ディストピア系アイドルゲームのモブに転生したので、クズ上司を演じながら推しヒロイン等を救うことにした
冬司
第1話【第九部隊☆へようこそ♩】
「……で、前任の白石記者はですね、なんか部隊の皆さんのご機嫌を損ねてしまったらしくて。
男性だったもので、ちょっと不慣れな点も多くて、大変申し訳ありませんでした」
申し訳なさそうに頭を下げながらも、後任の記者——佐倉 美咲——の目は部屋の隅々を観察していた。
久遠 湊が「フン」と鼻を鳴らした。
メディアではクールな部隊のリーダーが、今日は鼻の頭の皺を深く刻んでいる。
その手に握られたマグカップからは、苦味の強そうなコーヒーの湯気がゆらりと立ち上っていた。
記者の言葉に偽りはない。
つい先日、白石という男が広報という名目で、第九部隊のベースキャンプにやってきたことは周知の事実だ。
そして、彼が半泣きで逃げ去っていった顛末も。
——しかし、今回の仕事はただの広報取材ではない。
だがそれはそれとして、美咲は目の前の光景に少なからず衝撃を受けていた。
第三地区のシントニア本部から派遣されてきた彼女が想像していたのは、アイドルユニットという謳い文句通りの、キラキラとした雰囲気の「楽屋」。
それこそ床はピカピカで、メンバーはキラキラのニコニコ。
どこかしこに花が飾られ、明るい照明に包まれたような部屋を想像していた。
ところがどっこい、現実は廃墟に毛が生えたようなスペース。
壁にはボロボロの各地区担当ナルコスのポスター、灰皿からは煙が糸を吐く。
剥げかけたポスターには、『希望の歌声☆第九部隊』というキャッチフレーズ。
今の私には虚無と絶望しかないが?
そして第九以外のポスターに突き立てられたナイフ——
特に第三地区のポスターには、やたらと本数が多い。
美咲は思わず目を逸らした。
どんな意図があるのだろうか? いや、やっぱり知りたくない。
テーブルを囲んでポーカーに興じるのは、
気だるげな東雲 カレン、
巨人症かと思うほどの体格を持つ鏑木 万里、
金髪ツインテールのリリィ、
そして優等生風の仁科 真凜。
ライブ中には笑顔を振り撒いていた各々が、今は真剣な顔でカードを睨んでいた。
目つきがジャックナイフのような切れ味なのは気のせいだろうか?
リリィは膝にノートPCを置き、カチカチとキーボードを叩いている。
だがそのヘッドホンから漏れる爆音で、キーの音はかき消されて聞こえてこない。
.
万里は万里で、空いている手でドラムスティックでリズムを取っていた。
ただスティックがどう見ても鉄の棒にしか見えない。
テーブルを叩く衝撃で建物全体が揺れ、細かい埃が降ってきている気がする。
なんでメンバーは誰も気にしないの? 普通に怖いんだけど。
傍らでは、ボーカルの篠崎千紗が陽光の差し込む窓辺でぼんやりと外を眺めていた。
彼女だけは会話に一切加わっていない。
その姿は義兄であるコンダクター——篠崎 響の不在を憂いているようにも見える。
まるでこの部屋の誰とも別の時間を生きているかのような、浮世離れした佇まい。
辛うじて彼女が「アイドル」であるという証に思えた。
それ以外はヤバい感じのグループの溜まり場にしか見えないが。
「あ、申し遅れました。私、後任の広報担当記者の佐倉 美咲と申します。
……あの、ところで皆さん何か訓練の途中とか……?」
美咲の言葉にポーカー卓から真凜が顔を上げた。
「いえ、これは第九部隊の日常です。休憩の時間における、精神と知力の研鑽。
特にポーカーは、相手の心理を読む訓練にも最適ですから」
真凜は、その整った顔に涼やかな笑みを浮かべて答えた。
カレンが煙草をくゆらせながらふっと笑う。
「インテリぶってるけど、真凜もやっぱ第九のメンバーだよな。
修羅の国の人間はこれだから……」
「リリィもそう思います。
真凜は立派なインテリ893。ドスとジュラルミンケースだけが心の友」
カレンに続くように、ノートPCから顔も上げずにリリィが毒を吐く。
「失礼ですね。私は知性派きっての武闘派なだけです。
そもそも五島列島状態の今の日本で、まともな娯楽が手に入るとでも?」
真凜が眉ひとつ動かさずに反論した。
——五島列島状態。
各地が虫食いになった日本列島の、第九地区ではよく使われる比喩だ。
第三地区の本部周辺でさえ、物資は慢性的に不足している。
ましてや、ここは中央から離れた第九地区。
娯楽など望むべくもないのだろう。
因みに本物の五島列島はすでに存在していない。
なので第九以外の人間がこの表現を使うと、高確率でどつかれるらしい。怖い。
巨体の万里が文字通りのポーカーフェイスを保ったまま、カードから視線を外すことなく口を開く。
しかし何度見てもデザイナーの癖をゴリ押ししたとしか思えない巨女ね。
「言いすぎ。せいぜいが蜂の巣ってところ」
「どっちも大差ねぇが、さすが童貞大国だな。国までシャイボーイとは」
「……それ、シャイボーイ特有のはにかむ姿と、蜂の巣のハニカム構造をかけてます?」
「リリィ、ボケを解説するなよ恥ずいだろ」
リリィの冷静な解説に、カレンが盛大に吹き出した。
「カレンさん、私たちは一応アイドルなんですから、発言には気をつけてください」
真凜の冷たい言葉に、紫煙を吐きながらカカと笑うカレン。
その姿を美咲は呆然と見つめることしかできなかった。
『一応アイドル』って自認もどうなの? やっぱり893の自覚が?
美咲の脳裏に、前任・白石の半泣き報告がフラッシュバックする。
『第九の連中ヤバいよぉ。コンダクターの悪口言ったら、全員目が……!』
これが第九で超人気なアイドルユニットなのだろうか?
第三地区や第四、第五といった中央地区のアイドルとあまりにかけ離れた姿に、美咲は震えた。
——ぜんっぜん、アイドルっぽくない!——
第三地区より、査問委員会へ出頭している篠崎 響を失脚させる証拠をつかめと依頼を受けて来たが、もう美咲は帰りたくなっていた。
しかし美咲は己を奮起するように一つ息を吐くと、愛想の良い笑みを浮かべた。
「で、篠崎コンダクターはいつ戻られるんですか?」
美咲の質問に、全員の手が一瞬止まる。
なるほど、これは確実に話題を間違えてしまったようですね。 死ぬかも。
「……まだしばらくかかるんじゃない?」
低く呟く湊の声には、明確な怒りが滲んでいた。
深く重い沈黙が場を支配する。
チラリと美咲が目を向ければ、カレンたちの指の動きも止まっていた。
リリィのヘッドホンから漏れる爆音だけが部屋に響く。
めちゃくちゃ怖い。 せめて遺書は用意させてほしい。
猟犬なんて言い方も生ぬるい。見た目が綺麗なだけの野犬の群れだ。
こんな人たちを統率できている篠崎 響とは、どんな男なのだろうか?
そんな興味が美咲の胸中に生まれた。
それと同時に、ふと美咲の脳裏に最悪のシナリオが浮かぶ。
——もし、篠崎コンダクターが戻ってこなかったら?——
査問委員会で失脚、コンダクター解任、第九部隊解体——
それこそ、第三地区の狙い通りに。
「そんなことにはならない」
湊が、マグカップを握りしめながら呟いた。
「あの人は、絶対に帰ってくる」
その声には、揺るぎない信頼があった。
いやそれよりナチュラルに私の心読まれてない?
美咲は震えた。
第九部隊のプリンシパル——久遠 湊。
ノイズの中でも0.01%の奇跡であるレゾナント。
その能力にはまだ未知な部分も多い。
もし心が読めるとしても——不思議ではない。
重い空気を振り払うように、カレンが肺いっぱいの空気を吐き出した。
途端にスパイシーな煙が部屋に充満し、美咲は思わず顔を顰める。
タバコのような嗜好品は、今や超がつく高級品だ。
ナルコスといえど、それをそんな贅沢に使うとは音楽同様ロックにすぎる。
「ヤダヤダ。もっとキラキラドキドキって感じにできないの?」
カレンが、不機嫌そうな湊に同意を求めるように視線を向けた。
湊は深いため息をつき、マグカップをテーブルに置く。
「カレンさんだって、キラキラっていうか、目がギラギラでドキドキ(恐怖)でしょ。ハートキャッチ(物理)されそうで怖い」
「おいおい、自分を棚上げすんな。
響を『第九の種馬』呼ばわりされて、記者をハートキャッチ(物理)してたのはお前だろ。アンコールまでご機嫌にかましてたしさぁ」
カレンがニヤリと笑うと、湊は心外そうに目を剥いた。
「あれは……! あのクソ記者が、あんまりにもくだらないことを言ったから!
ここにいない人間の悪口をしたり顔で垂れ流す態度もムカつくし!」
「いやいやよくやったよ湊。カレンさんは感激しちゃったね。
ゲリラライブに遭ったみたいな記者の顔もくっそウケたし!」
「薬だって病理を叩いて叩いて叩き潰す。それと同じ」
「ふむ、万里さん一理ありますね」
「やっぱりここは、893どもの集まりだとリリィは思います」
リリィの容赦ない言葉に、美咲は戦慄した。
この軽妙な会話のどこをどう切り取っても、やはりアイドルという言葉が当てはまらない。
「しっかし響が『種馬』ねぇ?
まぁ子ども4人の母親は全員別人だし、それはそうだけど——」
カレンが煙草の火を灰皿に押し付ける。
聞き捨てならない言葉があったが、とりあえず美咲は口を挟まず耳を傾けることにした。
「——あの人がいなきゃ、私たちは『退役したら終わり』だった。
外野にごちゃごちゃ言われる筋合いはないよ」
カレンの目には嘲笑ではなく、確固たる信頼が宿っていた。
退役したら終わり? どういう意味だろう?
思わず美咲は眉をひそめた。
ノイズの退役後については、「保護施設での療養」と公式には説明されているはずだけど——
「ていうかリリィ、何を自分だけは違うって態度してるのよ!」
「湊さんの声は聞こえません」
「しっかり聞こえてるでしょ!」
わいわいと騒ぎあう、およそアイドルらしくないメンバーたち。
ただ不思議と美咲には、その姿が中央地区のアイドルたちよりも生き生きとしているように見えた。
そんな中、今まで会話に加わっていなかった千紗が、ふわりと顔をこちらに向ける。
「ふふ、みんな義兄が大好きですよね。
そういうわけで新任の記者さん、何も知らないくせに義兄の悪口を言ったら——」
その笑顔はあまりにも優雅で、あまりにも愛らしく、そして——
「許しませんからね」
全く目が笑っていなかった。
ゾクリと美咲の背筋に冷たいものが走る。
ふと周りを見れば、さっきまでニヤついていたカレンも、仏頂面を隠そうとしない湊も、そして真凜、万里、リリィも—— 全員がギラギラとした目で見つめていた。
アイドルに見つめられているせいか、ドキドキ(恐怖)が止まらなくて困る。
「義兄が褒めてくれるなら、私は何でもしますよ」
千紗の声はあまりにも無邪気で—— だからこそ美咲は理解した。
この少女は本気で「何でも」と言っている。
誰だろう、この娘だけはアイドルっぽいなんて言ったバカは。私だった。
他のメンバーが野犬ならこの娘は狂犬だ。
——第九部隊。噂通り、ナルコスきっての戦闘集団ね——
彼女の脳裏に「覚悟ガンギマリ」のメンバーたちの笑顔が鮮やかに焼き付く。
そして前任記者が半泣きで逃げ出した理由を、わずか数分の間に完全に理解した。
何ならすでに夢に出そうでもうヤダ。 おウチに帰りたい。
美咲は決意した。
必ずやこの邪智暴虐(偏見)のアイドルから逃げねばならぬと。
——遠くから、軽快な足音と口笛が聞こえる。
空気が変わった。
さっきまで殺気すら纏っていたメンバーたちが、一斉に笑顔になる。
それも心底嬉しそうな、子供のような笑顔に。
あれ、急に修羅からアイドルになった!?
千紗の瞳が初めて輝きを帯びた。
湊のマグカップを握る手から力が抜ける。
カレンがくしゃりと顔を綻ばせた。
「おっ、新しい記者さん? よろしくー」
陽気な声と共に現れたのは、どこか軽薄そうな笑みを浮かべた男。
美咲は直感した。
この男が「異常」の中心——篠崎 響。
第九部隊の異常な生存率と出生率を叩き出している、一般人のコンダクター。
——そして、第三地区が「調査」を命じた男。
「おかえりなさい、義兄さん」
千紗の声がどこまでも甘く響く。
そんな彼女の頭を存分に撫でると、響は「お土産〜」と言いながらリリィへ薄い箱を手渡した。
パッケージからして、何かの基板のように見える。
響には見えないようにニヨニヨしているリリィを尻目に、更に彼は懐から瓶を取り出す。
それはそれは高そうな、琥珀色の液体が揺れる重厚な瓶だった。
「そいじゃあ今日は、新しい仲間を歓迎して打ち上げと洒落込もうかぁ!」
楽しそうな響の手が、いつの間にか美咲の肩に回っていた。
早速のセクハラとプレゼント爆撃。
『第九の種馬』は伊達ではなさそうな手腕だ。手だけに。
そして、再びギラギラとした目が美咲へと注がれる。
涙を浮かべて震える美咲のドキドキ(恐怖)は、まだまだ終わりそうにない——
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