第24話 もちもちした黒色スライム

 夜の闇を引き裂くようにゆっくりとふすまが開くと、奥から薄青の着物に小豆色の半纏はんてんを着込んだ集団が出てきた。


 余程良い条件を引き出せたのかニヘラと笑っているアゲハと、何やらやる気満々なオカルト部の面々である。


 最後に出てきた雪女が膝をつき襖を閉めると、片手に持った提灯ちょうちんで辺りを照らした。


 提灯で照らされた襖の外は渡り廊下となっていて、雪の降りしきる中庭がよく見える。

 中庭は軒先を境に薄い雪化粧が施されており、灯籠や松などは雪を背負っていた。

 中々の降雪量である。


「よろしくおねがいします。アゲハさん」


「「「よろしくおねがいしま~す!」」」


「何も特別なことはしないよ? 本当にショボい霊ばっかりみたいだし」


「もちろん! 実際の現場を見てみたいだけなのです。それに、この前みたいなことが何度も起きたら怖いですし」


「ならばよし! 幽霊退治に出発だよ! では雪女さん。発見場所まで案内してください」


「こんなにたくさんの霊能力者さんが!? とっても安心ですね!」


「そうでしょう、そうでしょう! 我らにお任せくださいっ!」


 見習いばかりだが数は力である。

 おかげで先ほどまでビビっていた雪女も元気を取り戻して先導をしはじめた。


 磨き抜かれた木の床を音もなく進む先導者と、スリッパをパタパタと鳴らしながら進む霊能力者達。


 しばらく長い渡り廊下を進んでいると、スリッパの音に混じってビタンビタンと水っぽい音が聞こえてくる。雪女の言っていた幽霊とやらのお出ましであろうか。


「あっ! こっちに来るみたいです! よろしくお願いします!」


「話に聞いたとおりだね! アレなら皆に任せても大丈夫だよ!」


「はい! ところで本当に霊装を展開しなくても良いのですか?」


「うん、まあ? 見たら分かるかも」


「見たら分かる~?」


 アゲハの言葉に闇へ目をこらした生徒達。

 すると、粘着質な音をひびかせながら近づいてくる存在は多数あり、彼女達を身構えさせる。

 注目すること十秒ほど、ついには闇の奥より多数の存在が姿を現わした。


 それらは独りでに動く黒い粘液であった。


 テラテラと輝く粘液は彼女達の存在を認めたのか、ふるふると震えてから飛びかかって……こない。

 ゆっくりと体を伸ばした彼らは、その先端を自らの目の前に着地させると、ゆっくりとそちらへ全身を移して水っぽい音を立てて移動している。

 一歩進む度にビッタン。

 数体の粘液達がビッタンビッタン。

 己が体で餅つきをする様に移動してくる。


 あまりにのんびりした移動を見た生徒達は目が点となった。


「黒いスライム? とっても弱そうだぞ!」


「っ! 移動が遅いということは他に特性があるのかもしれません! みんな! 光術の一を斉射して様子を見ますよっ!」


「「「は~い!」」」


「……まあ、良いんじゃないかな?」


 何とも言えない表情で目を反らしたアゲハの前で、機敏に並びピシッと指を標的に向けた生徒達が汎用霊術の詠唱を完璧にしてみせる。


「「「”打ち抜くは光の一射”! 光術の一・光弾!」」」


 彼女達の指から射出された光の弾丸は、黒い粘液達を狙い違わず打ちすえる。

 ビシャシャッと形を失った黒スライム達は、床に広がり動かなくなった。


 後には黒い水たまりだけが残っている。


「……」


「よわっ! 弱すぎ!?」


 ポーズだけ一人前で霊術を撃てていなかったカエデが、彼女達の思いを代弁する。


「……カエデ、撃ててない」


「詠唱忘れちゃって……」


 ジト目のアリサに失敗を指摘された彼女は目を逸らして酷すぎる告白をしている。

 彼女がクールな霊能力者とやらになる日は遠いだろう。


「まあ? こんなもんなんだよね! 黒もちは特に弱い霊的存在だよ! 例えば……」


 新しくビッタンと近づいてきた粘液に歩み寄ったアゲハが、スリッパを脱いでから足を上げると着物を少したくし上げてブチュッと踏み潰した。


「こんな感じで踏み潰すだけでも十分! 気をつければ一般人でも祓えちゃうかな。少し汚れるけどね!」


 彼女が足を上げると、後には同じく黒い水たまりが残っていた。


「ええ~……」


「うぉ~! おもしろそ~っ! とう! 討ち取ったり~!」


 一部の例外を除いた生徒達は拍子抜けした表情で固まった。

 その例外であるカエデはビッタンと近づいてきた黒スライムに飛びかかり、ぶしゃっと踏み潰して喜んでいる。


「この通り黒もちは泥に憑依した幽霊だよ。数だけは多いから、いちいち術を使うより踏んだほうが早いかも?」


「そーゆーのは得意だぞ! おりゃ! えい! 参ったか!」


 次々と現れる黒スライムを相手に無双するカエデ。

 これも特訓の成果であろうか。

 いや踏んでいるだけなので、成果も何もあるまい。


 生徒達は顔を見合わせた後、スリッパを脱いでからスライム踏みに加わってゆく。

 踏まれるだけではらわれてしまうとは、全くもってはかない連中である。

 何のために現世に現れたのであろうか。

 一つだけ分かることは、彼女達の足を汚すためではなかったことだけは確かである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る