RE trieval
@SILBER
第1話 契機の糸口
忘却。確かに偉大なものだ。
記憶はいずれ消えていくものだ。
少なくとも私自身しか知り得ない情報である。
いつかの時も私は常識と同様に考えていた。
というか当たり前であろう。
だが、今は違うと現実で突きつけられている。
記憶の保管図書館、正式名称【ムネモシュネ・メモリアル】だ。
ムネモシュネというのは、記憶の女神と教わった。
ギリシャ神話に登場する記憶を司る女神。
神様というものは基本信じていない。
でも、すがりたいときだけ私はすがってきた。
大学受験、就職、さまざまな場面で猫の手を借りたい思いをしてきた。
神様がいるなら私は少しでもマシな人生を歩んでいるだろう
とも思ってきた。
ここには地球が始まってから現在生きている人まで
全ての人間のみたもの考えたことなどのいわゆる記憶が保管されている。
考えるだけで馬鹿馬鹿しい。早く帰って仕事を終わらせなければならないというのに
こんなに現実味のある夢を見たのは小学生ぶりだろう。
ところが、私には一週間前までの記憶しか残っていない。
夢の中であるなら、記憶など遡れないはず。
昨日の記憶を辿って見ると、
夕方、いつものように仕事を終えて、自宅へ帰り、郵便受けを覗くと
一通の封筒が入っていた。
こんなに粋な封筒で文通をするような
友人や会社は知らない。
少し疑心を募らせつつ、封筒を手にする。
宛名はなく、封筒の裏面を見ると、今どき珍しい鮮やかな赤の封蝋が封をしていた。この封蝋は私に重く堅苦しい雰囲気と
共にモダンチックなおしゃれな雰囲気も漂わせていた。
恐る恐る封筒を開けてみると、私が目にしたのは輝かしく光る一通の手紙だった。
私の手を離れて、ゆっくりと空に舞うその手紙は、
理解の追いつかない私を目がチラつくほどの光で包み込んだ。
そのあとしばらくして、
私は本棚が果てしなく立ち並ぶ小洒落た空間で目を覚ました。
映画で見たような西洋の有名建築家の建てた図書館だった。
状況を理解できずに、立ち上がり、周囲を見渡すと、
誰も人はおらず、人の気配も感じられなかった。
先程まで家のソファにいたはずである。
こんな図書館は 家の近くにはないはずだし、
そもそもこんなに夜遅くに空いているはずもない。
本棚に目を移すと、辞書のように大きな本がずらりと敷き詰められていた。
どの本にもタイトルはなく、
著者名と四文字の英字と6桁の数字でできた
識別番号のようなものが記載されているだけだった。
同じ本棚の中に同じ著者の作品はほとんどなく、同じ著者名が記載されていても、
識別番号が異なっており、同じ内容の本ではないようだ。
本の中身を見てみようと手を伸ばした時、「だめ!」不意に横から声をかけられた。先ほどまで、この空間には人の気配はしなかった。
唐突に現れた声の主はまだ6歳ほどに見える小さな男の子だった。
体型は小柄で、身長は低く、髪の毛は天然パーマのように
クルクルとねじ回っている。目は大きく、鮮やかな黒色をしている。
「勝手にアーカイブに触っちゃダメだよ。まったくもう。
君は【ムネモシュネ・メモリアル】の司書として認められてないでしょ。」
彼の発する一言一言が全て理解不能だった。
口の開かないほどに驚いていた。
「ああ、そうだった。」
小さな男の子はどこからか大きなガイドブックのような本を出した。
どうやらマニュアルのようだ。
ページをめくり、目を細めながら、
書いている内容を気怠さの伝わる声で読み上げ出した。
「ようこそ。ムネモシュネ・メモリアルへ。厳正な抽選の結果あなたは司書としてここで勤務する権利が与えられました。ここでは、地球史上に存在した全ての人間の記憶が保管されています。記憶の図書館というわけです。そこであなたには、ここムネモシュネ・メモリアルで司書として働いてもらいます。勤務内容としては、記憶の整理、図書館の警備、書類業務等々。勤務時間は自由です。司書にはこの図書館と寮、その他の施設のみでしか、移動は許可されていません。諸々のご説明は目の前の案内人にお聞きください、、だってさ。」
荒々しくマニュアルブックを閉じて、子供とは思えない目力でこちらを伺ってくる。「なにか、質問は?」鋭く尖った一声の奥に、少しばかりの優しさを私は感じた。
不安が高まり、小さな声しか出なかった。「なんで私が選ばれたのですか?」
男の子は少し間をあけてわざとらしくため息を吐いた。
「僕が知るわけないじゃん。僕はただの案内人。管理アシスタントの一人。あなたの身の回りの世話と案内しか頼まれてない。僕にとって君が初めてのお客様。」
少し荒い口調がトゲトゲしていた。キラキラとした時計を見て、質問を迫ってきた。
「で、司書になるの?ならないの?」
頭の中で目まぐるしく二つの選択肢が揺れ動く。
これまでこれほどに理解のできない選択肢をだされたことはない。
理解のできていない事に手を出してはいけないと思うが、
今更、元の生活にほっぽり出されても、生き甲斐がなく、
つまらない人生に戻るだけだ。
その点、この図書館には興味とか好奇心が湧く。
「やります。」セカセカと結論を出したせいか、声が異常に震えていた。
ここから私の司書としての第二の人生が幕を開けることとなった。
月の光る夜のことだった。
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