第3話 残酷な記憶の示すテーゼ

朝ごはんを終え仕事に取り掛かる。

今日は仕事を与えられた。記憶の整理だ。

中世ヨーロッパの記憶整理だそうだ。中世ヨーロッパって言っても。

昨日一日かけて行けた距離が2000年代のヨーロッパだった。

まだまだ先に行かなければいけないのか。

トボトボと進もうと足を上げた。

「歩いて行く?モーターサイクルあるのに?運動か。お・ば・さ・ん。」モーターサイクル?よく見ると男の子の横に自転車が置かれている。

電動自転車だろうか。

近未来の乗り物を思わせるデザインで、

意外とスリムなボディでできている。

跨ってみると、サドルがふかふかで驚く。ソファのような座りごこち。漕いでみると勢いよく進む。

いきなりスピードを出したからか、体勢を崩しかける。

少し体を傾け、安定させてみる。

安定してみるとトボトボとこの広い施設を走るよりも楽な心地だった。綺麗に敷かれたレッドカーペットの上を自転車で走るのには

少し罪悪感が積もる。

眩しい日差しを今は見ない天窓から

浴びながらペダルを踏み進めていく。

この図書館はどこまで続いているのだろう。今私はどこにいるのだろう。好奇心の増す中、ペダルを漕ぎ続けて10分ほど経った頃だろうか。

中世ヨーロッパの図書室に着いた。

中に入ると多くの本が綺麗にびっしりと並べられていた。

「こんな近未来自転車を使っているのに、

データ管理は本ってアナログなのね。」

独り言を話しているといつの間にか横に男の子が並んでいた。

「言われてみればだなぁ。でも、本の方が安全だし、人の生きた過程が全部わかって僕は好きだな。」

優しい口調で話されて変に鳥肌がたった。確かに。

データでは記憶という超重要データに人が入り込めることが可能だ。

それに、人が『生きた』その出来事一つ一つを表すのなら、

デジタルの仮想空間に閉じ込めるのではなく、

アナログの方が楽しいのは確実だ。

にしても、人の生きた歴史をどうやって文章で表現するのだろうか。

本というのだから文字で文章を刻んでいくのだろう。

本を開いた瞬間その予想はいとも簡単に覆された。

試しに本を一冊手に取り、開いてみる。

そうすると、目の前が一気に暗くなった。

少しして目を開くと、今では見ないような

煌びやかな輝かしい服装の女性と王冠のような円形のものを被る

男性がこちらを見て笑っている。英語圏の言葉であろう。

ふとして気づいたのはここは仮想空間であることだ。

本を開くと空想の話として感じているのだろう。

綺麗に笑ったその母親の女性は曇った笑顔を見せた。

周りを見渡すと多くの人間が私のことを覗き込んで

落胆のようなため息を吐いてその場を入れ替わっている。

先ほど居た父親であろう男性は見当たらない。

母親であろう女性も私のことを

ベビーベットに置き、どこかへ行ってしまった。

母親がさる前に見せた表情は恨みのこもった涙顔だった。

囲み込まれた部下であろう男性は

私を持ち上げてどこかへ連れて行こうと私の背中に手を回した。

ぐっと体を持ち上げられてどこかに連れて行かれている。

外の草の匂いがする。

西洋の宮殿のような廊下を右に曲がると木の門に当たった。

ドアを開けるように部下が家来に命じて、

木の門は軋む音を出しながら、開く。

眩しい光を浴びて私は目を萎ませる。

先ほどから私の体から泣き声が泣き止まない。

自分の意思ではなく、

この人間の行った過去の動作だから関与できないのだろう。

門を潜り抜けて、西洋風の馬車に乗り込んで、

20分ほど経った頃だろうか。馬車は止まった。

目的地に着いたのだろうか。

先ほどの男女は親ではなかったのだろうか。

情報があまりに少なく、理解が追いつかない。

馬車から降りて、見た景色は崖から見える夕焼けであった。

望んだ目的地ではないように感じた。

私を抱えてここまで連れてきた部下は私を連れて崖の端まで歩いた。

崖の端で止まって前方に広がる夕焼けを見て、部下は目を瞑った。

手は大きく震えていた。嫌な予感がよぎった。

次の瞬間、部下は私を支えていた腕を引き、私を崖に落とした。

ほんの一刹那の犯行だった。

いつの間にか私は大声で叫び、大声で泣いていた。

目をあ開けてみると私は図書館の床に横たわったわっていた。

死の恐怖が私を襲った。身をすくめ、一人で悲しく泣いていた。

感情がぐちゃぐちゃだ。なぜ、この本の人は殺されたのか。

生きてはならなかったのか。

母と思われる女性はなぜ憎み、涙を流しながら私を手放したのか。

死に関与した人間の苦しみが今私を襲っている。

わずか13ページの人生だった。

生まれて5時間の出来事を、悲劇を私は痛感した。

今の価値観を持っている私には理解のし難い話だった。

死の直前に見た景色は絶景だった。

崖から落ちていく景色を見ながら私は泣き叫ぶことしかできなかった。一人の幼き子供は千年前に約五時間の命を授かっていた。

この事実を感じている私の心ははち切れそうなほどに傷ついていた。

中世ヨーロッパ。王政の時代だろう。

高校で学んだ内容によると確か貴族が繁栄した時代でもあったはずだ。王位を継ぐことができるのは男子だけ。そんな女人禁制の時代。

「きつい思いをしたね。」男の子が床に正座して私の頭を撫でてきた。

涙の溢れる私の顔は崩れかけていた。

「こんなことがあっていいの?

こんなに悲しいことを生まれたばかりの子どもにしていたの?」涙の混じる声で私は問いた。

「僕もこの時代のこの手の事件は嫌いだよ。あまりにひどすぎる。

中世のヨーロッパでは女の子が生まれたら殺していたことがあった。

王位を継げるのは男の子だけだからね。やってはいけないことだと思う。地球は回る、何事もなかったように。残酷な星だよ。この星は。」

男の子の額に涙がつたう。

小さな赤ん坊の子どもは確かに存在していた。

この地球の人類史においてわずか13ページにわたる

人生を懸けていたのだ。

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