生意気な奴隷メイドであるこの私が、呪われた伯爵家令嬢を翻弄し、困らせてやります!
tataku
第1話
私の名前はリサで、家名は剥奪されている。
――つまり、落ちるところまで落ちた人間が、この私。
自分ひとりが生きるため、誰かを犠牲にしたりもした。
そんな最低な私が、伯爵家のご令嬢のメイドとなるなんて、世の中って本当に不思議。
だけどまぁ、私が仕える予定のお嬢様はどうやら普通の人間ではないらしく、彼女の棲むお屋敷は深い森の中にあり、結界が施されている。一度入ればもう二度と出ることのできない監獄であり、女しかいない世界だと私は聞いている。男が嫌いな私としては、むしろ大歓迎だ。
とはいえ、特別女が好きってわけでもない。
お嬢様は男ではなく女が好きだとか、そんな噂話があるけども、本当かどうかなんて知るよしもない。
例え本当だったとしても、私が不利益をこうむることになるとはとても思えない。
だって私、色気のない女なので。
そして早速メイド服を着た私。想像していた足首丈とは違い、膝下までの短めなスカート。可愛らしくてフリルもちょっと多めだ。
なんか、太っちょいおじさんが私を変な目で見ていた気がするし、夜伽用? とか思ってしまったわけだけど、まぁどうでもいい話か。
因みに私は今、お嬢様の待つお屋敷へと向かうため、先ほど言った結界を抜け深い森の中を歩いている。
そこは、人の手がほとんど入っていない山道で、大きな木々の葉が重なり合い、空を隠している。そろそろ日が暮れるころとはいえ、辺りはかなり暗い。
両脇には歪んだ木々が立ち並び、その根が地表を這い出して道を塞いだりもしている。そのため、どれほど歩いても、開けた場所には辿り着けない気がした。
そんな場所をひとりではなく、ふたりで歩いている。特に会話はなく重苦しい雰囲気、なのかもしれない。
「まだ若いのに、哀れなものね」
と、私の先を歩く魔術師のお姉さんが私を見ることなく呟く。
なんだ、また独り言か?
この人――黒いローブのフードで顔がよく見えないし、抑揚のない声だから感情も分かりづらい。
私が話しかけても無視するけれど、向こうは唐突に口を開く。だけど、会話する気は一切ないみたいだ。
「私はそう思わないですよ? お姉さん」
そんな私の言葉に、相変わらず反応は返ってこない。だけど、私は特に気にしない。
「私は今、幸せなんですよね。幸せすぎて、神に感謝したいくらいですよ」
と、私はまるで歌うかのように軽口を吐く。
そしたら、前を歩いていた魔術師のお姉さんがぴたりと足を止めた。
「あれれ? どうかしちゃいました? もしかして、癇に障っちゃいましたかね?」
立ち止まったまま、彼女はゆっくりとこちらを振り向く。深く被ったフードのせいで表情は見えないけれど、じっと観察されている気配だけは伝わってきた。
それにしても、一体なんなんだろ?
別に私、何か変なことを言ったつもりなんてない。
「あなた、変わっているのね」
と、言われた。
「ああ、そうですね。確かに普通ではないと思いますよ。私みたいな人間が普通だったなら、この世界はもうとっくの昔に滅んでいますから」
「そう、それは恐ろしい話ね」
「いえいえ、そんな世界にならなくて実に良かったですねって話ですよ、これ」
お姉さんは黙ったまま、再び数秒間だけ私を眺める。
「……あなたが言う、普通の人間たちは、絶望しながらこの山道を登って行ったわ」
「ああ、そうなんですか? それはとってもお気の毒な話ですね」
「あなた、まるで他人ごとのように言うのね」
「仕方ありませんよ。だって、他人ごとなんですから」
ふと、足を動かしたら、木の枝がパキッと折れる音がした。
「……怖くはないの?」
「怖い――って言いますと?」
「なにせあなたは生贄として、あの屋敷に行くわけなのだから」
「まぁ、そうですね。確かに、その通りかと」
「そう。あなたは自分のことですら、他人ごとなのね」
「まさか、そんなことないですよ。そうであったなら実に良かったとは思いますけどね」
そう言った瞬間、胸の奥がちくりと軋んだ。嫌な記憶が脳裏をかすめ、私はわざとらしく口を開く。
「ああ、そう言えば、女の人しかいないんですよね? 今から行く屋敷」
と、私は話題を変えることにした。
「そうね。女しかいないわ」
「やっぱりお嬢様って、そっちの趣味があるとか?」
「さぁ、どうなのかしら。だけど、もしそうだった場合、あなたはどうするの?」
お姉さんは私に背を向けると、再び歩き出す。
「別にどうもしませんよ。生贄らしく、又は奴隷らしくお嬢様の思うままですね」
と、私は肩を竦める。
「だけどまぁ、こんな貧相な身体では、あまり満足できないでしょうから、求められることもないかとは思いますけどね」
そう、残念ながら私の身体は小さく骨張った色気のない身体の上、かなりの童顔。
だけど、そんなのがお好みだという少数派が少なからず存在している訳なのだから、この世界は割と終わってる。
「……」
お姉さんから、反応が返ってくることはない。
まぁ、特に続けたい話題、というわけでもないので、何の問題もないわけだけど。
そして再び、無言で山道を歩く。だけど私は、懲りずに口を開いた。
「ここ、魔物いないんですかね?」
「いないわ」
と、返答がすぐに返ってきたため、少しだけ驚く。
もしかしたら私、いつのまにかお姉さんの好感度を爆上げてしまったとか?
「獣はいるけれど」
と、お姉さんはさらなる情報まで私に教えてくれた。
「食べられるやつですかね?」
「まぁ、食べられるやつね」
「おぉ、そうなんですか。それじゃー、食べ物に困ることはなさそうですね」
もしそうなら、ここは本当に天国だ。
「見えたわ」
と、お姉さんは呟く。
視界を覆う木々の隙間を抜けた先は、開けた場所だった。
私は息を呑み、足を止める。
目の前に現れたのは、光を浴びながらもどこか影を纏った大きな西洋屋敷。
白亜の壁は蔦に覆われ、陽の光を受けても輝くことはなく、微かに靄がかかっている。
そろそろ陽が沈むころ合いとはいえ、あまりにも暗く感じられた。
屋敷を囲う高い鉄格子は、私の身長よりも何倍も高く、錆びた門には見たこともない紋章が幾重にも刻まれ、蔦が絡まっている。
鳥の声も、虫の音も、この場所では――なにもかもが途絶えている、そんな気がした。
「******」
お姉さんが何かを呟く。うまく聞き取れなかったが、恐らくそれは呪文。
低く響く声に応えるよう、門に刻まれた紋章が淡く輝き出す。
重い扉がゆっくりと音を立てて開き、鉄格子の隙間からは白い霧が滲んでくる。
開門の音はまるで、長い眠りから何かが目を覚ます合図のような気がした。
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