでも何も買わずに去るのは忍びないので、何か目ぼしいものはないかと陳列棚を眺めていると、

「これなんてどうでしょう? リオさんが仲間になった記念に」

 シズが手にしたのは銀の耳飾りだった。

「良いと思うぞ。ゆう……リオ、どうだ?」

 隣にいたリオに勧めようとしたところで、危うく結奈と間違えそうになる。

「……」

 やっちまったと身構えたものの、いつまで経ってもリオの声は聞こえてこない。不思議に感じて顔色を伺うと、リオは耳飾りをじっと見つめたままだった。

「リオさん?」

「あ……」

 シズもリオの様子に首を傾げている。そんなにお気に召さなかったのかと別の商品を探そうとしたところ、

「ありがとう! 最高の贈り物だよ!」

 満面の笑みでもってリオはその耳飾りを受け取った。

 会計を済ませると店主が鏡を貸してくれたので、リオはそのまま耳飾りを取り付けた。流れる髪から覗かせる銀色の煌めきは、茶色の地毛と相まって惹きつけられる。

 そういえば結奈はピアスもイヤリングも付けなかったな。飾らない自分が好きだってよく言っていたっけ。

「シラセくん、彼女さんのこと考えてるね?」

 過去を懐かしむ姿は今度こそリオに気付かれた。

「駄目だよーちゃんとわたしのことを見なくっちゃ。どう? 似合ってる?」

「あ、ああ……すごく綺麗だよ」

「ふーん?」

 油断して口走った言葉に、聞いてきたリオは満更でもない表情になる。その横ではカイとヒサラが何やらひそひそと話しているし、シズに至ってはぽかんと口を開けたまま動かない。

「女たらしだ」

「女たらしね」

 兄妹が俺を指差して口々に言う。

「リオさん気を付けて。シラセさんは女性を振った回数を公然と自慢するような男よ」

「そんなこと言ってな……いや言ったかそういえば」

 過去の発言を思い出しているうちに、ゆっくりとリオに距離を取られてしまう。

「ありがとうカイくん、ヒサラちゃん。危うく騙されるところだったよ。いやーこれだからいい男は怖いね」

「騙すなんてとんでもない。似合っているのは間違いないぞ」

「ははは、褒め言葉と受け取っておくよ」

 リオの誤解をどうにか解けないかと考えていると、シズがまだ固まっていることに気付いた。

「シズ姉、大丈夫?」

「綺麗……シラセさんが……私は言われたことがないのに……」

 小声で呟くシズの視線は胡乱げに彷徨い、ヒサラの呼び掛けにも反応しない。その姿は昨夜のカイや俺と重なる。

「大丈夫だ、言っていないだけでシズも綺麗だとずっと思っているから」

 努めて感情を込めながら弁明する。それは嘘偽りなく、むしろ最初に出会った時からそう思っていたのだが、言葉に出していなかったのは結奈の存在があったからだ。リオを見るとどうしてもそれが緩んでしまう。

「シラセさん……」

「最低だ」

「最低ね」

「最低だね、これは」

 しかし、そんな事情を仲間は知るはずもない。


 ***


 骨董屋から出た俺達は昼食がてら午前中の内容を共有した。

 物資班は成果ゼロでシズとカイが見つけた掘り出し物の話だけ。食糧班は購入物の一覧に、包帯の女の情報についても伝えておいた。

 午後からは班分けせず一緒に物資を買い出すことにした。食糧班のタスクはすでに終わっていたし、このままだと何も買わないまま明日を迎えてしまいそうだったからだ。それに時間もあったので、観光も兼ねて別の街区にも行ってみることにした。

 もちろん食べることも忘れない。昼は軽くサンドイッチだけだった——それでも何故か争奪戦は発生し俺のハムは消えていた——ので、美味しそうな屋台を見かけたらすぐに駆け込んでいくシズとカイを止めるようなことはしなかった。

 そうこうしている間に日は傾き、宿のある街区に帰ってきた頃にはすっかりも暗くなっていた。物資は帰りがけに寄った雑貨屋でほとんど見繕い、最後にはリオの旅具も確保できたので、今日のやるべきことは全て完了したと言える。

「ふえー疲れたー」

「〝剣舞〟使ってるんだから大丈夫でしょ。シラセさんを見習って」

 木刀を杖代わりに突きながら荷物を運ぶカイに、両手で麻袋を抱えたヒサラが発破をかける。カイが〝剣舞〟で強化すれば重い荷物でも運べるのだが、如何せん数が多いためメンバー全員で分担することにした。なのでシズとリオもめいめい荷物を抱えている。それでも一番大きな木箱を運んでいるのは俺になるのだが。

「シラセさん、頑張ってください。宿はもうすぐですよ」

「おう……」

 観光と美味しい食べ物のおかげですっかり元気を取り戻したシズに励まされながら、くたくたになった足をなんとか前に出し続ける。

「ありがとうシラセくん。ほら、燃料補給だよ」

 リオは涼しそうな顔で俺の口にクッキーを突っ込んできた。甘くて美味しいのだが、口の中がパサパサになって喉が苦しい。リオはそんな俺を楽しそうに見ている。こいつ、もしかしてわざとやっているんじゃないのか?

「もが」

 なんとかクッキーを嚥下すると、ようやく宿の姿が遠くに見えた。

「やーっと着いた。さっさと荷物置いてメシに——ッ!?」

 カイが腰を伸ばした瞬間、途轍もない砲音が王都に響いた。

「なんだこの音!? 魔物か!?」

 音に続いて空がパッと明るく光る。これはもしかして……。

「ああ、大丈夫だよカイくん。別に魔物じゃないから」

 慌てるカイの肩をリオが抑え、くるっとその体を一緒に反転させる。

「見てごらん!」

 リオにつられて振り返ると、王都の空に一面の光の花が咲いた。

「花火だ……」

「そのとおり。王都ではこうしてよく花火を打ち上げるんだよ。魔物が跋扈するこのご時世にこんな大胆なことができるのは王都ぐらいだね。王様の権威を示す意味もあるんだろうけど」

 リオの解説はしかし仲間の耳には入っていない。騒いでいたカイも、ヒサラもシズも上空に咲く花を食い入るように眺めている。

「うおーッ! すげー!」

「やば……なにこれ」

「綺麗……」

 花火の光に照らされる仲間を見て思う。

 結奈、待たせて悪い。もうちょっとだけこいつらとの旅を楽しませてくれないか。


 ***


 ――某日、ウアル領クロセド近郊。街を見下ろす小高い丘の上。

 雨が降っている。外套はすでにずぶ濡れで、隙間から雨粒が体を這うように流れる。

 普段なら雪のまま降ってくるはずのその雫は、体温を下げるには十分すぎるほど冷たいのに、今の自分にはむしろ温かく感じる。自分の体がもう下がることのないほど冷え切っているのだ。

 手に持ったスコップでは、ウアル特有の石が多い地面をなかなか突き刺すことができない。作業を始めてから半日ほど経つのに、まだ膝下ほどの深さしか掘り進められていない。

 こんな穴では、人を埋葬することはできない。

 後悔をかき消すように、自分の愚かさに八つ当たりするように、力任せにスコップを動かす。

 どこで間違ったのか、何がいけなかったのか。

 答えが出るはずもなく、ただ、雪の残る街に透明な息を吐いた。

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