第2話 特大不敬

卒業式までの日々は慌ただしく過ぎていった。ミーシャが立てた計画に則って必要なものを全て揃えるには、いくら時間があっても足りない。


「リリー、ポーション販売許可証取れた?」


「バッチリ!ミーシャはフレドリックさんへの手紙送った?」


「書いたけどまだ送ってない!なんだかお父さん連れ戻しにきそうだからギリギリに送る!それより、ダンジョン冒険者登録申し込み書は送っといたから!あーあとそうだ、素材鑑定人の資格は?」


「取得したわ!」


私たちの学年の生徒はもう登校してこない人の方が多くなってきている中、バタバタと慌ただしく働く私たちはすごく目立つ。そのせいか私たちのことが噂になっている様だった。


「よぉ二人とも!聞いたぞ!お前ら二人で商売始めるんだってな!」


「あっビルダ、おはよう。そうそう、ダンジョンの側でポーションや防具を作って売るんだ」


「へぇ、うまいこと考えたなあ。確かに商売の才だけじゃなく、魔物に立ち向かえる知識と力があるお前らじゃないと成り立たねえ商売だな。店舗ってもうあるのか?」


「王国保有の空き家がほぼタダみたいな値段で売られてたから押さえてある!これ見て!」


ミーシャが資料の中から一枚の写真を取り出して見せる。そういえばまだ見たことがなかったな、と思いながらビルダと二人で覗き込むと、そこには鮮やかな緑の苔に包まれた、風通しの良さそうな傾きかけの木造の家が写っていた。


「………………風が吹いたら倒壊しそうだな」


「………………ミーシャ、これは……………」


「え、何?そんなマズい?洞窟よりずっとマシじゃない?まあリフォームにかけるお金なんてないし、問題あったら補強してけば大丈夫でしょ」


絶句する私たちをよそにミーシャはケロリとしていた。確かに洞窟よりはマシだ。けれど流石に、せめて雨風が入ってこない家で生活したいという気持ちが消えない。


「………………あの、ミーシャ、私も少しはお金持ってるから、それを使ってリフォームしましょ。魔物に襲われたらひとたまりもないし…………」


「えー!家に強化魔法かけたら大丈夫でしょ!それにダンジョン近くで危ないから割増料金取られてすごい高くつくんだよ!リリーのお金はいざってときに取っておきなよ!」


「いやいや、気遣ってくれるのは嬉しいんだけど…………」


「あーストップストップ、二人とも一旦待て」


押し問答を始める私たちの間にビルダが割って入る。そして咳払いをして親指で自分を指差す。


「お前ら、俺の家業忘れたか?」


「え?──────建築家業、よね」


「そうだ。それも、お前らと3年一緒に過ごした仲間で、魔物が出ても倒せる実力のある、な。今なら、俺が引き受けてやってもいい」


「ホント!?」


「その代わり、これから熱中症回復ポーションを安く融通してくれるって約束してくれるんならだけどな」


「勿論!お得意様第一号ね」


「王様神様ビルダ様〜!」


「いいってことよ!頑張ってる奴のことは応援したくなるんだよ。で、デザインとか希望あるか?」


「工房!ポーション用の工房欲しい!」


「私はねえ、鍛冶場と石造りの水桶とピザ窯と──────」


3人でわいわいと盛り上がっていると、ふとどこかから視線を感じて振り返る。視線の先にはライナスがいて、廊下から私たちのことを見ているようだった。私に見られていることに気づいた瞬間フイと顔を背けて足早に通り過ぎていってしまう。まああんな振り方をしたら向こうも気まずいのだろう。早く、前みたいに気の置けない友人に戻れるといいのだけれど。


それから、ビルダから伝わったのか、学校に来ていなかった子達にも話が広まり、あらゆる家業の子から次々に手助けの申し入れが集まった。王都魔術学園は貴族や王族含めて、国中から知識と研鑽を求めて様々な家の子が集まっている学校だ。それを今ほど感謝したことはない。


「ねえミーシャ達、商売やるって聞いたよ。私の家保存食扱ってるから、いくつか保存食のレシピあげるよ。ファイアボール打つ練習付き合ってくれたお礼!」


「ありがとう!助かる〜!オープンしたらすぐ知らせるね!ついでにお客さんに保存食のお店の宣伝しとく!」


「あ、じゃあ俺は店の看板デザインと垂れ幕用意してやるよ!俺がデザインしたって宣伝しといてくれな!」


「オッケー、わかった!ありがとう!楽しみにしてる!」


「じゃあ私の家農家だからダンジョン近くでも育つ丈夫な野菜の種分けてあげる!ついでにうちの家の野菜だってお客さんに伝えて!」


「伝える伝える!ありがとう!」


「あの、私も一口乗っかっていい?うちの家お香販売してて、最近魔物よけのお香作ったの。ポーションほど効果は強くないけれど、安いしテントとか張った時に使うと便利で──────」


「あ、俺も!魔力切れしても使える携帯用松明置いてくれ!岩壁とかに強く擦るだけで火が灯って──────」


「私保険家業やってるんだけど、ダンジョン冒険者向けの保険制度作ってて───────」


「ダンジョンの地図や生息してる魔物を調べて書いてくれたらうちで本にして売りたいんだけどどうかな─────」


「ちょっとあの、順番に聞くから!」


途中からは商売チャンスの匂いを嗅ぎつけた全く知らない子も混じったりしててんやわんやになったけれど、おかげでギリギリ準備は終わりそうだった。

けれど卒業式まであと3日になる頃には、すっかりへトヘトになってしまっていた。


「………………ミーシャ、あとなんの準備が残ってたっけ?」


大皿に雑に盛ったクッキーをつまみながら尋ねると、ミーシャが机に突っ伏したまま答える。


「いやー、もう色々、……………返事待ちのやつもあるし、道中の町で調達するものもあるし、………………魔物倒す特訓もギリギリまでしたいし…………」


「魔物倒す為に王都の外出るの…………?寝ないで行っても往復1日半かかるよ……………。卒業式まであと3日しかないよ…………」


「もうそんなに経ったの〜…………」


そんなことを言い合っていると、ふとすぐ側に誰かの気配を感じて顔を上げる。そこにいたのはエルウィン様だった。


「──────ミーシャ!起きて!」


「えー無理…………。もうほんと疲れてて、」


「エルウィン様よ!」


「うわぁ──────ッマジ!?」


「言葉遣い気をつけてっ」


慌てて立ち上がる私たちを、エルウィン様がくすくす笑いながら制す。


「いいんだよ。ここは学園なんだから僕らは対等だ。それに、王族とはいえこんな末席の僕に畏っても仕方がないだろう」


「いえいえ、そんなことは…………。あの、一体、どのようなご用件でしょうか?」


おそるおそる尋ねると、エルウィン様はミシュと私を交互に見て言った。


「君たちが商売を始めるという噂を聞いてね。何か手伝えることがないかと思って来てみたんだ」


「え、…………そんなの、恐れ多いです…………」


「いやいや、いいんだよ。僕も面白い試みだと思っててね。ダンジョン攻略は国にとっても重要だ。ぜひ僕にも応援させてほしい。もしよければ、魔物の代わりに特訓にでも付き合おうか?僕相手だと気を使うのなら、騎士団長に指導してもらおうか」


「いやでも─────」


「お願いします!是非!」


躊躇っている間に、ミーシャが勝手に話を受けてしまう。


「ちょっとミーシャ─────────」


「分かってる分かってる、特大不敬なのは分かってる!でも私たちに躊躇ってる余裕無いからね。もうすぐダンジョンの側で商売始めるんだよ!?チャンスは掴んでかなきゃ!」


真剣な表情で頭を下げるミーシャにそう言われ、私も渋々頭を下げる。


「…………すみません、私からも改めてお願いできますでしょうか」


頭を下げて頼むと、エルウィン様が笑顔で頷いて言った。


「勿論。じゃあ、さっそく始めようか」


思わずミーシャと顔を見合わせた。ミーシャの顔には、え、今から!?とはっきりと書いてあったけれど、私はゆっくり目を逸らして見ないふりをした。



つづく

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