後宮の秘密を知る女御は逃げ出したい
みお
第1話
「牡丹の宮さま、先帝がお呼びです。」
裳着の準備にいつになく忙しい日々を過ごしていた牡丹の宮の元に、父の遣いの命婦が現れた。
「何かしら?」
母の院の女御が不思議そうにしている。
「今参ります。」
母と不思議がっていても埒が開かないので、牡丹の宮は先帝の部屋へ向かうことにした。
先帝、院は変わり者で、譲位後、身寄りのない身分の高い女性を引き取り女御とした。院の目的は生活の面倒を見るためだったのだが、その中の3人が院の優しさに恋をし、押しに弱い院は3人の姫宮を儲けた。そのうちの1人が牡丹の宮だ。院は3人の姫宮を目に入れても痛くないほど可愛がり、3人は異母とは思えないほど仲良く育った。3人とも院の近くの部屋を賜り、その近くに母女御も住まわせるという厚遇ぶりだ。その優しい父がいきなりなんの前触れもなく呼び出すのはとても珍しいことだった。
院の部屋へと向かう廊下を歩いていると姉の杜若の宮と行き合う。
「お姉さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
牡丹の宮から声をかけ2人並んで歩く。女房たちが2人を几帳で隠せるように調整してくれる。
「お父さまのお呼び出し何かご存じ?」
「私は何も…牡丹の宮も心当たりはなくって?」
「ええ。私も母も心当たりがなくて。」
2人とも心当たりはなく、2人揃って首を傾げる。
「お父さまがこんなふうにお呼び出しになるなんて珍しいわね」
「そうですね。気配りが過ぎるぐらいですものね。」
2人が歩いてると、前方から妹の若草の宮がこちらへ来るのが見える。
ちょうど院の部屋の前で行き合いそうだ。若草の宮がこちらに道を譲ろうと女房に合図するのが見える。
「お姉さま、お先にどうぞ」
「あら、ありがとう」
姉に道を譲り、姉妹順になるように院の部屋に入る。御簾の中にそれぞれの名前の色の几帳などが準備されている。いつものことなので3人とも自分の場所へと膝で進み腰を下ろした。その3人の周りをこれでもかと几帳が取り囲む。
「あの、お父さま?」
姉の杜若の宮が不思議そうに問いかける。父の眉間にはいつもと違い皺が寄っている。父が側の女房に合図を送りしばらくすると、異母兄の式部卿の宮と左大臣が来る旨の先触れが聞こえる。
「先帝、姫宮方にはご機嫌うるわしく」
2人が御簾の向こうで頭を下げている。父は何も言わない。
「あの、院…」
しばらくののち、異母兄が声をかける。それでも父は何も言わない
「お父さま…」
沈黙ののち、杜若の宮が見かねて声をかけた。院は永遠に続くのではなかろうかと思う程の長いため息をしたのち、扇をパチンと閉じた。いつもより音が大きめだ。女房たちも顔を見合わせてそろそろと下がっていく。
「ちこう」
いつも優しい父とは思えぬほどの雑な言葉により、兄と左大臣が御簾の近くににじりよる。
ーこのための几帳なのねー
この厳重すぎるほどの几帳は私たちの姿を兄と左大臣に見せないためであるらしい。
「姫宮たちはいらっしゃるのでしょうね?」
兄から見ると私たちの気配も感じづらい程みたいだ。
「おる」
父がまた短く答える。兄の苦笑する声が聞こえる。
「姫宮たちにお話はされましたか?」
「まだだ」
どうやらこの兄や左大臣に関係のある話が今日呼ばれた要件らしい。
ー藤原氏と皇族のトップがそろってー
牡丹の宮は嫌な予感がしてきた。隣にいる姉妹を見ると姉も眉を顰めている。妹はまだ少しわからないようだ。
左大臣が意を決したように切り出す。
「姫宮たちには籤をひいていただく」
父の眉間の皺がより一層深くなる。
「院、よろしいですな?」
左大臣が父に再度確認する。父はまた無言だ。兄が、御簾の裾から三本の細い棒を差し出す。これが籤のようだ。私たち姉妹は顔を見合わせ、父を見る。父は渋い私たちが見たこともないような顔をして小さく頷いた。
3人同時に籤を引く。牡丹の宮の棒の先に赤い印が付いていた。また永遠に続く地獄の底にまで届きそうなため息を父がした。
「二の宮だ」
「あい、わかりました。二の宮様以外は退出していただきたく」
牡丹の宮だけここに残されるようだ。席を外していた女房たちが一旦部屋に戻り姉と妹の退出の準備をする。2人は心配そうに牡丹の宮を見ている。牡丹の宮は心配させまいとにっこりと笑い2人を見送った。いつのまにかまた女房たちに人払いの指示が行われ、御簾の内側には父と2人残されていた。
「院?我らも御簾のうちに…」
「ならぬ」
内密の話があるのは明白だが父は私のいる御簾のうちに2人を入れる気はないようだ。
ー相変わらずの徹底ぶりでー
父の姫宮たちへの寵愛ぶりは世間で語られる程で、牡丹の宮は父以外の男の人で会ったことがあるのはこの2人だけで、しかも御簾越しのみだ。
「では姫宮さま、も少しこちらに近寄っていただきたく」
父を見ると頷くので、扇で顔を隠し御簾に近づく。
「姫宮さまには次の帝の女御、そののち中宮となっていただきます。」
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