静かな悪戯

霧子ノア

第1話 悪戯の始まり

ー 始まりの日 ー


夜遅く、相棒のカズと共に見知った建物に入って行く。

カズは完全に切れている。理由は特に聞いていないが、また、大したことではないのだろう。

兄のように感じさせられる性格とガタイだが、18歳。まだ子供っぽさが残る。


トオルは一つ年上のカズに、半ば強引に連れてこられていた。これもいつものことだ。


カズは建物の傍に停めてある車に、子供じみた嫌がらせのようにボディへ傷をつける。

それを終えると、ずかずかと建物の中へ入って行った。


建物の通路や部屋の中を片っ端から蹴ったり倒したりしながら奥へ進む。

トオルも仕方なくついていく。

カズに「お前もやれよ」と言われ、棚に躊躇いためらいながら少しだけ傷をつける。


カズは更に奥へと進み、既に背中は見えなくなっていた。


トオルが続いて部屋へ足を踏み入れると、部屋の階段の上から、見るからに高級なスーツを着こなした男が冷静な動きでゆっくりとつぶやきながら降りてくる。


「まったく、そんなに傷つけなくても…」


つぶやくその声に、意識の奥で、微かにゆらりと何かが動いた。


それと同時に、トオルは傍の椅子にドカリと座った。

一本のタバコをつまみ、火をつけて口に加える。勢いよくタバコを吸い、煙を胸いっぱいに吐き出すと、足をテーブルに投げ出して再び吸った。荒々しい吸い方に、スーツの男はそっと笑った。


「ちっ……いつから気づいてたんだよ」

舌打ちをしながら、トオルは頭をガシガシかいた。


大量に立ち上った煙を手で少し払いつつ、スーツの男は答えた。

「だいぶ前から。行動や言葉の端々からね」


トオルは再び舌打ちをし、タバコを奥歯でガシガシ噛んだ。


先に行っていたカズが、少しすっきりとした顔で戻って来る。

スーツの男に気づき、ちらりと横目で見ながら聞いてきた。


「お前、タバコなんか吸ったっけ?」


いつの間にか立ち上がっているトオルを見て、スーツの男はふっと笑い、代わりに静かに答える。


「いろいろあるんですよ」


少し心配そうにカズが聞く。

「知り合いか?」


「うん、まぁ…。ねぇカズ、先に戻っておいてくれる?」

トオルにそう頼まれ、カズはちらりとスーツの男を見る。


「分かった。何かあったら呼べよ」

とだけ言い残し、先に戻っていった。


カズが去った途端、スーツの男は我慢しきれないようにククッと笑った。

トオルは苦虫をつぶしたような顔で睨みつける。


「ク……ククッ……しかし、どうしてまた、そんな身体で…?」


小さくなるカズの背中を見ていたトオルは、にやりと笑った。


「まぁ、こんな身体だと、まさか俺がいるとは思わないだろ」


スーツの男は苦笑しながらも、深く頷いた。


「さて、もう少しお喋りしていたい所だが。“トオル”の相棒が戻るかもしれないし、そろそろお暇するぜ」


と、スーツの男に言った途端、トオルはきょろきょろと周囲を見回した。

「あれ?カズは?」


スーツの男は苦笑しながら静かに言った。

「お先に戻られましたよ。君が私と話したいらしいから、と気をきかせられて」

「え??え、えっと、特に、何も…」

慌ててそういう。


スーツの男は、ふっと笑った。

「いいですよ。気を付けてお帰り下さい」


トオルは、ぺこりと頭を下げて、出口へ向かう。


スーツの男は静かにトオルの背中を見送り

「また今度……アル」

独り言のように小さくつぶやく。


トオルには聞こえない。しかし、振り向くことなく、手をひらひらと振りながら、彼は答えていた。

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