転生先はディストピア『放蕩皇太子は世界を救えるか』

ケイ

プロローグ

そこは、無機質な静寂に支配された空間だった。

壁一面を埋め尽くす巨大なモニターには、青く輝く惑星――「地球」の映像が映し出されている。


「……またか」


白衣のような衣服をまとった男が、手元のコンソールを苛立たしげに操作した。

モニター上の地球は、無数のキノコ雲に覆われ、静寂の死へと向かっていた。


「何度調整しても同じだ。この力を手にした瞬間、自滅へ向かってしまう」


部屋の隅、チェアに身を預けていた女が、冷めたコーヒーを啜りながら同意する。


「欠陥品ね。闘争本能の設定が甘かったんじゃない? ……これ以上の観測は無駄よ。リセットしましょう」


彼らは、観測者。ここにある地球は、彼らにとって貴重なサンプルであり、同時に手を焼く失敗続きの実験対象でもあった。


「いや、待て。……前回、『異物』を混入させたルートがあっただろう」


ログを遡る。被験体――『No.1』は、与えられたコードを用いて、歴史を強引にねじ曲げた。圧倒的な力と恐怖による統制。

結果、滅びを免れ生き延びた。


「ほう。……生存ルートに入りましたか」

「いや、見ろ」


男が拡大表示したのは、その後の世界の姿だ。

滅亡の炎は消えたが、代わりに世界を覆っていたのは、澱んだ停滞だった。

絶対的な階級社会に思考を奪われた民衆。

そして、永遠の支配を貪る不老不死のバグキャラクター。

人類は、死ぬことすら許されず、ただ飼い殺しにされる家畜となっていた。


「……なるほど。直ぐの滅亡は免れたけれど、これでは緩やかな自滅ね。進化のグラフが横ばいだわ」


女は、モニターの数値を冷ややかに読み上げた。


「実験失敗です。やはり、このルートも廃棄すべきでは?」

「……いや。……さらに異物を投入して様子を見よう」


男の瞳に、研究者特有の冷酷な光が宿る。

彼は、上の許可を得ないまま、新たな異物の選定を始めていた。


「二つ目の異物。……この「劇薬」が、膠着した世界をかき回すだろう」

「……独断専行ですか? 彼に知られれば始末書ものですよ」


女は呆れたように肩をすくめたが、その視線は、地球へと転送されていく異物のデータを興味深そうに追っていた。

そして、ふと気づく。 男が送り込んだ「劇薬」だけでは、この強固なディストピアのシステムを崩すには、何かが足りないことに。


(……更なる混沌が必要ね)


女は、男が目を離した隙に、手元のコンソールを素早く操作した。

彼女が選んだ異物、それに、これまでの異物に持たせなかった、別の成分を混入した。


「さて、これでどんな結果になるかしら」


青いペトリ皿の上で、三つの異なる異物が交錯する時。 観測者たちの計算さえも超える、新たな化学反応が幕を開ける。


それは、あるいは希望か。 それとも、さらなる絶望か。


白衣の観測者たちは、モニター越しにその結末を待っている。

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