第7話 溺愛日記 中3の夏 尾崎修


 なんだこの生き物は?!

 僕とよく似た栗毛の髪。真ん丸の大きな瞳。小さな鈴のように柔らかな笑い声。薄桃色のほっぺ。綿絹のように滑らかな肌。

 小さな両手を差し出されれば、僕はそっと抱き上げるしかないだろう? ふわり。宙に浮かんだ少女は、妖精のように軽い。きゃぁきゃぁとはしゃいで喜ぶ姿は、彼女が天使だったことを確信させる。

 可愛い。美しい。なんと言う眼福!!


「修、どうした? 珍しく顔が溶けているぞ?」

 話しかけてきたのはルー。

 槙原まきはら瑠璃るり。女だが同志のような存在。改革派の彼女は初等部で制服問題に着手し、セーラー服と詰襟だった鶴城にマイノリティを取り入れて、男女を問わず着られるブレザーに変えた強者。今は僕と一緒に高等部に選抜科を設置する活動をしている。


 ニヤニヤとした含み笑い。僕はスマホの画面を彼女に向けてお決まりの質問をする。


 可愛いだろう? 可憐だろう? 最高だろう? 世界中の宝石をかき集めたって彼女の前では霞んでしまう。世界の宝だ。僕らはこの世の奇跡を手に入れた。 さぁ、喜びたまえ。彼女の存在を知ることが出来たことに。


「はいはい。天使の話は聞き飽きた。ところで夏休みの話題でもいいかい?」

 そういって彼女が見せたのは海外青年協力隊のチラシだ。


「ちょっと権力を貸して欲しい。参加するのに年齢制限があるなんて酷いと思わないか? 夏休みに最前線への視察だけでもしたいのだけれど」

「権力って? ルーの家とうちとでは、そんなに変わらないだろう?」

「あのねー?! 変わるに決まってるだろう? 大違いだよ。 世界的超巨大企業とかたや国内専科の一企業。うちとは月とスッポン! お父上にちょっと口添えして貰うだけで、いけると思うんだけどなぁ」

 そう言ってヒラヒラとチラシを揺らした。


 ルーは誰もが知っている食品会社のご令嬢だ。けれど、一刻も早く家を出たいと意気込んでいる。僕が幾つもの言語を操れることを知って、独自で環境を作り、語学力を高めた実績がある凄い奴。

 学といいルーといい、優秀な奴が近くにいるのは有難いが落ち込んでしまう。


 いや、そんなことはいい。大切なのは花華である。

 花華は家に帰れたとはいえ虚弱児で、将来に渡って幾つもの手術が予定されている。ここまで治療してくれた医師には敬意を払うが、花華の身体に傷を残したことは許し難い。

 いつか手術をするならば、できればこの手で携わりたいし、白く滑らかなアイツの肌に傷を残さぬようにしなくてはと思う。

 そんな僕にとって、まだ法整備が十分でない海外の未開の地に赴き、医療に従事することは宿願である。けれど、ルーの推す海外青年協力隊の活動とは若干意味が異なる気がするので、ここで父に口添えする必要も感じないのだがと躊躇する。


「あのねぇ?! 分かってないな! 参加をするんじゃなくて視察。最前線の!! 本当は赤十字とか、国境なき医師団とか、そっちこそが目的だけど、それでは反対されるのが目に見えてる。だから譲歩して協力隊! 安全は保障されているし、年齢制限で参加は無理。だけどそこで働く人たちに伝手を作れば将来への足がかりになるだろう?」


 至極最もである。

 一刻も早く医療に携わりたい僕だが、日本の学校の制度ではスキップもままならない。医者になるには臨床経験を積みながらの医学部卒が最も有力。だが、そんな時間はない。かといって留学すれば愛しの花華と離れなくてはならない。

 

 僕らが目論んでいる選抜科制度は、幅広い活動を単位として認定してもらい、高校の出席日数を限りなく少なくできる制度だ。

 高校生になったら、在学しながら医療者として出来うる限りの経験を積もうと思っている。幸いなことに国内外に尾崎家の息がかかった最新医療の研究所があるのだからそれをフルに活用して、(医学部入学まで待てないから)医師国家試験を受けずとも医療の腕を磨くつもりだ。

 


 この夏。ルーと一緒に人脈を作るのも悪くない。法整備が十分でない国ならば、そこで医者の真似事もできるだろう。本物の経験はきっと僕の血肉となり、ひいては花華の役に立つ。悪くない。


 僕の人生は、可愛い妹に捧げる為にある。

 僕は幸せだ。こんなに可愛い妹に巡り会えたのだから。こんな特別な妹の唯一無二の家族となり得たのだから。


 尾崎修。中3の夏。





 

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