4-2. 仕方なくね?
鐘が鳴ったと気付いたのは、部屋に戻ってしばらく経ってのことだった。
いつの間にか俺も船を漕いでいたようで、意識の端から聞こえてくる低く鈍い音が何度か鳴った後で、ようやくそれが鐘の音だったと認識した。
「おい! 起きろってカイ!」
「……ふがっ!?」
涎を垂らしていびきをかくカイの肩を揺すり、ようやく起きたところでドアがノックされる。
「シラセさん、起きていますか?」
ドアの外から聞こえてきたシズの声に急いで身なりを整える。
「んあーっ……朝?」
「んなわけあるか。幽鬼が出たんだよ」
寝ぼけたカイに無理矢理木刀を持たせて廊下に出ると、シズとヒサラは準備を済ませていた。
「遅いよ。カイもさっさと起きな、さいっ!」
「いでっ!?」
ヒサラが思い切り背中を叩き、ようやくカイが覚醒する。
「お? あ! 教会か! わりー寝過ごした!」
「言われなくても分かってるから。さっさとして」
宿の出口まで来ると主人がランタンを手に待っていた。
「これを。無いよりはいいでしょう」
「ありがとうございます。行ってきます!」
宿を出ると、月明かりがあるとはいえ村は暗く静かだった。あれほど大きな鐘の音が聞こえないはずはない。もう明かりをつける必要の無いほど慣れてしまったのか。
「教会は林を抜けた先よ。シズ姉、悪いけど光衛は少し多めに展開できる? 貰った灯りだけじゃ心許ないかも」
「そうですね……アムル・エ・リリアラ」
呪文を唱えたシズの周りに光の球が出現する。それは普段の戦闘時よりも若干数が多く、おかげでより広い範囲を照らしてくれた。
「ヒサも神聖術でばーっと光らせればよくね?」
「あんたも巻き添えになるけどいい?」
「……スミマセン」
「それに傷の治療を誰がすると思ってんの。神聖術はなるべく使わないようにしないと」
ヒサラの言うことはもっともだ。龍を堕とすほどの威力を持つとはいえ、攻撃を神聖術に頼れば肝心の回復が疎かになる。
「攻撃はカイとシズ姉、防御と拘束はシラセさん、回復は私で。シズ姉はともかくシラセさんは防具も無いんだし気を付けて」
「ああ、分かってるよ」
教会へと走り出すシズとヒサラの背中を追いながら、歯痒さから鉄槌を握り締める。盾も防具も無い防御役などへなちょこでしかない。せめて幽鬼を引きつけるぐらいは働かないと。
……いや、俺が無理をする必要はあるのか? 今回だってカイがなんとかしてくれるだろうし、いざとなったらヒサラの神聖術がある。だったら俺は自分の身を守ることに専念すれば——
「シラセ、あんま変なこと考えるなよ?」
横からカイの声が聞こえてきた。いつの間にか俺の隣を並走しているカイは、前を走るシズやヒサラに届かない小声で話しかけてくる。
「分かるんだよ。オレらに任せときゃいいやとか考えてんだろ?」
「う……」
「そーいうこと考えてると咄嗟の時に判断が鈍るぜ。結局それで足引っ張ることになる」
腹の中を見透かされて恥ずかしさが込み上げてくる。走っていることもあって汗が噴き出す。
そんな俺を見かねたのか、カイはパッと笑顔になった。
「まー気にすんなって。オレも頼りにしてるからな。逃げんなよ!」
「悪い、助かる」
カイの言うとおりだ。先ほどの考えをかき消すように俺は頭を振った。
教会に続く林を抜けた先は開けた丘陵になっていた。頂上に月明かりに照らされた廃墟がうっすらと見える。あれが件の教会だろう。無論、鐘なんてどこにも見当たらない。
先頭をシズからカイに交代して離れたところから教会の様子を伺う。廃墟と化しているとはいえ、教会はオリヴェルタには不釣り合いなほど大きい。そんな建物の打ち捨てられた状態にやるせなさを覚える。
「横から入るか?」
「悪くねーけど光でバレそーだな。逆にオレたちの方が不意を突かれっかも」
カイは肩を木刀で軽く叩き、うっすら笑みを浮かべていた。
「……楽しそうだな」
「まーな。自信ねーよりはいいだろ?」
「油断しないでよね」
「トーゼン。ヒサも危なくなったらすぐ逃げろよ。シズさんもな」
シズは緊張の面持ちで頷いた。カイは俺に対しては何も言わない。俺がどうすべきかはもう聞き終わっていたからだ。
カイを先頭に、ドアの無くなった正面入口から教会へ足を踏み入れる。
「……静かだ」
教会は不自然なほど静寂に満ちていた。入口付近にはまだ屋根が残っているが、奥の方は吹き曝しの状態で月の光芒が降り注いでいる。
「消えたのか? もしかして鐘の鳴っている時しか現れないとか?」
奥を確かめようとする俺をカイが左手で制する。
「いや、いるな」
カイはそう言って木刀を構えた。視線は身廊の先、神教の祭壇に向けられている。そこあるのは朽ち果てた神教のシンボルだ。
突然、祭壇の前の空間がぐにゃりと歪んだ。空間の歪みからゆっくりと、灰色の霧のようなものが出現する。それはどんどんと人の形へと姿を変えていく。
「なにあれ……人間?」
「あれが幽鬼だろ。少なくとも雑魚じゃねーな……来るぞッ!」
カイの叫びと同時に幽鬼の手から何かが射出される。それを認識する前にカイが木刀で受け止めると、金属の擦れる音が教会に響く。
「行くぞシラセ!」
木刀で射出物を振り払ったカイが身廊を駆ける。
「シズ! ヒサラ! 後ろは任せる!」
「はい! ケリト・ウォル……」
後衛の二人を残してカイの後を追う。すぐに後ろからシズの呪文が聞こえてくる。
〝剣舞〟で強化されたカイはすでに幽鬼との間合いを詰めていた。
「うォらァッ!」
踊り掛かったカイの木刀が幽鬼を真っ二つに斬り裂く。カイが勢いそのままに距離を取ると、今度は幽鬼の足元から藤色の光とともに鋭利な水晶が飛び出した。
「……効いてない!?」
カイに袈裟斬りにされシズの晶術で貫かれても、幽鬼の体はすぐに元に戻ってしまう。
「幽鬼っつーぐらいだからな。実体がねーんだろ」
「そんなの無敵じゃ——」
「上だッ!」
カイの叫びに咄嗟に顔を上げる。その先に黒い円環が見える。あれはまさか……。
「ぐっ!?」
思考は体への衝撃によって阻害された。カイが俺の体を掴み倒したのだ。すぐに俺のいた場所に黒い矢が幾重にも降り注ぐ。手放してしまったランタンが跡形もなく破壊される。
「馬鹿! 油断すんなっつったろ!」
「悪い! でもあれは……」
「ちょっと待て。あいつ消えやがった」
立ち上がったカイが目を尖らせる。幽鬼の姿がどこにも見当たらない。灯りを失ったせいでなおさら周囲の状況が視認できない。
「きゃあっ!?」
突如、背後から悲鳴が聞こえた。振り返れば壁際まで後ずさるシズとヒサラの姿が見える。
相対しているのは先ほどまで俺とカイの目の前にいた幽鬼だった。光衛の自動攻撃を意にも介さず幽鬼はシズ達に近付いていく。
「ヒサ‼︎」
それを見たカイが疾風のように駆ける。間一髪のところで間に合ったものの、カイの斬撃はまたしても幽鬼の体を素通りしてしまう。
「くそったれ! これじゃ離れらんねーよ!」
「もう一度私が魔術を当ててみます!」
「カイ! あたしも神聖術でなんとか……」
シズとヒサラを庇いながら応戦するカイ。図らずも状況は頭に浮かんだとおりになっていた。
いいぞ、これなら俺に危険は及ばない。幽鬼の倒し方はそのうちヒサラあたりが気付くだろう。俺は見ているだけでいい。仕方ない、仕方なくね?
——オレも頼りにしてるからな。逃げんなよ!
「こっちだ‼︎」
気付けばあらん限りの声で叫んでいた。
走り出す俺の足は祭壇へと向かう。そこにあるのは神教のシンボルだ。辿り着くや否やそいつに思い切り鉄槌を振り下ろす。教会に鈍い金属音が響き渡る。
確証は無かった。先ほど出現した円環がヒサラの神聖術と似ていたというだけの理由だ。
だが、俺の勘は当たった。
「そっち行ったぞ!」
カイの声が聞こえるが早いか、俺は祭壇から引き剥がされた。体に痛みが走り喉が苦しくなる。幽鬼だ、幽鬼が俺の首を絞めている。振り解こうとしても触れることができない。
「かはっ……シ……」
「シラセさん!」
薄れゆく意識の中で指をある場所に向ける。幽鬼の背中越しに視界に映る、あの『鐘』に。
「シズ……上だ……うぇ‼︎」
「っ……イルファ・エ・フエルテッ‼︎」
俺の意図を汲み取ったシズが焔術を空に放つ。赤い光が中空に浮かぶ鐘に向かい、触れた瞬間に爆発を起こす。実態の無い鐘は跡形もなく消し飛んだ。
途端に幽鬼が雄叫びを上げて苦しみ始める。黒い円環が、黒剣が黒槍がいくつも周りに出現する。だがそれと同時に幽鬼の纏っていた灰色の霧が薄くなっていくのが分かった。
「……カイ‼︎ 今——」
「伏せとけシラセ!」
走り込んできたカイの姿に咄嗟に頭を下げて、
「
目の前の光景がまるでスローモーションのように流れる。灰色の霧が消えて顕になる紺色の祭服を着た骸骨。それを居合で切り伏せるカイ。消える黒い神聖術。降り注ぐ月の光芒。
幽鬼の消えた教会跡に、最後に一度だけ鐘の音が鳴った。
***
「シラセさん、馬鹿じゃないの。あれほど気を付けてって言ったのに」
俺に神聖術による治療を行うヒサラの小言が飛んでくる。
幸いにも俺の怪我は大したことなく、他の三人も無事だった。幽鬼に首を絞められた時はどうなることかと思ったが、終わってみれば軽傷で済んだことに安堵する。
「しっかしよく気付いたな。あんなとこに鐘があるなんて」
カイは空を見上げながら言う。シズが焔術で破壊した鐘は祭壇の頭上に位置しており、外や入り口付近からはちょうど影になる部分だ。
「偶然だよ。カイに言われて上を見たから気付いたんだ」
幽鬼により出現した黒い円環と一緒に俺の視界は奇妙なものを捉えていた。それが空中に浮かぶ鐘だ。一瞬しか見えなかったものの、その存在は目に焼き付いていた。鐘をシズに攻撃してもらったのは一言で片付けるなら勘だ。
「あの攻撃は神聖術みたいだったし、幽鬼の正体はヒサラが言っていたこの教会の神父かもな」
「だから祭壇に向かったのね」
聖職者なら神教のシンボルを傷付ける人間は許さないだろう。結果的に幽鬼は怒り、俺にターゲットを変更した。あとは流れに身を任せただけだ。
「やるなーシラセ。オレだったらあのままずっと斬りまくってたなー」
「止めを刺したのはカイだろ。格好良かったぞ、あの必殺技」
「神薙っつーんだぜ、すげーだろ!」
得意げに胸を張るカイにヒサラは首を傾げる。
「それ、神を薙ぐってこと? それとも神が薙ぐ?」
「あ? あーそれは考えてなかったわ。ヒサはどっちがいい?」
「あたしに聞かないでよ……」
話を続ける兄妹を放っておいて、祭壇で祈りを捧げるシズのもとに向かう。
「体は大丈夫か?」
俺の問いかけにシズはゆっくりと目を開いた。
「私は怪我もありませんから。シラセさんこそ、無茶をされたのにもう動いて平気なんですか?」
「俺だってかすり傷だよ。それもヒサラが治してくれた」
「良かった……シラセさんが幽鬼に捕まった時、すごく怖かったんです。取り返しのつかないことになりそうな気がして」
「それは……」
俺とは正反対だ。結果的に体が動いたからいいものの、俺はまたシズを見捨てそうになった。
返事の途切れた俺を見てシズが話を続ける。
「幽鬼はシラセさんのおっしゃるとおり、この教会の神父さんだったのでしょうか?」
「聞いていたのか」
「ええ。それに一体なぜオリヴェルタの方達を困らせるようなことを……」
「ひょっとしたら、別に困らせるような意図は無かったのかもな。夕食の時に領人さんが言っていただろ? 今年は村ができて百年の節目だって」
「あ……」
「神父がいつどういう理由で亡くなったのかは分からない。でも村を祝うために現れたんだとしたら、住民に攻撃されたから応戦するようになっただけで、本当は危害を加えるつもりもなかったのかもしれない。俺はまあ、こいつをぶっ壊そうとしたから例外だ」
そう言って眺める神教のシンボルには、鉄槌でぶっ叩いた痕がはっきりと残っている。
「そういう意味じゃ、俺も神様に嫌われたかもな」
「……ありがとうございます。シラセさんも……きゃっ!?」
「うわっ!?」
弛緩した空気から一転、祭壇にいるシズの姿が突然光に包まれた。いや違う、俺とシズの足元から幾重もの光の束が吹き出している。すぐに目が眩んで何も見えなくなる。
「シズ姉!? シラセさん!?」
ヒサラの声が聞こえてくる。しかし光に遮られてどこにいるか分からない。
嘘だろ? まだ終わっていないのか?
戸惑いながら次の戦闘を覚悟するものの、その予想はすぐに外れた。光の束は地面から噴き出し終わると、先ほど鐘があった空中まで昇って弾けたのだ。
教会に、光の粒が降り注ぐ。
「なんだこれ!? すげー!」
「綺麗……」
カイもシズも呆気に取られている。ヒサラを見ると、光の粒を掌に乗せて観察していた。
「これ、神聖属性の魔粒子よ。こんな膨大な魔力、さっきまで全く感じなかったのに……」
「幽鬼が神父だとしたら、蘇ったのもこの魔力のおかげなのかもな」
「それって魔力が枯れてねーってことじゃん」
「そういうことになりますね。もしかするとこの場所はまた神域に戻るのかも」
それを聞いて舞い降りる光の粒を再び見上げる。ここが神域として復活すれば村も活気を取り戻すかもしれない。それなら頑張った甲斐があるなと、そう思った瞬間、
——あぁ、かみさま……。
「っ!?」
唐突に誰かの声と色褪せた光景がフラッシュバックする。
木々の間から見える青空と降り注ぐ光。こんなの、どこかで見たことがあっただろうか。
「シラセさん?」
「……大丈夫だ。ちょっと疲れたし、さっさと帰って休もう」
頭に浮かんだ光景に疑問を抱きながら教会を後にする。
結局、俺達が宿に戻ったのは朝日が登る少し前だった。宿の主人に報告すると、部屋に戻った俺は倒れるように眠りについた。
***
「ヒサ、ちゃんと食えよな。こんな料理が食えるの次はいつになるか分かんねーぞ」
「だからわかってるっての。ほんとこれうますぎだって……」
「調理方法も教わりましたし、今度マリィに作ってもらいましょう。香草は栽培できるかしら」
目の前で怒涛のように料理が消えていく様を俺は頬杖をついて眺めていた。
幽鬼討伐の後、俺達は昼まで眠っていたらしい。起こしてくれたのは宿の主人で、顔を合わせるなり深々と頭を下げてきた。俺達が寝ている間に教会に出向いたそうで、幽鬼が消えたばかりか魔力が溢れる様子を見て驚いたそうだ。お礼も兼ねてまた食事を振る舞ってくれることになり、こうしてまた俺達は宿の食堂を賑やかしている。
「いやはや、ここまで食べられるとは」
そう言ったのはオリヴェルタの領人だ。昨日よりも顔つきは穏やかで物腰も柔らかく、最初にシズと形式的な挨拶を交わした後は食事を楽しんでいる。
「朝から何も食べてないんですよ。それにここを出たらまた野宿なんで許してやってください」
「構いませんとも。皆さんは王都に向かわれると聞きましたが、となると次はアイザですか。あの街は用心した方がいい」
「用心というと、治安が悪いとか?」
「いえ、アイザはとてもいい街です。領人による管理も行き届いていますし、街全体に活気が溢れている。……ただ、少し気になる噂があるのです」
領人は食事の手を止めてシズとヒサラに視線を向ける。
「アイザの街で最近、若い女性の旅人が失踪するという噂が流れているのです。なんでも満月の頃に忽然と姿を消すとか。皆さんがアイザに着く頃にはちょうど満月だ。もしだったら少し遠回りをした方がいいかもしれない」
「失踪……穏やかな話ではないですね。ご忠告ありがとうございます」
謝辞を述べる反面、遠回りは難しいだろうと考える。領主を怒らせないためにも余計な遅れは避けなければならない。それでもシズやヒサラに何かあればそれこそ元も子もない。用心しておく必要はありそうだ。
その後も歓待は続き、気付けば昼もとっくに過ぎていた。テーブルに溢れんばかりだった料理は綺麗さっぱりなくなり、シズ達は満足げな表情を浮かべて食後の紅茶を楽しんでいる。
「ダメだーもう動けねー」
「当然でしょ。シラセさんの分まで食べたんだからちょっとは苦しむといいわ」
椅子に寄りかかるカイをヒサラが嗜める。
「そ、そうですよカイくん。人の分を食べるのはよくありません!」
「シズ姉も一緒に手をつけてたの、ちゃんと見てるから……」
動けないカイを食堂に残して、幽鬼討伐の報酬を受け取るために三人で宿の受付に向かう。
受付には先に食堂を出た領人が女将さんと話していた。改めて謝辞と幾らかの謝礼を貰い、そのまま領人を見送る。帰りしな、頭を下げる領人にヒサラは曖昧な表情を浮かべていた。
「お約束したとおり、何でも好きなものを持ってってください!」
宿の主人は雑貨店を兼ねた受付のカウンターから笑顔で言った。後ろの棚には調理器具などの日用品から武器や防具まで様々な品が並んでおり、どれも今の俺には必需品に見えてくる。
「あたしは食料と服、それに何冊か本が貰えればいいわ」
「四人の旅ですしもっと大きな鍋があればいいのですが……あら、なんだか見慣れない機械が。あの綺麗な装飾品はなんでしょう? こっちの球体は?」
シズとヒサラが品選びをする隣で装備を吟味する。とりあえず必要なのは防具だ。古くてもしっかりしたものが欲しい。それと武器。折れ曲がった鉄槌の代わりを探さないといけない。
「旦那にはこいつがいいんじゃないですか?」
あれこれ考えている中で宿の主人が差し出してきたものは、綺麗に磨かれた鋼鉄のメイスだった。先端が大きく膨らんでおり威力が高そうな印象を受ける。
「いいんですか? 俺はそこの樽に入っているもので十分なんですが……」
「構いませんよ。飾ってばっかじゃ武器も泣くし、旦那に使ってもらえるんだったら本望です」
主人の好意に甘えて俺はそのメイスを貰うことにした。あとは板金の防具といくつかの下着類だけ。欲張りすぎない方がいい。
見ればシズもヒサラも品選びを終えていた。ヒサラが貰ったものは予定どおりだったが、
「シズ、それは何だ?」
シズが手に持っているもの、それは毛糸で作られた動物のぬいぐるみだった。とんがった耳と細長い尻尾に黒い髭。そしてどこかで見たことのあるむすっとした表情。
「猫ちゃんですよ。可愛いでしょう?」
「かわいい……?」
動揺する俺の前でヒサラがぬいぐるみに顔を近付ける。
「これ、ちょっと魔力が篭ってるかも。闇っぽい」
「魔力? それって大丈夫なのか?」
「この大きさだったら問題無いと思う。製作者の魔力が知らないうちに人形に流れるの」
魔力の篭ったぬいぐるみか。俺の世界のオカルトみたいに夜な夜な動き出さなきゃいいが。
シズはぬいぐるみ以外にも日用品をいくつか貰い、これで三人とも品選びが終わった。
「そういえば、カイくんの分はどうしましょう?」
受付を出たところでシズが思い出したように口にする。
「あいつのはあたしが選んでおいたから」
それに答えたのはヒサラだ。食堂に戻ると、椅子に寄りかかるカイにヒサラは何かを渡した。
「はい、これがカイの分」
「おーありがとなー……って、これ貰っていいのか!?」
受け取ったものを見てカイが驚いている。それは装飾の施された鋏と櫛だった。
「あんた、短剣で切ろうとするとうるさいんだもん。今使ってる櫛もボロボロだしちょうどいいでしょ?」
「ヒサ……お前、いいやつだな」
カイは先ほど苦しんでいた様子も何のその、立ち上がってヒサラの頭を撫でた。ヒサラは迷惑そうな顔をしていたが、それでもカイの手を振り払おうとはしなかった。
俺達はその日のうちに出発することにした。元々一泊の料金しか払っていなかったし、これ以上長居して村の中で目立つのもどうかと思ったからだ。宿の主人や女将は残念そうにしていたが最後には快く送り出してくれた。
報酬を受け取って重くなった荷物を背負い、俺達はオリヴェルタを後にした。
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