いつか深海に眠るとしても

丘上

第1話 葬送



 『警告! ローエングリン憲章第二種に抵触しています』 


 バイクの時速二百三十キロメートルオーバー。法定速度はとっくに超えて、フルフェイスのシールドに警察からの警告文が点滅する。段階毎にピーピー鳴ってうるさい文字の色が黄から赤に変わった。最後通告レッドアラート、流石に問題になるから自重しよう。アクセルを戻してシフトダウン。百九十キロメートルの表示を見ながら維持。これくらいなら文句ないでしょ。戦闘機乗りからすると散歩程度のスピードと危険度なのにわずらわしい。


 愛車のエオリコSNナントカ……、って型番言える乗り物オタクの記憶容量はどうなってるのかしらね。家族の顔が思い浮かぶ。私以外メカニックな家系、というか私が異端児か。愛車のハムスターのモーター音が小さくなると、警告文も黄色に戻った。一般的にはセーフとは言わないけど細かいことはどうでもいい。


 にしても、憲章第二種、通称貴族法、か。私はまだ貴族らしい。なにがおかしいのか自分でも分からないけど無性に全部下らなくて口角が上がる。果てしなく続く一直線の地下トンネル、時折安全第一民を追い越す以外に代わり映えがなく、坑道側面のライトと非常灯が規則正しく視界にちらつく催眠攻撃に耐えていると、数時間前の基地内の茶番が思い出された。



 「はい、いいえ。お貴族ジョークですかあくびでアゴ外れそうなほどツマンネ寝言は寝て言えっサー」

 「え、いや、冗談とかではなく。てか君上官にそれはありえないから、気をつけてね」

 「はい、いいえ。冗談ではないならもう足枷はないからマウントとるしか能のない連中を粛清しようか浅慮中でありますサー」

 「浅慮やめて? せめて熟慮しよう? いやよく考えても皆殺しはダメ、絶対。あと語尾にサーつけたら敬ってやってる感もやめて」

 「はい、いいえ。要点を復唱します。父、ウッドストック伯爵が横領の容疑、我がウッドストック家は取り潰し、軍属の私も罷免、確定ならばとりあえずどさくさに紛れて嫌いな何人か消しとこうか今ここサー」

 「ちょっ、ガン見しながら怖いこと言わないで。俺わりと理解ある上官のつもりだったんだけど、実はメッチャ嫌われてんの? 今もべつに君を笑うとかじゃなく忠告のつもりで情報をリークしたのに。……まぁ実際気をつけろ。醜い足の引っ張り、よく聞く話だ。伯爵の不正が事実かどうかはあまり関係ない。瓜田李下かでんりか、疑われることが貴族社会の汚点、てやつが他人を攻撃する輩の手口だからね」


 そういうやつに限って自分のグレーな噂は事実無根って大声で叫ぶんだが。

 そう言ってやれやれと肩をすくめる上官に一礼して退室した。確かにこの上官はまともな側ではあった。まともではない人が軍に大勢いることがゾッとするけど、憂いるだけ無駄か。平和な時代は無能がはびこる。法則と言っていいほど歴史上のあるある。治にいて乱を忘れずは至言だが、所詮は乱を知る者だから言えること。治で生まれ育てば忘れる以前に乱を知らない。この国、エドゥーン星系第四惑星カダナの南半球に君臨するエクス王国は平和が続きすぎた。他の星系でも、他の惑星でも、他の大陸でも、近くの国でも戦争は起きているのに、いくら昔とは戦争の質が変わったとしても、この国は危機感が薄い。


 ……本当に下らない。ただ、身分が消えて嬉しい点もある。


 「ラティシス・フォン、いや、フォンはなくなるのか。クックック。ラティシス・ウッドストック! 貴様との婚約をはき「はい喜んでー」げへぇおぼ」


 寮の自室に帰る途中で元婚約者に絡まれたから廊下の壁の染みにした。ほぼ足は止めず、すれ違いざまに、掌底であごを砕くつもりで、バスンと。風呂場のカビと水垢が全落ちしたくらいスカっとした。


 「どけ「ぐほっ、なんっ」」

 「「「ヒエっ」」」


 言いながらどく前に取り巻きのひとりのリトルぼっちを蹴潰し自室に帰って荷をまとめた。どこの社会も同じだけどとりわけ貴族はナメられたら終わり。元婚約者の顔とついでに取り巻きの股間も治るけど、経歴の傷は消えないからアイツ一生肩身が狭いはず。ボクちゃん何が嬉しいのか何故か得意気に婚約破棄した瞬間病院送りにされたIQ一桁羞恥プレイヤーでちゅ、ついでに取り巻きは嬉ションしたら躾けられたでちゅ、とか裏掲示板に書かれてこの先ずっと陰口を叩かれて見下されるのよウッワ言ってて自分でも同情しちゃう軽い地獄ね。庶民でも終了やんアイツ確か王子だったような。


 約一万年前、人類がまだ地球にいたころの、忠臣蔵って史実に基づくお話が好き。城内は脇差しの━アニメのサムライしか見たことないけど刀をチャキって鳴らすやつ━鯉口を切っただけでも即日切腹のルールがあるのに、城内で目上の老人にイヤミを言われたらキレて、藩主の自分は一族と家臣が路頭に迷う御家断絶と切腹を承知で斬りかかり、家臣一同事後に切腹を承知で討ち入りした。この話の何が凄いって目上の老人視点で観ると、お子様庶民グループのイジメの一%程度でとんでもない数の敵に自爆特攻されて自分も味方も屋敷も吹き飛んだ挙げ句ざまぁって末永く悪役老害認定された、全員死んだメリバ。これが身分社会。庶民はともかく貴族とは、格が上でも下でも命より重い誇りを傷付けた者は何があろうと始末する。だから無駄に敵を作らないよう礼儀作法を重んじる。ナメられないよう、尊重してもらえるよう文武両道の人格者に近付く演技くらいはする。身分の高い人ほど軽率な言動は慎み日夜努力する。だからこそ身分の高い人は地位に見合った要職に就くことを認められる。


 元婚約者のようにそういう当たり前が分からない、身分が上の者は左団扇で下の者になにをしても許されるのが身分社会と勘違いする無能が湧くのが平和な時代の特徴なのかもね。ホント下らない。



 地下から緩やかな坂を上ってトンネルの出口へ。数秒宙を飛びながら目を細めた。薄緑の人工灯から燃えるような夕陽に切り替わる心の準備が出来ていなかった。可視光線の波長が云々なんて詳しい中身は知らないけれど、自転のなにかしらでこの星カダナの夕焼けは短い。風情のある夕焼けソングを歌い切る前に暗くなるほど短い。だから人々は夕陽を見ると縁起が良いのか悪いのか、どちらかに受け取る。


 私の心境だと凶兆かしらね。思考シンクタップでシールドを遮光に変えながら目線を戻してバウンドする愛車をコントロールする。

 陰影を深めた街並みが遠く地平線に広がる。景観警察(笑)の好みにお任せしたらなんの味もしない画一的な箱だらけの中に異物の玉ねぎ城がひとつ、王都ペテロパレス。

 勤務していた基地からここまで三時間。実家はもうすぐ。王都勤務の兄さんたちも帰ってるのかしら。そして、父さん。


 多分手遅れ。というか間に合っても無理。

 諦めてはいるけど行動は早いほど良い。そう自分に言い聞かせて速度を落として王都に入る。軍人だからいちいち落ち込んではいられない。と強がりたいけど身内はキツイわね。

 

 城を中心とする第一区画に建つ実家へ久しぶりの帰宅。一応一等地に一軒家だけど伯爵位にしてはこぢんまりしている。領地を持たない法衣貴族だからね、特に裕福でもないし。しかも代々メカニック専門だから油というか鉄錆臭い。


 懐かしい匂いに包まれ玄関を開けた。開けてくれるお手伝いさんもいない。家の中は静まり返っていて、だけど人の気配はして、だから全部察して居間に向かうとソファに一番上の兄、シュヴァインが両手で顔を覆ってうずくまっていた。


 「ボア兄さん」

 「……ああ、ラッテか。おかえり」


 流石に泣いたり取り乱したりはしていないが、ずいぶんくたびれた顔を上げて兄さんは挨拶した。ラティシスの愛称、ラッテと久し振りに言われてくすぐったい。可愛いネズミちゃん、のニュアンスがある幼い呼び方だからもうやめてと何度もお願いしたけどやめない。いつも感じる。ここに帰ると時間が子供のころに巻き戻るような気恥ずかしさがある。


 「父上は……、寝室に寝かしてある。お前も最期の挨拶をしておいで」


 兄は特に説明することはなく、私も頷いて寝室に足を向けた。私も兄もこうなることは分かっていた。

 ベッドに眠る父さんを横から覗いて、顔に被さる白布をめくった。


 「父さん、ただいま。お疲れ様でした。……ったく、ウチは技術屋なんだから貴族らしいケジメとかいらないのに」


 不正を疑われた高官は皇帝から毒酒を贈られて飲まなくてはいけないという、切腹とは別の国がルーツらしいけど、まぁノリは同じね。身分の高い人は死に方にも誇り高い格式が求められる。

 流石に現代は王から毒酒を贈られるわけじゃないけど、自決用の毒ととびっきり高価な酒を備えておくことが貴族のたしなみとされる。


 ハァ、下らないったら下らない。私はいつ死んでも文句はない戦場を選んだけれど、父さんは同じ軍属でも裏方、整備の責任者であってこんな死に方が相応しい人ではなかった。


 とりあえずお家取り潰しは確定ぽいから自室に向かう。まだ確定じゃないかもとか、そんな可能性はどうでもいい。もとより身分も財産もたいして興味がない。家族以外に執着するものがない。

 自室になにかしら思い出の品でもあるかと思ったけどなかった。じゃあもう未練はなにもない。先手必勝。家族以外の全てを捨てる前提で、後手に回る前に方針を決めちゃいましょ。


 「おっと、早いなラッテ、おかえりー」


 部屋を出ると斜め向かいの部屋から二番目の兄、プフェートと鉢合った。今年三十になったかどうだったか。ボア兄さんもだけどプー兄さんも久し振りに会うと少しだけ大人びていて、子供に戻る自分との乖離が居心地悪い。そんなリンゴパイをかじるとリンゴが入ってなかったような顔の私にお構いなく、研究者肌の兄はボサボサ頭をかきながらニヒルに笑った。


 「葬式と家の後始末については弁護士と話をつけた。あとなんかしといたほうが良いことあったっけ?」

 「嘘。社不(社会不適合者)のプー兄さんがしっかりしてる」

 「ハッ、たまには社会とやらに俺が合わせてやるさ。兄貴がしばらくヘコみそうだからこんな時くらいはな」

 「ボア兄さんは父さん似だもんね」

 「あー、なんだろな、俺らには分からないダメージがあるっぽいな」

 「一緒にしないでくれる。まぁ分からないけれど」


 この次男、プフェート兄さんは天才ってやつだ。人の心が分からないというか他人に興味がない、という意味の。我がウッドストック家は全員軍属だった。好みではなく義務として、軍関係の要職に就かなくてはいけなかった。まぁ進む道は好みだけど。国家運営の要職は王侯貴族のものだからそうなる。

 ウチは伝統的に整備を担当してきた。兵器なんて軍事機密の塊だからね。


 言われてみれば当たり前だけど一般人は考えたこともない話。軍隊は銃火器を持って走り回る兵士だけの組織ではない。責任者としての制服組がいて、輸送に特化した運ちゃんがいて、記念式典にラッパを吹いて行進するミュージシャンがいて、食堂のアイドルがいて、国賓を警護する儀仗隊イケメン(本当に容姿も採用基準になる)がいて、憲兵、ミリタリーポリスM Pもいて、給料管理や寮の清掃や日用品を備蓄する総務部もあって、会見を開いてマスコミに説明する報道官もいる。


 父さん、ウッドストック伯爵は後方支援の整備部隊を総括し、軍隊内の階級は大佐。若いころは一整備士から始めて現場に入り浸って工具を握っているのが好きだったらしい、生粋の職人肌。私を産んですぐ母が亡くなって、男手ひとつで育ててくれた、てこともなくほぼ放任主義というか放置だったけど、腐敗が目立つ貴族社会にあって自己を貫く姿勢は尊敬できた。

 父さんは祖父の生き方をなぞり、長男のシュヴァイン兄さんは父さんの生き方をなぞっていた。変人のプフェート兄さんは多分アニメの影響で開発部に入り、どうやらロマン兵器を本気で作ろうとしていた。

 そして私、今年二十六になる三兄妹の末娘のラティシスは、縁の下の力持ちがモットーの我が家の伝統を脱して戦闘部隊に入隊。対人訓練は当然として、特殊車両の扱いを片っ端から学び、シミュレータ上とはいえ戦績無敗を以て航空部隊に配属されてエースの看板背負ってた、んだけどな。

 ま、終わったことでウジウジしてもね。


 「私は罷免されそうだからさっさと抜けてきた。兄さんたちも?」

 「ああ、なんか今日に限って職場がわちゃわちゃしてたが送別会ってやつだったのかな。無視して帰ってきたけど」


 それ多分イヤミとかでしょうね。プー兄さんに有象無象の声は届かないのにご苦労さま。


 「兄貴は、まぁ、クビは堪えたみたいだな。整備工場で寝泊まりする機械フェチだから」


 うーん、そのへんはどうにかなりそう。てかプー兄さんもこの余裕、何手か先を読んでるわね。頼もしいじゃない。あと私には二人の兄の嗜好の違いが分からない。まさか自分は機械フェチじゃないつもりなのかしら。


 翌日、近郊の海岸にて葬儀を行った。どうせ誰も来ないと分かっていても、すわりが悪いから知人が駆けつけて来れる猶予を作り、始めたのは夕方近くになってしまった。大小無数の島で構成されたエクス王国は水葬が一般的になる。墓のスペースが惜しいという土地事情があるし、地球を脱出して宇宙を旅した一派がここに辿り着いて建国したころ、海を神聖視する宗教が盛んだった名残りらしい。


 「エルツヴァイゲ・ウッドストック。母より生まれ、母なる海に還れ。生は巡り巡る潮流のサイクル。次の生に備え、泡沫うたかたの夢にまどろむがいい。安らかにあらんことを」


 法衣を着た見た目だけの僧侶が定番のフレーズをおざなりに唱えて、簡素な木棺ごと父さんを海に面した川に流すと、喜捨もらうものを受け取ってそそくさと立ち去った。

 木棺は沖まで流れることはまずない。付近の入江に沈むらしい。だからエクス王国では海釣りは敬遠される。近場の魚のエサを想像すると……、ってとこ。気にしない剛の者も多いけど。


 さ、切り替えましょ。私はてのひらを叩いて大きな声を出した。


 「とりあえずキャストン星系行きましょ。この国を捨てるのは当然として、ハンパに関わりたくないからこの星系も捨ててスッキリしたいわね」


 普通は亡命は難しい。私たち三兄妹、国家機密を大量に知るって、事実かどうかは別としてそう思われる立場だから。でも多分国は簡単に出られる。暴力的に抑えようとするだろうから暴力で解決できる。得意分野よ。

 プー兄さんもノーリアクションで川に背を向けて歩き出した。私よりドライ。一方ボア兄さんは。


 「エルツヴァイゲ・ウッドストック……、フォンも伯爵もナシかよ。まだ公的には剥奪もなにもない、どこにも瑕疵かしはないのに、冠婚葬祭の時だけ現れるハイエナにすらナメられるって、安らかに眠れるわけねぇじゃねーか」


 私とプー兄さんが振り返ると、ボア兄さんは身体を川に、顔は曲げて海を見ていた。表情は影に隠れて分からないけど、小さく震えるほどこぶしを握りしめている。私と多分プー兄さんも俗物の言動は気付いた上で「だからなに?」だったけどボア兄さんは違うみたい。ひょっとして愛国心の差、かな。ちなみに喜捨のために端末を近付けた一瞬でプー兄さんが乗っ取ってたからアイツ後でいろいろ暴露されるかも。


 「知人に通達したけど参列者もなし。薄情なもんなんだな。……父上は、疑われたことが貴族の恥、という意味で自害したんじゃない。不正なんてするわけないだろ、て言ってくれる味方がいないことに失望して自害した。現場で働いていたころは毎日顔もツナギも油に汚れて、周りからは上級貴族ブルーブラッドのくせに労働者階級ブルーカラーと揶揄されて、それでも整備の仕事は楽しくて誇らしい。あの寡黙な人がそう俺に照れながら語ったこともあったんだぜ? あの時の父上は珍しく酔っていたからな。仕事はまるで貴族らしくないけれど、代々担ってきたこれこそが貴族の在り方だ。私は舞台に立つヒーローを支える黒子でいい。民が喜ぶ物語の裏方でいい。こんなに尽くした父上を、ウッドストック家を、アイツら、簡単に、……俺、悔しくて、情けなくて」

 「ボア兄さん、なに勘違いしてるの?」

 「え?」

 「貴族はナメられたら終わり。私もプー兄さんも、このまま終わらせる気はないわよ。永くこの国を影から支えてきたウッドストック家と、たったひとりで戦場の流れを変える特級戦力、その国最高の戦士に与えられるエースの称号を持つ私。天空の支配者ブルーエンプレスの私と家族をナメた全員に思い知らせてあげる」


 裏切りのエクス王国、首を洗って待ってなさい。イヤミを言った老人ほど楽に死ねると思うな。

 

 「でも、星系を離れるって……」

 「そりゃあ今ここでキレて銃を担いで城に突撃したって効率悪すぎにもほどがあるわよ(死ぬとは言ってない)。沸点低いお坊ちゃまじゃあるまいし、そこまで短絡思考じゃないわどこのタクミノカミよ」


 ったくこっちの兄も父も不器用すぎる。


 「兄貴、明確に敵がいるっつーの。今は一刻も早く身を隠したほうがいい。流石にこの国から直接宇宙船に乗るのは無理だし、意趣返しも込めて不法出国するぞ。お隣り、コリアンテ王国の知人には話をつけてある。方法は任せろ。隣りもまあまあきな臭いが……、利用しても大丈夫だよな?」

 「プー兄さんが頼もしすぎて怪しい」


 こっちの兄はビックリ。敵はエクス王国だけじゃないって気付いてるのね。いくら平和ボケだの腐敗だのって問題があるとしても、自国のエースと一流の裏方を良くて処分、最悪敵に回すって頭悪すぎでしょ? 不正の情報が出回るのも早すぎ。なんで昨日の今日で一般人の宗教屋まで察しているのよ貴族社会チャンネルでもあって盗撮生配信されて筒抜けなのかよ誰か通報しなさい。


 まぁアレよ。離間策ってやつ。どーせどこかの国がエクス王国を攻めたい、その前にエースを排除したい、せや工作員にボーナス弾んでウッドストック家に冤罪被せて潰してまえ、ってことねベッタベタな手口。 

 だからハメられたエクス王国は許そう、とはならないけど。


 お互い先が読めてると安心して笑い合う私たちをボア兄さんは眩しそうに見つめた。


 「二人とも凄いな。いや分析だけじゃなくて……。この国を、この星系を離れるって発想が自然に浮かんで容易く実行するとか……、俺には無理だ。次の家長なのに不甲斐なくて、ゴメン」

 「私は舞台に立つヒーローを支える黒子でいい、て父さんの言葉に感銘受けたんでしょ。今言ったばかりじゃん。舌の根も乾かないうちに黒子でゴメンとか言われたら天国の父さんUターンしてくるわ」


 そんであの木棺壊して海からそこの川に遡上するのかしら、ピチピチと活き良くバタフライで? 


 「いやしかし」

 「脚本書いて舞台に立つヒーローは私。プー兄さんはさしづめー、オネェとかキャラ濃いめの小道具担当?」

 「不〜意〜打〜ち〜」

 「ボア兄さんは大道具。もうこの役以外ありえないじゃん。戦車でも戦闘機でも、プー兄さんの大好きなロボットのドレス・アームズD Aでも、私が乗れば誰にも負けない。ちゃんと整備された機体があれば誰にも負けない。頼りにしてるわよ」

 「……あー、それはいいな。整備三昧、うん、悪くない。俺も、整備は父上以外の誰にも負けない。いつか父上も超えてやる。任せろ」


 ちょっとダラダラしすぎたか。昨日に続いて今日も夕焼けを拝むとは。

 いつの間にか三人肩を並べて水平線に沈む夕陽に見入った。そのまま、ボア兄さんが独り言のように呟いた。


 「俺、昔から水葬を受け入れられない。ほとんどの死体は沖に流れない。ほとんどであって全部ではない。離岸流に乗っちゃう場合もある」


 私もプー兄さんもキョトン顔。自分が鈍感なつもりはないけどこういう時はなんかコンプレックスを感じちゃう。


 「死体になってまでギャンブルすることないだろ。沖へ行く希少レアな死体は運が良いのか悪いのか? 遠く遠く流され、深く深く沈み、一筋の光も届かない、誰ひとり仲間のいない真に孤独な暗黒に包まれ、得体の知れない生物のエサになって、それのどこが弔いなんだ?」


 私もプー兄さんも答えられない。答えはない。万人が納得する幸せな死に方弔い方なんてあるわけない。ボア兄さんも答えを求めているのではなく、私たちに顔を向けて問うたのは覚悟だった。


 「宇宙はもっと孤独だろうな。無限に思える恒星を散りばめてなおそこら中が明けることない夜の海。どんなに苦しくて叫んでも誰にも届かない深い深い海。俺ひとりだったら無理だ。星一個の海にビビってる俺じゃあ。国を出よう、星を出よう、他の星系に行こうって簡単に言えるお前らは平気なのか?」


 わりと平気。でも言いたいことは分かったからこう答えてあげましょう。


 「いつか深海ディープブルーに眠るとしても、大海原ブルーオーシャンに漕ぎ出すってワクワクするわ」


 辺りはとっくに暗くなり、見上げると無限の銀河。あそこを冒険するのよ。最高じゃない。


 

 

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