stone form -世界を滅ぼした死神が、ただ一人を愛した物語-

ホタカ

第1章

プロローグ

焼け落ちる城、崩れゆく空。地鳴りが響き、大地が軋む。

―――世界が終わりを告げる中、俺はそれを虚ろに眺めながら「流実るみ」とゆっくり呟いた。


すべてが壊れるその瞬間まで、『死神』と呼ばれた俺が求めたのはたった一人の少女だけだった。


あの笑顔も、心も、身体も。

流実さえ俺のものにできれば、他に何も望まなかったのに。


きっと――流実が生きる目的になったあの日から、俺は何かが崩れ始めていったのだろう。


いや、全ては“狭間はざまの森”から始まったのだ。


「孤独」だと溢した流実を見た瞬間から、俺は心惹かれたのかも知れない。孤独なのは俺も同じだったから。


だから出会った瞬間に突き放していれば、こんな結末にはならなかったのだ。

それでも俺は、分かっていてもきっと何度でも流実を自分の手元に置く。あの甘い感情を一時でも手にできるならば、何度だって。


でも…俺のものにならないなら。他の誰かに奪われるくらいなら。

この世界ごと、壊してやる。


元より、誰に惜しまれる命でもないのだから。




◇◇◇◇



―――風が吹く。


足元からやってきたそれは冬の始まりを告げるように流実るみの身体の熱を奪い、再び空虚な空へと帰っていった。ボンヤリと風を追って曇天を見つめていた流実は、小さく息を吐き終えると再び足元に視線を落とす。


地上五階。

屋上のフェンスを乗り越えた流実の視界には、クッキリと枯れた花壇と吹きさらしのアスファルトが映っていた。

―――この高さなら、きっと死ねる。

今、この一歩を踏み出せば楽になるのだ。この一歩で。


「…っ」


小さく息を呑んだ流実は、踏み出した震える素足を引き、恨めしげに地面を睨んだ。

どうして、たった一歩が踏み出せないんだろう。意気地なしめ。


教室に帰れば、笑い声と共にすぐに汚い雑巾が飛んでくる。その姿を見た同級生の嘲笑がこびりついて離れない。戻ったところで今以上に怖い思いをするだけなのに。

暫くその場にじっとしていたが、やがて深く息を吐くと、そっと足を踏み出した。


―――その瞬間。「ドン」と下から突き上げるような突風が流実を襲った。

咄嗟に身を引いた流実は、ぎゅっとフェンスを握りしめる。掴んでいないと身を持っていかれそうな強風は、まるで決心を渋る流実のじれったさに怒っているようだった。

力一杯フェンスに寄り掛かり、何とか強風をしのぐ。一瞬で去った風はどこかに消え、残された流実は呆然とその場にしゃがみ込んだ。



◇◇◇◇


黒井流実はいじめられっ子だ。

“変わってる”と揶揄われ続け、高校二年になった今も続いている。いじめていた同級生が言うには「人と違う事を言う」「普通と違う反応をする」が“変わってる”事らしい。

何故そう思われるのか、もちろん自分にはわからない。だけど変わってるから無視され、陰口を言われ、教科書を隠されるんだろう。

両親に話しても「間に受けるな」と一蹴され、学校だけは休むなと言われて終わりだった。

母は最後に「あなたにも問題あるんじゃないの」と付け加えて。


―――学校なんて、行きたくない。でも、家にも居場所はない。


何故誰も助けてくれないのだろうか?

……違う、本当に、私に問題があるから誰も助けてくれないんだ。


そう思った瞬間、自分の中で何かが壊れた。


学校の屋上では吹き上げた突風が怖くて、飛び降りれなかった。

だから、今日。

流実は睡眠薬を口に含んでいた。


自殺の方法は悩んでも、死ぬ事は悩まなかった。

……私が死んでも、悲しんでくれる人なんていないのだから。


《―――“ようこそ、狭間へ”》


最後の薬瓶を空にし、眠るように意識が切れていく瞬間。どこからか、そんな声が聞こえた気がした。

どこかそれを他人事のように感じながら――これから向かうまだ見ぬ世界に、少しばかりの期待が胸に落ちる。


……期待してしまうのは、やはり変なのだろうか?


そう思いながら、流実はゆっくりと微睡の世界に沈んでいく。ふと、屋上で感じたあの風が流実を撫でていった。

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